第5話 魔女っ娘 マリー・フエゴ・アザッド

「<白き魔女の竪琴ヒストリア>所属、マリー・フエゴ・アザッドです」


 一葉よりさらに十センチは小さい身長。

 丸い輪郭の顔に丸くぱっちりした目。

 まるで小学校高学年ぐらいの子が魔女のコスプレをしているような。

 依頼人との待ち合わせ場所にやってきたのは、そんな〝魔女っ娘〟という呼称がぴったりな女の子だった。


「あれ、〝魔弾の射手〟さんですよね?」


 まさか自分たちより幼い人物が来るとは思わず、驚きにしばらく停止してしまった二人を訝しむような少女。


「――――あ、はい。〝魔弾の射手〟やってます、ヒイロです」


 なんとか立ち直った緋色が取り繕うように魔女っ娘に答え、


「こっちはパートナーの――」

「イチヨウです。よろしくお願いします」


 一葉は小さく頭を下げて挨拶をした。そんな彼と緋色を、マリーと名乗った少女は何故かじっと見つめてくる。


「…………」

「…………」

「…………」


 そのままわずかな間、お互いを観察し合う。

 改めて見ても自分より三、四歳は年下の女の子は、目以外の顔のパーツが小さく、綺麗というよりは庇護欲をさそうような可愛らしい顔立ちをしていた。


(え……? ホントにこの子が?)


 どう考えても目の前の魔女っ娘が「樹海で戦える」と自己申告してきた依頼主には見えず、一葉の頭の中ではひたすら「?」が生成され続ける。


「よかった……」


 沈黙を破ったのはマリーの安堵の吐息だった。


「情報屋さんにお願いした通りの人でした」


 心底ほっとしたような仕草でにこにことほほ笑む。

 真っすぐと喜びを表しているようなその笑顔は彼女をより一層幼く見せ、一葉の中で「もしかしてもっと年下なのでは」という疑念が生まれた。


「えっと、ご希望に沿えたようで良かった、です」

「あ、ごめんなさい。わたしってこんな見た目なので、普通の冒険者さんたちにお願いすると、いつもなめられてしまって言う事を聞いてくれなくて……。それで若くて、ちゃんと話を聞いてくれそうな人を探してもらったんです。で、お二人なら大丈夫そうだなと思って」

「あー、なるほど……」


 マリーの説明に、緋色が「ハハハ」と乾いた笑いを返す。

 冒険者といえば大半は成人男性だ。性格もどちらかといえば荒っぽい人たちが多い。彼らは命の危険がある街外で活動すると決めた者たちであり、それもある意味当然の性質でもあった。そんな彼らが小学生ぐらいに見える少女を侮るのも想像に難くなく、性格の面がなかったとしても、冒険者としてのプライドが邪魔をして、素直に言うこと聞かないに違いない。


 そのため「自分の指示に従ってくれる人」として年若い冒険者を条件にしたのだろう。しかし若い冒険者もいはするが、残念ながら若い分力量不足は否めず、樹海の中層域近くまで入っていけるような者は少ない。そこで白羽の矢が立ったのが、〝魔弾の射手〟というわけだ。


(まあ、僕もこの子がガノガンダ樹海に行くって言ったら耳を疑うよな)


 マリーの見た目なら侮られるのも仕方がないし、今まで苦労したんだろうなと、易々とイメージが出来てしまう。

 そんな彼の想像を遮ったのは――――


「これでも人間種ヒューマンの二十六歳なんですけどね……」


 彼女の悲しみが込められたぼそっとした呟きだった。


「「―――――――」」


 マリーが目の前に来た時を上回る衝撃に、再び固まる一葉と緋色。

 しかし二回目となり耐性が出来たからだろうか。


「事情は分かりましたっ! よろしくお願いします。マリー、……さん!」


 半秒ほどの沈黙で再起動を果たした緋色が誤魔化すように声を上げた。


(愛和さん、絶対今ちゃん付で呼びそうになってたな……)


