第7話 魔女の教え

 魔力操作の練習を再開してから約一時間。

 一葉は練習を行っては空を見上げ、回復を感じては練習を行いを繰り返していた。


「あー、疲れた」


 結果としては期待していたような成長はできておらず、いい加減体よりも精神力の方が参ってきたところだった。


「何をされてたんですか?」

「――――っ!」


 唐突にかけられた声。

 まさか誰かに聞かれてるとは思っていなかった一葉はビクリと体を震わせてしまう。


「ご、ごめんなさい。驚かせてしまいましたね。交代の時間だったもので……」


 声の主は交代の為に天幕テントから出てきたマリーだった。


「えっと、はい、すみません」


 あたふたとよく分からない返答してしまった自分を自覚し、頬が紅潮する一葉。

 そんな彼を見てクスクスと笑った後で、マリーは一葉の右隣に腰を下ろした。


「それで、何をされてたんですか?」

「魔力操作の練習をしてました。習ったばかりでまだ上手くできなくて」

「魔力操作を習ったばかり? イチヨウさんのお年でですか?」

「あー、えっと、結構遠いところから最近こっちに来て、前に居た所では魔法があまり使われてなくて……」


 首をかしげるマリーに、ギクリとした一葉はあらかじめ用意していたセリフで誤魔化そうと試みる。緋色と二人でトラブルを避けるために、異世界から来たという事は内緒にし、何か常識外れと思われるような事があったら「遠いところから来た」で通そう決めていた。


「へー、そんな場所があるんですねー。お二人の名前も珍しいから、遠い所の方たちなのかなとは思っていましたが」


 知らなかったです、とマリーは言う。今までも何度かこのフレーズを使っているが、他の人もマリー同様に知らなかった、とかそれは大変だな等の反応を返しており、嘘であると疑われたことは無い。


「普通、こちらではもっと小さい頃に親から習うんです。向き不向きや、魔力量の違いなどはありますけど、すべての魔法の基礎ですから」

「じゃあ、小さい子でも出来るんですね……」

「いえ、長い時間をかけて習得するものですからっ!」


 落ち込む様子の一葉に、マリーは手をぶんぶんと振りながら必死に否定する。

 しかし声が大きすぎることに気が付いたのか、すぐにハッとした表情をして身を縮こまらせた。

 小さい体がさらに小さくなる。


「よろしければ、やってみていただけますか? 何か助言できるかもしれません」


 これでもお姉さんですから、と丸めた体制のまま、器用に薄い胸を右拳でとん、と叩くマリー。

 そんな彼女の様子が面白く、すっかり彼女に対する警戒心なども失われてしまった一葉は、素直に提案に従う事にした。


「じゃあ、やってみますね」


 ふぅ、と一度息を落ち着かせて、一葉は自分の中に意識を向ける。

 自分の中の魔力をイメージし、左向きに回転させる。


「あ、昔の方法でやってるんですね。最近の方では珍しいです」


 マリーの声が耳に届くが、特に内容を意識することもなく集中は継続される。

 だがやはり、それもすぐに途切れてしまった。


「……どうですか?」


 明らかに良くはないだろうその結果に、不安になりながらマリーの顔色を伺う一葉。

 対して彼女は、なるほど、なるほど、などと言いながらこれ見よがしに右手で眼鏡の縁をクイっと上げた。


「私が子供の頃ぐらいからですけど、自分の中にある魔力だけではなく、大気中の魔素を取り込んで自分の魔力と混ぜる事も重要だと言われててですね。――――ちょっと失礼しますね」

