第2話 お花摘み

「とうちゃーく!」


 翌早朝、武装都市シャミランから小型船リーヴァに乗って約一時間。緋色と共に目的の白い花の採取へとやってきた。

 今いる場所は人類圏を超えたところにあるガノガンダ樹海の外周部。目の前には巨大な樹木群がこれより先は人の領域ではない事を示すかのように聳え立っていた。

 その巨大な木々は太陽の光を遮り、向こう側には見通しの悪い薄暗い空間が広がっている。


 ここから少しだけ中に踏み入った所に目当ての白い花――ロゼリアの花が生息している。

 ロゼリアは人里から離れた森の中で稀に見つかる、純白の五つの花弁を持つ美しい花だ。人の手での育成が難しく希少な花なのだそうだが、この樹海では他と比べて環境が適しているのか比較的簡単に見つけることが可能となっている。


「ありがとう」

「どういたしましてー」


 ここから先は徒歩となるため、いつも通り緋色に運転の礼を言って、一葉は小型船リーヴァから降りた。

 小型船リーヴァを動かすのに十分な魔力が無いため、一葉は毎回緋色の運転する小型船リーヴァの後ろに乗っている。

 バイクの後ろに乗っているような状態であるため、未だに体に触れそうになる度にドギマギしており、とても心臓に悪い乗り物だ。加えて女の子の後ろというのはやはりどこか情けない気持ちもあり、一葉としてはそういう意味でもはやく魔力操作を習得したいと思っている。


 飛行船アルキメデスであればそんな事は気にしなくて良いのだが、飛行船は稼働させるのに魔石を消費してしまう。その消費量はいくらロゼリアをかき集めたところで赤字になってしま程であるため、今はシャミラン内のドッグで保管中。

 元所有者であるルーガから「好きに使え」と言われたアルキメデスには色々なものが積み込みっぱなしになっており、その中には十分な現金も残されていた。それも含めて「好きに使え」という事なのだろうが、ドッグの利用料だけでも相当の費用であるため、節約のためにはやはり日々の稼ぎは重要だ。


「さーって、一葉君、今日はどっちから行きましょうか?」

「うーん……、ここから右側はもう結構採ったと思うから、やっぱり左側じゃない?」

「左側かぁ。最初の方に行ったっきりだったから、ちょっとうろ覚えだね。気を付けないと」

「いや、愛和さんなら大丈夫でしょ……。何か出てきても瞬殺なんだから」

「そーかもしれないけど、そういう油断が命取りなんだよ。ホラーだとそういう人から死んじゃうじゃんっ!」

「ホラーって言えば、こっちってお化けとかいるの? 呪いとか使ってくるような。ゴーストタイプ?」

「……そういうのは見たことないなぁ」


 樹海の入り口で二人並んであーだこーだと段取りを決めてから入るのもいつものこと。

 その中で無駄なやり取りを挟むのも、もはや日常の一コマ。


「おっけい、じゃ行こうか」


 緋色に先導されて樹海に入っていく。

 一葉は水や非常食の入った背嚢リュックを背負い、木々で体が傷つかないように厚手の皮でできた外套を羽織って後に続いた。

 今いる場所は低層域と呼ばれる外縁部であるため、出てきても小型であるが、魔獣が現れる可能性もある。一方でガノガンダ樹海ではその魔獣が倒してしまうため〝新たなる獣アウォード〟と遭遇する事は殆どないのだが、対象が魔獣だけだとしても十分な警戒は必要。

 その為に緋色が前を行き、一葉が後ろをついていくのもいつも通りだった。


「お! はっけーん」


 幸先よくすぐに何本かのロゼリアが見つかり、周囲の警戒は緋色に任せて一葉が採取していく。

 毎日の目標は十本だ。それだけでシャミランで利用できる通貨であるゴルド換算で二万が手に入る。

 宿泊施設は日割りにすると一日一室二千。食事は無駄に高いものを食べなければ三食でこれも大体一人で二千ぐらい。その他細かい出費で一日千から二千。ここまでの交通費は緋色の魔力タダなのでゼロ。二人分の諸々の費用から差し引きで一日約一万ゴルドの黒字。それが今の一葉と緋色の経済状況だった。

 十本を集めるのに二時間から三時間ほどなので、往復の時間を考えても十分な収入であると言える。

 ロゼリアの採取を駆け出しルーキーたちが好むのも当然だった。


「お、あっちにも二千ゴルド!」


 緋色が示す方向に歩いていき、花を摘んでは腰に吊り下げた麻袋に入れていく。


「一本二千って破格だよね。でも、お祭りが終わると値段が下がるんでしょ?」

「そーなんだよねー。半分以下になるんだよねー。ずっとロゼリアで稼げたらいいのに」


 ガノガンダ樹海に赴くとはいえ、ただの花の採取がこんなに高収入なのは理由があった。

 有体に言えば、流行のおかげ。今シャミランではロゼリアの花が爆発的に人気となっていて、それに伴って買取価格が上昇しているのだ。

 元々この花には魔力が含まれており、体力や魔力の回復薬や、強壮剤の材料の一つとして薬師が扱うため、それなりに需要のある花だった。だが、今は別の用途で人気が急上昇しており、薬としての効果ではなく花自体が求められている。


