第4話 少年と少女の関係

 夕食時、大衆向けの食堂は混みあっていた。

 値段のわりに量が多い食事を提供するこの店は、活動量の多い冒険者たちの人気が高く、ざっと見渡しても客のほとんどが冒険者のようだった。彼らは金属や皮製の鎧、ローブなどに身を包んでいることが多いため、街の中で生計を立てているものとの区別がつきやすい。また、やはり性質上なのか声が大きい者が多く、今も大声でのやり取りが飛び交っている。


「今日は運が良かったな! あの魔獣、中々大きい魔石を抱えてやがった」

「いや、お前が無駄に突っ込んだせいでこっちの防具が痛んだだろうが。金払えよこの野郎」

「悪かったって。でも、おかげで早く終わっただろう?」

「早く終わろうが、防具の修理でマイナスになったら意味ないだろう。そんで無視すんな」

「お前らうっさい。でも、被害を避けるのは私も賛成。もっと慎重に行くべき」


 などという熟練ベテランの冒険者たちの反省会や、


「ねえ、魔獣狙いはもう止めない? 今日だって怪我した割に、そんなに稼げなかったじゃない」

「怪我なんて回復薬ポーションで直っただろ? 大丈夫だって」

「その回復薬ポーションいくらすると思ってるのよ。明日はロゼリアにしようって。そっちの方が儲かるから」

「いや、オレはもっと強くなりたいんだ。たくさん狩りをして経験を積まないと。〝お花摘み〟なんてやってられないね」

「はぁ、ほんっとにこのバカは……。ま、アンタがそういうなら付き合ってあげるけど」


 のし上りを夢見る駆け出しルーキーたちの会話など、内容も様々だ。

 だが、その多くは金銭が絡む内容となっており、儲かった、損をした、という単語があちらこちらから聞こえてくる。


 そんな店内で、一葉は食堂で緋色が来るのを待っていた。

 飽きを避けるために夕食は三店舗をローテーションで回しており、今日はこの食堂の日。成長期の彼らには量が多く種類も豊富なこの食堂は貴重なローテーション枠なのだが、日に日に増える冒険者たちによって泣く泣く他店舗との入れ替えも余儀なくされそうで、一葉の心は少しブルーになる。


 今は緋色から『少し遅れる、アレ注文しておいて』と通信機インカムで連絡があったため、言われた通りに待っているところだ。

 既に注文したチキンに似た肉――何の肉かは不明――のグリルセットはテーブルに到着しており、待つという概念がないシオンが先に食事を始めている。


「美味しい?」


 テーブルの上で黙々と自分より大きいサイズのパンと格闘しているシオンに話しかける。

 コクリと頷いた彼女は、珍しく食事の手を止めると一葉の事ををじっと見つめた。


「イチヨー、おなかすいてない?」

「愛和さんを待とうと思って」

「……どうして?」

「いや、どうしてって」


 どうしてと言われても、特に理由もなく自然と待つことにしていた一葉は返答に窮してしまう。

 強いて言えば「食べてて」ではなく「注文しておいて」という頼みだったから。

 確かに待たなければいけないわけでもなく、温かいうちに食べた方が良いのだろう。その意味のない行動に、食欲優先のシオンが疑問を投げかけるのも頷ける。

 ただなんとなく、一葉には緋色を待たずに食べるという選択肢がなかっただけ。


「えーと、どうしてだろうね?」


 それを上手くシオンに説明することが難しく感じた一葉は、誤魔化すことにした。


「イチヨー、へん。ごはんは、はやくたべたほうがいい」

「……」


 色々考えたうえでの発言をストレートに変だと言われ、壊れやすい少年の心に小さな傷が生じる。

 そんな一葉の心中など察するでもなく、シオンは既に食事に戻っていた。

 

 シオンは相も変わらず無表情だが、最近は少しずつ発する言葉が増えている。話しかければ少しの間は会話が続くし、言葉の端々には感情が含まれているように感じることもあった。

