第3話 ロゼリアへの願い
「お疲れー、ヒイロちゃん」
「お疲れ様でーす」
ロゼリア採取を終えて武装都市に戻ってきた一葉と緋色は、都市の規模の割には薄っぺらい門の前ですっかり(緋色が)顔なじみになった門番に声をかけられた。
石造りの防壁は背も低く、出入りを優先したのか大きく口を開く門にはまるで学校の校門のようなスライド式の門扉が付いている。この出入口をハッキリさせることぐらいしか効果がなさそうな門が都市の東西南北に備えられており、出入りにはこの門を通ることが義務付けらえていた。
「なんか今日はいつもよりさらに混んでますねー」
今は祭りに向けて人が集まっている。それに伴って素行の良くない人も集まってきているらしく、外部から入ってくる人々へは厳重なチェックが行われていた。本来南門は外部から来る人が少ないはずなのだが、それでもいつも門の前では長蛇の列が出来上がっている。
だが今日は、緋色の言う通りその列がいつもより長いように見えた。
「祭りの資材が大量に運び込まれていてね。毎年の事だけど祭りまではこんなのが続くのかと思うと、嫌になるよ。そういえば、どうやって手に入れたのか、ロゼリアを大量に持ち込んできてる商人もいたぞ。商売敵だな」
「えー、買取の値段下がったら嫌なんですけど……」
「値下がりする前に俺にも売ってくれよ。女房にせがまれてるんだが、高くてな」
「ダメでーす。専門店以外は販売が許可されてませーん。では、売ってくるので、またー」
門番に別れを言い、検閲用の列には並ばずにそのまま都市の中に入っていく。シャミランを拠点にしている冒険者たちは普段から出入りするため、顔さえ覚えられてさえいれば面倒な手続きなしで顔パスで通れるようになっていた。
それでいいのか、と思わないでもないが、外から戻ってくるたびに検閲で長い時間を取られるようでは冒険者としての活動にも支障が出るのだろう。なんにせよ、長時間列に並ぶ必要が無いのはありがたい。
昼を過ぎたシャミランの大通りは冒険者たちと、彼らをターゲットにしている商店の客引きでごった返していた。
その様相は旧ユーセロイでみた幻に近いものだったが、大きく違う点が各商店が掲げる看板にある。レンガや石でできた建物には、木や金属製の看板の他にも、アルキメデスの中でも見た宙に浮く透明なディスプレイも使用されていた。
建物の外観はそのままに、急激に発展した新しい技術を取り入れた結果の状態なのだそうだが、シャミランの街中では同じようなちぐはぐな印象を与えてくる建物が多く存在している。
そんな街の中を人々の間を縫うようにして向かうのは、中央通りから離れた路地にあるお得意先の薬屋だ。
「デゴリーのおっちゃーん、持ってきたよ」
扉を開けると独特の匂いが漂ってくる薬屋の店内。いくつもある背の小さな棚には、日常で使う傷薬や頭痛、腹痛などに使う内服薬、冒険者向けの回復薬などのポーション類の他にも、女性向けの美容品などが置かれている。これらの商品が日の光による劣化するのを抑えるためなのか、中はいつも薄暗い。
「おお、ヒイロにイチヨウ。待ってたよ」
ここの店主は、そんな薬屋の雰囲気にも薬師という繊細そうなイメージにも似つかわしくない、いかつい顔をした恰幅のいい中年の男性だった。
名前はデゴリー・シャマシー。半獣人という種族で犬耳が生えているため、いかついながらもどこか愛らしさも感じさせる。
シャミランでは彼らのような半獣人だけではなく、多くの種族が暮らしている。見た目が一葉たちと同じ
一葉はまだ話したことは無いが、ドワーフや、
「こんにちは。これ今日の分です」
一葉は
花屋という分類の商店はシャミランにはないため、個人の買取は流行りの前からロゼリアを扱っていた薬屋が主になっている。この〝デゴリーの薬屋〟という少しの捻りもない名前の店も、そんな薬屋の一つだ。
「うん、確かに。いつもありがとう」
袋の中を簡単に確認した店主は、代金として金貨二枚――二万ゴルドを一葉に渡す。
見た目のわりに性格は穏やかで、若輩である一葉たちを見下すでも侮るでもなく真摯に対応してくれるため、一葉たちはロゼリアの納入先をこの薬屋に決めていた。
「おっちゃん、儲かってるでしょう。一本三千だもんね?」
「いや、他の店でいくらで売ってるか知ってるか? これ以上下げたら俺が周りから叩かれる。だが、まあ誰か知らんが流行らせてくれたやつ様様だな。今月は今までにない売り上げになってるよ」
「ホントだよね。私たちもそれには感謝してる。ねー、お祭りが終わっても二千で買い取ってよー」
「無理。祭り後はしばらくは千だな。だがすぐにいつも通りの七百五十まで下がるさ」
緋色はこの店主と軽口をたたき合うのが楽しいらしく、いつも軽快なやり取りをしながら笑いあっていた。
「と、いかん待たせてるんだった」
だが今日はそんな会話を早々に終わらせる店主。
「ヒイロ、すまんが、これはあの子に渡してくれ」
会計は済んでるから、と言って店主から緋色に差し出される一本のロゼリア。
その視線の先には、店の隅の椅子に座る十歳に満たないぐらいのおさげの――
シャミランではごく普通の麻製のワンピース姿であり、この都市で暮らす子のようだ。
「はい、どうぞ。お待たせしました」
「ありがとう!」
緋色がロゼリアを渡すと、女の子はニカっと明るく笑った。
「何かお願いするの?」
「うん、お母さんの病気が早く治りますようにって」
「……そっか! お願い、叶うといいね」
「うん!」
再びありがとう、とお礼を言った少女は、じゃーね、と手を振って店を出て行った。
「お願い、叶うといいね」
「うん、そうだね」
先ほど少女に送った言葉をぽつりと繰り返す緋色に同意する。
迷信だと聞いていたが、どうか彼女の祈りは届いてほしいと、そう思う一葉だった。
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