 名前の後ろの僅かな言い淀みに、要らぬことに気が付いてしまう一葉。

 ホントの年を聞いていなかったら、彼も間違いなくちゃん付をしてしまっただろう。

 この世界では見た目で人を判断してはいけない、と一葉は心に刻むのだった。


「あれ、でも<白き魔女の竪琴ヒストリア>の人に頼めなかったんですか? 一緒に行きましょうって」

「<白き魔女の竪琴うち>の人たち、最近忙しくて……。今回は冒険者さんを雇うしかなかったんです」


 <白き魔女の竪琴ヒストリア>については、昨日のうちに緋色から聞いて学習しておいた。

 彼女曰く、<白き魔女の竪琴ヒストリア>とは「世界の守護」を謳う機関であるという。〝新たなる獣アウォード〟や魔獣からの人々の保護や、自然災害への対処と人命救助など、あまねく人々を助け、その生活を安定させる事を目的に都市や国を跨いで活動しているらしい。


 また、いわゆるの排除も彼らの使命の一つとの事だ。この世界では〝個〟が圧倒的な力を持ち、たった一人の力で多くの人や、果ては街や国までもが脅威にさらされる事も起こりうる。そんな存在へと対応するためにも、同じく強力な力を持った善き心を持つ〝個〟を集め、組織化された集団。

 話を聞いた一葉は正直「胡散臭い」と思ったのだが、緋色の知る限りは後ろ暗い点などもない、まごうことなき人々の希望が形になったような存在が<白き魔女の竪琴ヒストリア>であると聞いている。


「では、最終確認を……。依頼の内容は、ガノガンダ樹海での魔獣からの護衛で合っていますか? 半日の深さの所までと聞いています」

「はい、合ってます。樹海の調査と、ある場所に結界を張りなおす必要があって、その護衛をお願いします。私も戦えますけど、結界を貼る時はさすがに無防備になってしまうので」


 気を取り直してというように、佇まいを直した緋色とマリーの間で、淡々と依頼内容の確認が行われていく。


「結界について概要を聞いてもいいですか?」

「樹海の中層域手前に湖があるんですけど、そこに魔獣に対する結界があるんです。<白き魔女の竪琴ヒストリア>で数年に一回、この季節に張り直しをしています」

「なるほど……。わかりました。報酬は三十万。道中で手に入れた魔石と魔獣の素材はこちらでいただく条件と聞いています」

「はい。問題ありません。では、これは前金の十万ゴルドです。残りは帰還したらお渡ししますね」


 内容に齟齬がないことが確認され、革袋を緋色が受け取った。


「確かに。では、よろしくお願いします」


 それで契約が成立し、二人が握手を交わした。書面なども用いずに口頭だけの軽い確認だったが、この世界ではこれが当たり前だという。

 依頼内容の真偽や精査などを行えるスキルも環境もない一葉たちはその部分も全て情報屋に任せてあるため、情報屋からの連絡内容と大きな齟齬が無ければ「問題なし」とする方針としていた。

