第1話 武装都市シャミラン

 夜、三和切一葉みわきり・いちようはベットに腰かけ目をつぶり、深い呼吸を繰り返していた。


「すぅ……、ふぅ……」


 暗闇の中でひたすら自分の内側に集中する。

 胸の中心にあるのは仄かなぬくもり。

 僅かにあるその感触を球体のイメージへと変化させ、左回りでぐるぐると回すように意識する。


「ふぅ……」


 ジワリと汗がにじむ。

 回転は徐々にその輪を広げるように。

 少しずつ速度を上げるように。

 自身の裡に巨大な渦を創るように。


 そして十秒、二十秒と続けたところで、


「――――っ」


 集中が途切れて霧散した。

 確かにそこにあった温かみが失われ、代わりにゆっくりと体に広がる疲労感。


(また三十秒を超えられなかった……)


 愛和緋色あいわ・ひいろに教えられて始めた魔力操作の練習法。その初歩の初歩「自分の中で魔力を高めよう」の課題を初めてかれこれ三週間。

 一向に上達しない自分にもはや落胆を通り越しえて呆れさえ覚える。


(才能、無いんだろうな)


 少しでも能力を高めるためにと魔力操作の特訓を始めた一葉だが、状況は芳しくなかった。

 第一歩の「自分の中に魔力を感じよう」がスムーズに出来るようになるのに二週間。

 二歩目として今の課題を始め、継続時間が二十秒のところまでは順調に伸びていたが、ここ一週間は全くと言っていい程に成長が感じられない。

 次のステップへ行くためには少なくとも十分は維持できるようにしなければならないと言われており、その途方のなさに心が折れてしまいそうだ。

 緋色にコツなどを聞いても、首をかしげるばかりで、壁を突破するための手がかりは得られていない。

 

 聞けば彼女は五日目にこの鍛錬を連続で一時間は出来ていたという。

 習い始めて五日ではなく、異世界に来てから五日目に、だ。

 正確に言うと「五日目の夜に魔力というものの存在を知り、流れでなんとなくやったらできた」との事だった。

 つまりはなんとなくで今の一葉の百倍以上の事は軽く出来たということ。

 一葉の躓きが理解できないのも仕方がない。


 そんな緋色自身も鍛錬を行っており、何かの参考になるかもと思って一度見せてもらった事がある。

 彼女は魔弾の精度を高めたいという事で、超高速から超低速まで色々な速度の魔弾を大小さまざまな大きさで放つという事をしていた。

 試しに「どうやって制御しているのか」と尋ねたところ、驚くべきことにこれについても「なんとなく」という答えが返ってきた。

 まとめると緋色は天才肌かつ感覚派らしく、そんな人間が他人に教えるなど、不向きにも程があるだろう。


「はぁ……」


 自分との落差に絶望する。

 緋色が特別で、比較してはいけない相手なのは分かっている。

 それでも、一葉は比べずにはいられない。

 少しでも憧れに近づくためには、その距離を知らなければいけなかった。


「あー、もう」


 体を放り出して仰向けにベットに横たわると、天井に備えてある無機質な魔力灯の明かりが一葉を見つめ返してきた。


 今一葉がいるのは、旧ユーセロイからはるか南に位置する武装都市――シャミランにある宿泊施設の一室。長期滞在者向けに用意された格安の一部屋だった。

 木の壁とモルタルのような床というどこかちぐはぐな部屋には、ベットとこじんまりとしたテーブルと椅子が一つずづで、あとは小さな窓があるだけ。トイレやシャワーなどの水回りは共用で、部屋に鏡さえ無い。旧ユーセロイで短い時間を過ごしたあの部屋よりさらに質素だが、設備は綺麗に掃除されており、当初思ったよりは快適に過ごせている。


 男女は建物で分かれており、緋色は隣の建物だ。

 彼女とは一時間ほど前に就寝の挨拶を交わしたため、今頃はベットの中だろう。

 一葉の胸ポケットがお気に入りの妖精フェアリーであるシオンは、やはり一葉と一緒にいる事を選択し、部屋の机の上でタオルを布団代わりに就寝している。

 彼女は一度寝るとなかなか起きないので、今日もこのまま朝まで寝続けるに違いない。


 旧ユーセロイを離れてから一か月と少し。

 飛行船アルキメデスに乗って、緋色、シオンと共に訪れたシャミランは、間もなくに迫った祭りの準備で慌ただしく、夜遅い時間にも拘らず、今も外からはにぎやかな音が流れ込んでくる。

