第16話 旧ユーセロイは繰り返す

「よし、じゃあ、今日は街を探検しよう!」


 旧ユーセロイで迎えた四回目の朝。控えめなノックの後に、バン、と部屋の扉を開けた緋色がそう宣言した。


「……いや、声で――」


 あまりにも朝には似つかわしくない元気ハツラツという大声。

 思わず普段友人にそうするような返答をしそうになったところで、一葉は言葉をつぐみ、

 

「……え、えと、朝から元気ですね?」


 素早く頭を働かせ、なんとか無難だと思った返答に切り替えた。


(あ、危な……)


 一葉は心の中で自らに自重しろと言い聞かせる。

 コチラに来てから数日が立ち、少しだけ愛和緋色という人間について知ることはできたと思う。話をしても大分緊張はしなくなった。

 だが、直にツッコミを入れるのはちょっとまだ早い。そんなにすぐには馴れ馴れしくする事は彼には困難だった。


「そりゃもう、だってずっとほぼ籠りっぱなしだったし?」


 だから元気有り余っちゃって、と無駄にラジオ体操のごとく体を動かしながら答える緋色。


「あー、まあ、そうだね……」

「でしょ? だから早くここから出て、体動かしたくて。三和切も一緒に行くでしょ?」

「うん、行くよ」


 旧ユーセロイにある大きな宿の二階の、使一室。そこが現在一葉が使用している部屋だった。


 壁は赤と白のレンガで床や扉は黒茶色の木材。一人用のこじんまりとした空間にはベットと棚と小さな机が一つが備えられている。

 不思議なことにどの調度品も二百年前に見捨てられたようには見えず、よく手入れが行き届いているかのように、使い心地も問題はなかった。


 一葉は都市に到着してから殆どをこの部屋と宿の中だけで過ごしている。それは緋色も同じであり、元気が余って仕方がないのは理解ができた。

 宿にこもっていたのはルーガの命令だったから。まずはこの都市の「繰り返し」のルールを把握するべきであり、安全そうな場所でしばらく様子を見る事。それが先ほどまでの命令だったためだ。

 そして前回の夕方で「原理は分からないが危険ではないだろう」と結論がつけられ、この朝から宿を出るのが許されたところだった。


 様子見の結果としては、旧ユーセロイでは事前の情報通りの事象が起こっているという事が分かっていた。

 一葉なりにもう少し言葉を加えると「日の入りと同時に一日がリセットされ、朝に戻る」が一番しっくりきている。


「他の二人は?」

「ルーさんはもう一人で出ちゃったし、ミサはアルキメデスに帰っちゃったし、とりあえず食堂でご飯食べて、シオンと三人でブラブラしてみよう」

「分かった」


 緋色の提案に了承し、机の上の財布とスマホをズボンのポケットに、その横で寝ていたシオンを制服の胸ポケットにしまって部屋を出た。


 緋色の後ろに続き、広々とした階段で一階に降りる。

 ロビーに併設された食堂ではいくつかのグループがすでに食事をとっていた。


「いつもの席で良い?」

「うん、そこで」


 そのうちの一つ。青色のトカゲのようなうろこが生えた男性と、兎のような耳を生やした女性が座っているテーブルの隣、使テーブルにつく。


 トカゲのような人もうさ耳の人も初めて見たときに存分に観察したので、一葉にとってはもう目新しくはなくなっていた。

 総数は多くないが、食堂には他にも何人か同じような特徴的な人たちがいる。最初は「多種多様な種族」の意味に驚きはしたが、彼らの観察も既に終わっており、見慣れた光景になっていた。


「はい、三和切君の分と、シオンの分」


 緋色からいつもと同じ干し肉が挟まれた硬いパンを受け取る。


「ありがとう」


 受け取り、二人でいただきますと言ってからパンを齧った。


(硬いんだよなぁ、コレ)


 もそもそと食べる。

 毎回支給されるこの黒いパンはとにかく口の中の水分を奪っていくため、食べるのにものすごい時間がかかる。干し肉は塩分が効いており味気のないパンによく合うのだが、これも噛み応えのある硬さ。

 携帯食なので仕方がないそうだが、一つ食べ終える頃には毎回口が疲れてしまうのが辛かった。


(どこにそんなに入るんだよ……)


 机の上ではシオンが自身と同等の大きさのパンに齧りついている。

 こんな硬いパンでも、むしゃむしゃとすごい勢いで食べられる彼女を一葉は羨ましく思う。


(羨ましいと言えば)


 チラ、とトカゲの人の手元を見る。

 そこには、焼きたてに見えるステーキがあった。

 この食堂で注文したのだろうそれは、視覚だけで脳に旨味が届きそうなほどの存在感を放っている。

 ステーキと比べて手元のパンはなんとも寂しいことか。食事があることに満足しなければいけない状況でも、そう思わせる圧倒的なインパクトに、一葉は見なければよかったと後悔した。


「やっぱり、おんなじ人がおんなじ物を食べてるね」


 同じく隣のテーブルを見ていたのか、緋色が言う。


「そうだね。四回とも全部一緒」


 彼女の言う通り、トカゲの男性は毎回ステーキを食べていた。

 同席している兎の女性は小食なのかサラダとスープだけ。

 コレも毎回一緒だ。


「もうすぐ、この宿に入ってくる人いるでしょ?」


 ほら、と緋色が指す方向を見る。

 宿の入り口の木の扉。そこから入ってくるのは確か――


「配達の人だっけ? 『おはようございます。荷物のお届けです』だよね」


 一葉がそう言った数秒後、扉が開かれ、荷物を持った男の人が入ってきた。


『おはようございます。荷物のお届けです』


 これまたすっかり見慣れた人物が宿の受付で想定通りの言葉を発する。

 一言一句違わぬことに、緋色と一緒に肩をすくめながら小さく笑い、食事に戻った。


 日の入りと同時に一日がリセットされ、朝に戻る。


 この朝が訪れたのはこれで四回目。

 隣の席の二人も、配達の人も、宿にいる他の人たちも、宿に面した通りを行きかう人々も。

 全てが同じ行動を繰り返している。

 ここでは夜は訪れず、夕日が沈み切った瞬間、カチリと朝に戻る。

 そしてまた同じ一日が繰り返される。

 それが、旧ユーセロイが陥っている状況だった。


 この繰り返しは緋色や一葉が何かしても変わることは無かった。

 正確にはこの繰り返しに干渉すること自体が出来なかった。

 例えば机やいすを動かしても何も変わらず進むし、気が付いた時には元に戻っている。

 この都市にいる彼らの行動を直接邪魔することもできない。


(触れないんだもんな……)


 何故なら、人も食事も荷物も実体がないから。

 建物や家具などの一部を除いた全てが、触れるまでは分からなかった程にリアルな立体映像だった。

 触れようとしても、するりとすり抜けてしまう。

 近づいても彼らが一葉たちに気が付くようなこともない。

 

 同じ映像が何度も流される。

 まるでこの都市の「いつか」を切り取って、永遠と繰り返しているような。

 それが、一葉がこの都市に抱いた印象だった。

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