 その分の仲介マージンは割高で取られているそうだが、違法な行為に加担されたり、騙されて危険に陥るなどのリスクを考えれば背に腹は変えられない。


 二人の手が離れたところで、邪魔せぬようにと沈黙を守っていた一葉が、あることをふと思い出して口を開いた。


「あ、そうだ」


 胸ポケットからもう一人の同行人を引っ張り出して、左手に乗せる。


「もう一人紹介させてください。妖精フェアリーのシオンです。基本この中にいますけど。ほら、シオン、挨拶して」


 忘れぬうちにと胸ポケットの住人である妖精フェアリーをマリーに紹介する。


「だーれ?」

「マリーさんって人。これからちょっとの間一緒にいるんだ」

「まりー?」

「―――――」


 いつもの調子で無表情のままマリーをじっと見つめるシオンに対し、今度は何故かマリーが固まっていた。


「えーと、マリーさん?」


 目の前で手を振ってみるが、反応がない。

 どうしたものかと緋色と一緒になって頭を傾けたところで、その体がピクッと震えた。


「えー!!! 妖精フェアリー!?」


 唐突な大声。


「ありえないっ! すごい、どうなってるの!?」


 ガシっと、一葉の左手ごと両手でシオンを包み込むマリー。

 興奮した様子の彼女に、何事かと通行人たちも次々とこちらに視線を送ってくる。


「ちょ、ちょっとマリーさん?」

「はっ!? すみません! 私妖精フェアリー使いでして。妖精フェアリーが大好きすぎて、取り乱しました」


 一葉の静止に、慌てたように手を放してペコペコと何度も頭を下げる魔女。

 だが、それでも興味は止められないのか、すぐにズイッと顔を近づけてシオンを観察しだした。


「すごいなー、誰が作ったんだろう……」


 頭を動かし、色々な角度で食い入るように見つめる。


「んん……、こんにちは、シオンちゃん。私はマリーっていいます」

「……まりー、うるさい」

「はぅっ! やっぱりスゴイ! 感情表現してるぅ!! 質感も人みたいで、生きてるみたい!」


 その大好きな妖精フェアリーに嫌われたようだが、それが気にならない程に感激しているらしい。

 マリーは胸を強く押さえてへなへなと倒れこんだかと思うと、すぐに立ち上がり、何故か今度は両手を組みながらくるくるとその場で回り出した。


「……えーと、マリーさん、シオンってそんなにすごいんですか?」


 彼女の奇行に以前周囲からの注目は収まっておらず、半ば諦めた一葉はもうどうとでもなれと、話を振ってみることにした。


「はいっ!」


 よくぞ聞いてくれましたとばかりに薄い胸板が張られ、マリーは饒舌に語り出した。


妖精フェアリーはですね、決めれたキーワードに対して応答することは出来るんですけど、せいぜいが自分の名前を喋ったりするぐらいです。シオンちゃんのようにその場の状況に応じて会話をしたり、感情を表したりってできないはずなんですよ。だから、とってもスゴイんですっ! 傑作です! スゴイ希少です!」


 自我があるんですかねー、スゴイですねー、とひたすらシオンを見つめながら褒めちぎっていたマリーは、何か思い立ったのかピタリと動きを止めると、今度はギュン、と一葉にその顔を向けた。


「どなたがシオンちゃんを作ったんですか?」


 期待に満ちたキラキラと輝く目で一葉を覗き込んでくる。

 その瞳には「紹介して!」という言葉が描かれており、一葉は若干引きながらも正直に答えた。

 

「……すみません、それが分からなくて。気が付いたら一緒にいたというか、僕たちもこの子の主人マスターが誰なのか知らないんです」

「そうですか……。何やら事情がおありのようですね。それは残念です……」


 目に見えて落ち込むマリーに少し申し訳ない気持ちになる一葉。

 だが、マリーは「いえ、出会えた奇跡に感謝です」などと言って、再び顔を輝かせていた。


「マリーさんは妖精フェアリー使いなんですね。どんな妖精フェアリー何ですか? 樹海でのこともありますので把握しておきたいのですが」


 一葉同様に引いていたのか、珍しく黙っていた緋色が、コホン、と一つ咳払いをしてから言った。


「はい。私の妖精フェアリーは火の精たちを核にしてまして、私の魔法をサポートしてくれるんですよ! とってもいい子たちなんですっ!」


 自分の妖精フェアリーの話に興味を持たれて嬉しいのか、今度は体をくねくねさせる小さな魔女。


(今まで冒険者たちにナメられてきたのって、見た目だけの問題じゃないんじゃ……)


 出会ってまだ数分といったところだが、彼女がどんな人なのかを知ってしまった一葉は、絶対そうだろうと確信した。


「俄然楽しみになってきました!」


 しゅっぱーつ、とマリーが元気よく拳を上げて一人歩き出す。


 一葉と緋色は視線を合わせ、どうしよう、と目線だけで会話する。

 そしてこっそり二人で苦笑してから、小さな背中についていくのだった。

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