「ね、一葉君だったらロゼリアに何をお願いする?」

「うーん……。特に思いつかないかなぁ。愛和さんは?」

「私はね、魔鍛鋼クライムコートが欲しい」

「いや、サンタじゃないんだから。それに、それは自分で叶えられるでしょ」


 曰く、二つの月が重なる日、重なる時にこの花を燃やして願い事をすれば、その願いは叶う。


 ロゼリアは燃える時に、魔素――魔力の主要素――と共にキラキラと輝く緑色の光を放出する。その光が天に向かっていく時に願い事をするのだとか。

 いわゆるどこかの田舎が発祥となっている古いおまじないなのだそうだが、それが何故かシャミランの都市で若者中心に広がっていき、今では老若男女問わずロゼリアを求めるようになったとのことだ。

 結果、ロゼリアの買取価格は倍以上まで上がっており、現在は状態が良いものは一本二千ゴルドで買い取ってもらえる。

 どこの世界でも、迷信とかおまじないというのは好まれるらしい。


 だがそれもお祭り当日まで。

 〝月が重なる日〟というのはシャリランテの祭りが開催される日であり、全てのロザリアはその日に火にくべられる事になる。なんと祭り会場にはロゼリアを燃やすための巨大なかがり火を設置し、皆で願い事をするというイベントも開催するのだという。

 その日以降は需要がなくなるため、こんなに稼げるのは今だけの短期間ボーナスタイムということだ。


「お祭りが終わったら次はどうしようかな?」

「うーん。僕はまだあまりこの世界の事詳しくないからなぁ」


 魔力の修練の他にも緋色からは毎日色々なことを教わっているが、今はまだ生活に必要な基本的な事が中心となっており、シャミラン以外の場所についての知識を一葉は殆ど持ち合わせていない。

 一葉にとっては「元の世界に帰るための何か」が一番重要ではあるのだが、今はただ日々の生活に順応するだけでも精一杯という状況だ。

 だからだろう、今はまだこの先の事までは想像が出来ていない。


「愛和さんは他に行ってみたいところないの?」

「今度は……、そうだなぁ、西の方にね、でっかい火山があって、その火山の中に熱さに耐性のある種族の人たちの村があるらしくてね。どんな所なんだろうって思ってて」

「え、それ僕死んじゃわない? 熱耐性なんてないけど」

「そういえば私もない。じゃあ、それか、ガノガンダ樹海を踏破するとか? 深層域を超えた先まで」

「……何のために?」

「人類未踏の地だよ? ロマンじゃない?」


 そんな風にくだらない会話をしながら探索を進めるのもいつものこと。

 これがここ最近の一葉と緋色の日常だった。


「――――ストップ」


 前を行く緋色が右手を肩の高さまで上げ、制止を促した。

 彼女に従い足を止め、視線の先を見る。

 

 数十メートルは離れている木々の向こう側。

 そこに、くすんだ灰色の毛をもつ二匹の犬がいた。

 その体格にはいささか大きすぎる牙が口元から伸び、目は薄っすらとした赤色に染まっている。

 

 ――――魔獣だ。

 

 魔獣とは魔素によって変質してしまった獣の事。

 その特徴は、通常の獣と異なる体格の大きさや、牙や筋肉などの異常発達の他、特殊な能力を有する個体もある。

 生殖による増加の他には、魔素量が多い土地で自然発生したり、〝新たなる獣アウォード〟との生存競争の中で普通の獣がその泥を浴びてしまい、至ってしまうケースがあるという。

 ガノガンダ樹海は魔素が豊富であり、この樹海を人類が制覇できていないのも、魔獣が多く生息していることが要因であった。


 魔獣はごく一部の例外を除き、凶暴。


 それが緋色が教えてくれた魔獣の性質だった。


 その魔獣が、二人の進行方向にいる。

 距離はまだ遠い。

 気が付かれる前に倒すと決めたのだろう、緋色が左手に二つの魔弾を生み出した。

 

 何かを感じ取ったのか一匹の魔獣が鼻先を高く上げ、匂いを嗅ぐようなそぶりを見せ、


(バレた!)


 こちらを向いた。


 その瞬間、緋色が魔弾を放った。

 高速で飛ぶ魔法の弾丸は、攻撃に気が付いてなかった一匹の胴体を貫き、だが直前で跳躍した一匹には躱されてしまった。

 

 生き残った一匹が跳んだ勢いのまま、こちらに向かってくる。

 獣故の、木の根障害物すらも足場にした突進は速い。

 後三秒もすれば、こちらにその牙が届くだろう。

 

 だが、


「よっと――」


 緋色にとっては十分すぎる時間だった。

 飛びかかろうとした犬型の額を、再び放たれた魔弾が貫く。

 糸が切れたかのように、ドサリと地面に落ちる魔獣。


「他は……、いないかな」


 淡々と敵を倒し、仕留めた喜びなど微塵も見せずに周囲の警戒を続ける緋色。

 その姿は、まるで熟達した狩人のようだった。

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