第6話 妖精

「すごいね! マリーさん。それカッコいいねー」

「でしょう!? 特注品なんですよー」


 ガノガンダ樹海への移動中、一葉はいつものように緋色が運転する小型船リーヴァの後ろに乗りながら、二人の会話に耳を傾けていた。


「いいなー、後で乗らせてー」

「しょうがないですねー。特別ですよー」


 自分の乗り物が褒められて嬉しいのか、手を頬に当て、くねくねと体を捩じらせて喜びを表現する、自称二十六歳の魔女。

 彼女はあるモノに乗っていた。

 そう、魔女が乗るものは――――、


「魔女ってやっぱり箒乗るんだねー」


 大昔から箒であると決まっていた。


 箒と言っても掃除道具の箒そのままではなく、特殊な形をしている小型船リーヴァのように見える。

 全体が細い柄の部分と、放射線状に広がる動力部分に分かれており、ぱっと見で箒を彷彿とさせるフォルム。しかもローブととんがり帽子を身にまとった彼女が乗れば、それはまさしく箒としか表現が出来なかった。


魔鍛鋼クライムコートも羨ましいなー」


 もう一つ、驚くべきことにその箒は魔鍛鋼クライムコートで出来ており、元の形は彼女がしていた腕輪だった。都市の外に出たところでマリーが自身の右腕を掲げ、腕輪がうねうねと動きだして今の形になっている。


 魔鍛鋼クライムコートに組み込めるのは簡単な魔法だけであり、小型船リーヴァのように空を飛ぶために必要な複雑な魔法の組み合わせは施すことが出来ない。

 それを補い飛行を可能にしているのが、マリーの周囲を並走している妖精フェアリーたちであるとの事だった。


(あれが普通の妖精フェアリー……。なんというか、綺麗だよな)


 シオンと同じぐらいのサイズの小さい炎の体を持つ鳥と、同じ大きさのこれまた炎で出来ている空を駆る馬。二匹の妖精フェアリーが火の粉の軌跡を残しながら、マリーの両隣を飛んでいる。

 彼らに抵抗を減らすための空気の層を作るための魔法と、浮力を得るための魔法を使用させ、箒自体はただ魔力を推進力に変換しているだけとの事だった。その特性だけを聞くとその箒は小型船リーヴァというよりもどちらかと言えば、飛空板ラディッシュ・ボード飛空靴ラディッシュ・ブーツ等の飛空機器ラディッシュ・ギアに近いのだろう。

 嬉々として語られた妖精フェアリーたちの性能についてはこれっぽっちも頭に入らなかった一葉だが、なんとかそれだけは理解が出来ていた。


「シオン、起きてる?」


 もう一人の妖精フェアリーに話しかける。


「なーに? イチヨー」


 胸ポケットの住人は眠そうな顔だけをひょっこりと覗かせて、コチラを見上げてきた。


「シオンってさどんな力があるの?」

「ちからってなーに?」

「えーと、何ができるのかとか、君の主人マスターは何のために君を作ったのかな、とかを知りたくて」

「……ゴハンたべたい。あと、イチヨウとヒイロといっしょにいる」

「いや、それはしたい事でしょ……」


 一葉の指摘には反応せず、これで話は終わりとばかりにシオンは顔を引っ込めてしまった。

 シオンが妖精フェアリーである以上、何らかの能力が備わっているはずなのだが、未だにその一端さえ掴めていない。シオンだって何らかの役目があって創られた存在のはずなのだ。

 彼女の主人マスターは今どこで、何をしているのだろう。


「ねえ、マリーさん。魔鍛鋼クライムコートの加工ってさー。職人さんにお願いするんだよね?」

「そうですよー。希望を魔工技師さんか、魔鍛鋼クライムコート専用の技師さんに伝えて、通常時と魔力を与えた時のそれぞれの形を作ってもらうんです。あ、私の父は魔工技師なんですよー」


 一葉の考え事をよそに、二人の会話は続いていく。

 ちなみに緋色は何故かため口で話しており、はるかに年上のハズのマリーは丁寧語で話しているという状況。

 出発前の出来事で人と人となりが知れたからだろうか、都市の外に出た段階で既に緋色はマリーに対してため口になっていた。

 マリーの方もそれ自体に気が付いていないかのように自然と話している。


(すごいよな……。誰とでもすぐ仲良くなる)