「え――――」


 一葉の正面に回って跪いたマリーが彼の両手をとる。


「はい、この状態でもう一度お願いできますか?」

「は、はいっ」


 ニコリ、とほほ笑みながらそう言われ、一葉は目を閉じて落ち着かない呼吸を必死に整えた。

 意外にもすぐに心拍が正常に戻ったところで、先ほどと同じように魔力操作を開始する。


「ちょっとビックリするかもしれませんが、落ち着いていつも通りにやってみてください」


 そう言われると同時に、何か温かいものが彼女の手から伝わってきた。

 色で例えるなら明るい黄色。


「これは私の魔力です。私の方で補助をしますから、そのまま……」


 それはそのまま一葉の中の魔力青色と溶け合い、一つになって体の中で回り始める。


「はい、目を開けてみてください」


 言われ、目を開ける。

 目の前にあるのは目を伏したままのマリーの顔。

 普段であれば他の事を意識した時点で魔力操作は途切れる。


「ぁ――――」


 だが、今は魔力がいまだ途切れずに体中を巡っていた。


「どうですかー?」

「えと、スゴイ、です」


 感動でいっぱいの今の一葉には、そんな平凡な語彙しか思いつかない。

 それでも満足なのか、上機嫌そうにマリーは続けた。


「これが、魔力操作が上手くできた時の感覚です。私の補助が無くなると切れちゃうと思いますから、今のうちによく覚えておいてくださいね」

「はい、分かりました」


 マリーの言葉に従い、今の感覚を忘れまいと自分の内側に意識を向ける。

 自分の中で魔力という力が、まるで血液のように頭の先からつま先までを駆け巡っている。

 特に力が集中しているのが胸の中央。

 そこには魔力の回転があった。

 一葉が普段イメージしているソレより何倍も大きく高速で回転している渦。

 これこそが重要なのだと確信した一葉は、必死になってその姿を記憶した。


「そろそろ終わりにしますね。――――はい、おしまい」


 マリーがそう言った途端、勢いが失われた魔力の渦が徐々にやせ細っていき、そして消えた。


 パチリ、とマリーの両目が開かる。


「これから練習する時は、今の感覚を思い出してみてくださいね」

「はい。なんというか、今まで漠然としていたんですけど、何を目指せばいいのか分かりました」


 ありがとうございます、と深く頭を下げる。

 マリーはいいえー、と言いながら立ち上がった。


「でも、残念ですが、今の時期は練習に向いてないかもしれないですね」


 一葉の隣に座りなおした彼女が、空を見上げた。


「ほら、もう月が重なってるでしょう? 〝月が重なる日〟は空気中の魔素量が多くなるんですが、不安定にもなりますから。慣れれば問題はありませんが、今のイチヨウさんだと魔力操作を安定させるのは難しくなると思います」

「え……」


 衝撃の事実に、ピシッと固まってしまった一葉。


「ここ最近ですね、ずっと伸び悩んでいたのですが……」

「どれくらい前から?」

「一週間とちょっと前ぐらいからですね」

「あー、じゃあ月の影響でしょねー」

「そ、そんな……」


 ここ最近の伸び悩みは自分の才能のせいではなく、環境のせいだと知り愕然とする。

 三十秒の壁を越えられずに苦しんでいたこれまでの時間は何だったんだと、怒りとも悲しみとも違うやり場のない感情が一葉の中にふつふつと湧き出しそうになった。


「さっき触れた感じですが、魔力量は多そうです。あと、嘘みたいにピターと安定してました。ちょっと不思議な感じでしたが、何かで囲まれているというか、まるで老練の魔法使いのようです。今のイチヨウさんはそこから僅かに漏れている魔力を感じてるんだと思います。安定しすぎていて引っ張り出す事に苦労するかもしれませんが、それさえ乗り越えてしまえば、扱える魔力量はどんどん増えていくと思いますよ」


 そんな一葉の様子など気にせずぺらぺらと語るマリーの様子に、彼は少し落ち着きを取り戻した。

 すこし触っただけでそこまでわかるものなのかと、今度は違う意味で驚きを覚える。

 もしかしなくても、結構すごい人なのでは、と一葉の中のマリーの評価が急上昇した。


「才能、ないのかと思っていました」

「そんなことないですよー。イチヨウさんは出来る子です」

「ハハハ、だと嬉しいんですけど」


 なんだそれ、と思い、しかしマリーの言葉に素直に喜んでいる自分を自覚する。

 時間の無駄は確かにあったかもしれないが、今日マリーと話せてよかったと思えるぐらいには、気持ちがポジティブな方向に向いていた。


「そういえば、〝月が重なる日〟っていうのは、あの月が本当に重なるんですか?」


 言葉が途切れたところで、気になっていたことを聞いてみることにする。


「え? ……ええっ! それも知らないんですか? イチヨウさんは随分遠いところから来たんですねー」


 一瞬あり得ないものを見るような眼をされた気がする一葉。


(え、そんなに引かれるような話なの、コレ)


 内心で焦りつつも、「すみません、田舎者で」と笑顔のまま取り繕って続くマリーの言葉を待つ。

 すると、彼女はコホン、と咳払いをしてから一葉の疑問に答えてくれた。


「ええ、重なります。この辺りではあの赤い月を赤月シャシール、青い月を青月ウルナードと呼んでいます。今は僅かだけですが、これから徐々重なる部分が増えて行って、〝月が重なる日〟の日没ぐらいに短い時間だけですが完全に赤月シャシール青月ウルナードに重なるんですよ。あの月と魔力の増減は関係していて、月が重なる日は空気中の魔素量がすごい高くなるんです」


 人に教えるのが好きなタイプなのか、訪ねたこと以外も色々と説明してくれるマリー。


「マリーさんって、物知りなんですね」


 一葉の物言いに、一瞬きょとんと目を丸くした後、彼女は誇らしげに、右腕で自身の胸を叩いた。


「言ったでしょう? これでもお姉さんですから」

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