 緋色によると妖精フェアリーは自我などはないという事だったが、一葉には明らかにその小さな体にシオン自身の人格があるように見えている。シオンを作った人物のなせる業なのか、それとも特別な何かがあるのか。


「お待たせ―、って待っててくれたの? ごめんね、ありがとう」

「いや……、大丈夫」


 ようやく到着した緋色に微笑と共にお礼を言われ、そんな単純なことで顔が赤くなりそうなことを感じて急いで顔をそむける一葉。


(やっぱり待ってて正解だった? でも、そういうのが負担になるという事も……)


 結局どうするべきなのかと、答えの出ない難問は今後の課題として一葉の中に残るのだった。


「とりあえず食べよう」


 緋色に促され、二人でいただきますをして食べ始める。


「んー、美味しーっ!」


 お気に入りのチキンに似た肉を頬張りながら、幸せそうに首を左右に揺らす緋色。

 そんな彼女を直視しないように、チラッと覗き見て、一葉は小さく口元を緩めた。


「聞いて! 情報屋のメイスさんから仕事の紹介があったんだよ! アルキメデスに連絡が来てた」


 食事が進み、空腹感が和らいだ頃に緋色が弾んだ声で言った。

 情報屋とはその名の通り、情報の売り買いを生業としている者の事だ。また、その情報網を利用して人物の紹介なども行っているらしく、緋色宛に仕事の依頼が来るのはこれで三回目だった。

 その情報屋は元々ルーガが利用していたのだが、そのやり取りに使われている連絡機能を持つ魔法具はアルキメデスに搭載されており、自然と緋色が引き継ぐ形でそのまま利用している。

 名は〝メイス・T・エラ〟というらしいのだが、文字でのやり取りしか行われていないため、緋色も本名なのか、どんな人物かなどは知らないとの事だった。


「それで遅かったんだ。どんな内容?」

「えっとね、ガノガンダ樹海を調査するんだって。あと、詳しくは書かれてなかったけど結界を張るとか。そのための魔獣からの護衛が依頼。でね、なんと〝魔弾の射手〟をご指名なんだ!」


 えっへん、と口に出して誇らしげに胸を張る緋色。

 くるくると変わる表情に、感情が揺さぶられそうになるのを堪え、一葉は確認しなければならない事項に頭を働かせる。


「ガノガンダ樹海で魔獣から……。大丈夫なの?」


 今日遭遇した犬型は緋色の敵ではなかったが、樹海にはもっと大きい魔獣もいるし、伝承の中には山のように大きな魔獣というのもいるだと一葉は聞いている。

 魔獣とは今までも樹海での活動中に何度か遭遇しているが、基本的に大きければ強い。まだ出会ったことは無いが、〝新たなる獣アウォード〟とは異なり、固有の魔法を使ってくるケースもあるのだとか。

 

 そんな存在からの護衛となれば、その危険度はいつも行っているロゼリア採取とは比較にならない。


「うん、そんなに深くまでは行かないって書いてあった。樹海に入ってから半日ぐらいのところだから、中層域手前ぐらいだね、護衛する人も一緒に戦えるって」


 ガノガンダ樹海はシャミランの街からの距離に応じて、三つの領域に分けられおり、奥に行くほど住んでいる魔獣は強く、大きくなると聞いている。

 いつもロゼリア採取に行っている外縁部は低層域と呼ばれ、住んでいるのは小型の魔獣だ。

 その先、強力かつサイズが大きい中型や大型の魔獣の住みかとなっている中層域。

 さらにその奥には、より強力な魔獣が生存し、地下世界なる場所に繋がると言われている巨大な縦穴が存在している深層域がある。現時点の人類は深層域半ばまでの活動が限界であり、未だかつて深層域の先へ挑み、そこから帰還した冒険者はいないらしい。


「中層域手前だから、出てきても中層から来ちゃった中型の魔獣だよ。心配ないって」

「中型って見たことないけど、強くないの?」

「弱いってことは無いけど……。私は結構前に大型まで見たことあるけど、中型なら大丈夫。任せて」

「なら、いいけど……」


 中層域の中でも低層域に近い場所は中型の魔獣しかいないらしく、この依頼で向かうのは中層域の手前という事なので、もし中層域から魔獣が来てしまってもそれは中型だろう、というのが緋色の考えだ。