 共に過ごしていく中で、緋色がスルッと相手の内側に入り込み、誰とでも気さくに話す様子を一葉は何度も目撃している。相手も不快感を感じているようにも見えず、緋色と話すときは楽しそうにしていた。

 そのおかげでスムーズに事が運ぶ場面も多い。良い宿を見つけたのも、良い薬師を見つけたのも、彼女が街の人々から情報を得た結果だった。

 どちらかと言えば人見知りである一葉にはないスキルであり、恐らく一生はなれないだろうと思う。


(〝コミュ力おばけ〟だな)


 彼女の背中を見ながら、また一つこっそりと新たな称号を緋色に授ける一葉だった。




◇◆◇◆◇




 草木も眠る真夜中。

 ガノガンダ樹海へ向かう街道のそばで一行は野営を行っていた。

 樹海の端は目と鼻の先。あまりに樹海の近くで野営をしてしまうと中から魔獣をおびき寄せてしまう可能性があるため、少し離れた位置での野営となっている。


 目的地は樹海の端から半日ほどかかる場所にある。

 樹海上空は漂う魔素の影響で飛行船や小型船リーヴァといった繊細な機械類は正常に飛行が出来ず、また空を飛ぶ魔獣も生息しているため、空を行くことは出来ず徒歩での移動となる。

 直線距離だけであればそこまで遠くはないらしいのだが、徒歩での移動となると生い茂る木々が行く手を阻み、斜面があれば上り下りも必要で、さらには魔獣を警戒しながらの進行となるため、半日はかかってしまうそうだ。

 そんな樹海に中途半端な時間入ってしまうと、何かのトラブルで日の入りまでの脱出が出来なくなることも十分に考えられるため、この場所で野営をし、朝一で樹海に入る予定となっている。


 現在は一葉が見張り番をしており、緋色とマリー、シオンの三人は設置した天幕テントの中で就寝中。

 見張り番と言ってもマリーが周囲に結界を施しており、焚火兼、照明係兼、警報機である彼女の妖精フェアリーもいるため、あまり一葉自身で警戒する必要はない状況だ。不測の事態に備えて念のため起きているだけに過ぎない。


 そのため、ただ起きているだけならと、一葉は日課になっている魔力操作の練習をしながら交代の時間まで時間を潰すことにしていた。


「ふぅ……、ふぅ……」


 息を整えてから体内で魔力を循環させる。


(――――二十五、二十六、ぁ………)


 ここまではスムーズに、だがやはり維持し続けることが難しく、三十秒手前で一葉の中のイメージが崩壊した。


「はぁ……」


 体に広がる疲労感と少しばかりの失望をため息とともに吐き出す。

 普段であればもう少しネガティブな感情が強く現れるのだが、今日は違った。


「――――」


 見上げるとそこには満天の星。

 漆黒の中で星々が様々な色で輝いている。

 そして薄い青と赤色の二つの月。

 この世界にやってきた日、緋色と共に見上げた夜空が、そこにあった。


 そのまま数秒の間、無心となって眺め続ける。

 そこでふと、以前の空とは僅かに異なっていることに気が付いた。


(月が近い? いやちょっと重なってない?)


 よく見ると二つの月、そのうちの赤色が青色の前にくるようにほんの少しだけ重なっている。


(月が重なるって、もしかして本当に重なるのかな)


 シャミランでの祭りの日である〝月が重なる日〟と呼ばれている。一葉はそれは何かの比喩だと思っていたが、それは間違いである可能性に気が付かされた。

 祭りの日まではあと数日。もしかしたらその日まで徐々に重なる面積が増えていき、当日は完全に重なるのだろうか。

 それは果たしてどのような夜空になるのだろうかと、想いを馳せる。


(あとで聞いてみよう)


 体の感覚が元に戻っている事を感じた一葉は、再び練習に戻るべく視線を空から戻した。

 夜空の下で気分が良いためだろうか、いつもより魔力の回復が早い気がする。

 もしかしたら今日こそ三十秒の壁を越えられるかもしれないと思い、再度集中を開始した。

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