 祭りの名前は〝シャリランテ〟といい、元は騎士たちの活躍と無事を祈って行われたのが始まりらしい。

 なんでもこの地よりさらに南にある樹海からやってくる脅威を押し留める目的で作られた前哨基地に人が集まり、次第に大きくなって今のシャミランの都市になったという。


 故に武装都市。

 当時あった防壁などは都市の発達に飲み込まれ、中心部に一部残されているのみになっているが、戦える武装するものが多く集まるこの場所が今でも人類圏の最前線となっているのは変わりなかった。

 お祭りもその当時のものが徐々に規模を大きくしながら受け継がれているとのことらしい。


 しかし、その祈りの対象は今では少し変化している。

 当時、人類の生活圏を守るべく立ち上がった騎士たちはもはや歴史の中の存在。現在は樹海の探索に情熱を燃やす者、希少な資源の収集に明け暮れる者、魔獣――魔に染まった獣を狩る者、より強い脅威との闘いと名声を求める者など、様々な目的を持った者たちがこの地に集い、結果として当時と変わらぬ「人類圏の維持」という役目を今でも果たしていた。


 彼らは総称して冒険者と呼ばれている。

 かつては安全な街の中から外に出ていく冒険する者命知らずたちをまとめて呼ぶための名前だったのだが、現在では各都市の冒険者たちを統括する冒険者ギルドに登録し、冒険者証ライセンス――冒険者の情報が記載されたカードを持つ者たちが冒険者と呼ばれている、などという事を冒険者の登録をした際に、ギルドの職員から教わった。


 一葉も今は冒険者という立場だ。

 しかしその目的はランクを上げるためとか名声を得るため等ではなく、ただ滞在費を稼ぐため。効率よくお金を稼ぐためには都市の外に行く必要があり、都市に出入りするのに一番便利だったのが冒険者だったからだ。

 一葉からしてみても別段冒険をしているわけでも、そんなに危険な目に遭うこともないのだが、職業はと聞かれれば冒険者、という事になる状況。


 何せここ最近で主にやっていることと言えばお花摘みだ。

 樹海の低層域に生息する白い花を採取するという、正真正銘のお花摘み。

 言うなればお花摘み専用の冒険者。

 そんなメルヘンチックな内容の仕事だが、これでもライバルはいる。

 彼らと同じような若い駆け出しの冒険者ルーキーたちに、このお花摘みは比較的危険が少なく楽に稼げる仕事として好まれているからだ。


 一葉たちにとって元の世界に帰る手掛かりを探すことも重要だが、ひとまずは祭りを楽しむ事が当面の目的。

 その為には先立つものは必要不可欠であり、明日も商売敵たちを出し抜くため、朝から秘密のスポットへと向かう予定だ。

 出来れば出発の前に体力づくりのための走り込みも行いたいし、そろそろ横になってもいいだろう。


「今日はもう寝よう」


 就寝のために外着から寝巻に着替える。

 いつまでも悪目立ちする学生服姿でいるわけにもいかず、今は外着も寝巻もシャミランで購入したものだ。

 学生服に比べてごわごわする肌触りであり、着心地がいいとは言えない。だが、通気性には優れており、少し気温の高いシャミランを快適に過ごせるようになったのは有難かった。


 ちなみに学生服や財布、充電切れとなってしまったスマホなど、無用となってしまった元の世界の持ち物は全てアルキメデスの中に眠らせてある。


「お休み、シオン」


 机の上の同居人に声をかけてベットに入る。

 枕もとのボタンを押して照明を消すも真っ暗にはならず、窓からは光が差し込んできた。

 外からは夜の遅い冒険者たちの笑い声が聞こえてくる。

 うるさいと言えばうるさいのだが、一葉はこの喧騒がどこか嫌いではなかった。


 この騒がしさはこの都市の特徴であり、シャミランで人々が暮らしている事が実感できる。

 この世界から見れば異物であるはずの自分がそれを理解し、受け入れられることが、自身もこの都市の一員であることのようで嬉しかった。

 今、自分は確かにここにいる。

 そんな少しの安心感を胸に抱きながら、一葉は眠りに落ちていった。

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