 緋色が大丈夫だという手前、力量の劣る一葉は納得するしかなかった。


「で、これがすごいんだけど、報酬は三十万ゴルドで、途中で手に入った魔石とか魔獣の素材とかは自分たちのものにしていいって」

「それは、結構いい条件だよね?」


 魔獣も〝新たなる獣アウォード〟同様に体内には魔石を有しており、さらには皮や牙などの素材は売ればそれなりの金額になるため、全て自分たちの物にしていいのであれば旨味は大きい。

 

「三十万ゴルドに、魔石、素材……」

「あと、魔獣討伐の報酬もあるよ」

「ああ、そっか」

 

 この都市では魔獣を狩りその増加を防ぐことは重要な使命であるため、冒険者ギルドからは魔獣の討伐実績に応じた報酬が与えられている。

 それら全てを加味すれば、経験の浅い一葉でも分かりやすいぐらい、以前受けていた依頼よりも明らかに良い条件だった。


「でも、いい話過ぎない?」

「うん、それが驚きなんだけど、<白き魔女の竪琴ヒストリア>ってところからの依頼なんだよね。結構有名でね、なんていうのかな、警察みたいな感じのクランというか、機関? だから、こんな条件なんだと思うし、揉めたりもないと思う」

「へぇ、そんなのがあるんだ」


 クランというのは冒険者たちの組織の事だ。同じ志を持った物が集い、パーティを組み、それが次第に大きくなってクランになる。シャミランの都市にも多数のクランがあり、トップは百を超える冒険者が所属しているらしい。


 クランは冒険者たちの集まりという事もあって、トラブルの元にもなりやすいのだが、<白き魔女の竪琴ヒストリア>は警察のようであると緋色は言う。一葉にはどのような集団であるのかは不明だが、彼女の口ぶりからすれば、問題が起きる事はないのだろう。


「でさ、これ、受けていい?」

「え、返事してないの?」


 てっきり既に受けているものと思った一葉は驚きと共に聞き返してしまう。

 話を聞いても断る理由が見つからないどころか、受けるべき内容だ。


「いやだって、まずは一葉君に相談しなきゃいけないなーって」

「そう? 別に愛和さんが決めてもいいんだよ?」

「そりゃ相談するよ。私たち、パートナーなんだから」

「――――」

「で、いいかな?」

「……うん、いいと思う」


 まさか自分をここまで尊重していると思ってもみなかった一葉は、嬉しさに歪みそうな頬を抑えて短く肯定の意を伝えた。


「やったー。これで目標金額達成するかも」


 緋色はシャリランテの祭り当日に開催される闘技大会への参加を目指しており、そのための資金を貯めていた。依頼の報酬が手に入れば、大分目標に近づくだろう。

 それが嬉しいのか今度は足をパタパタと動かしながら食事を再開する緋色。


(……うん、普通の事だよな。二人でやってかないといけないんだし。普通、相談するよな)


 緋色にバレぬようにと静かに息を整える。

 自分の中の小さな変化に気が付かぬよう、「緋色の言動はきわめて一般的」と自分自身を納得させる一葉だった。




◇◆◇◆◇




 依頼を受けると決めた日の二日後。

 依頼主との待ち合わせ場所。


「あなたが、〝魔弾の射手〟さんですか?」


 紺色のローブにまるでおとぎ話から出てきたような鍔の広い三角帽子。

 手には自身の身長よりな大きい木の杖。


「情報屋〝メイス・T・エラ〟の紹介で来ました」


 後ろで二つに束ねた茶色がかった赤毛の髪。

 顔には大きな丸眼鏡。


「<白き魔女の竪琴ヒストリア>所属、マリー・フエゴ・アザッドです」


 魔女が――いや、より正確に表現するなら魔女っ娘がそこにいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る