第17話 少年は少しだけ踏み込んでみる
都市の中を歩きながら改めて思ったことは、旧ユーセロイはあの空飛ぶ街と似たような建物が並ぶ都市だという事だ。
レンガが敷き詰められた広々とした道の左右には、赤と白のレンガを基本とした様々な高さの建物が軒を連ねている。
一葉たちが今いる場所は都市の入り口から続く大通りとなっており、道の先には大きな噴水のある広場と、ひと際大きな建造物が確認できた。
現在は広い道の両脇にズラリと並ぶ露店をゆっくりと眺めながら歩いている。
残念ながら全てが幻ではあるが、呼び込みをしている者、店先で交渉をしている者、数人で飲み食いをしている者。
行きかう人々だけでかなりの人数がおり――この言葉が当てはまる状況かは疑問だが――活気にあふれていた。
「旧ユーセロイって、すごかったんだね。こんな人多いの初めて見た」
はー、と感心したような吐息を漏らし、初めての光景を見るように瞳を輝かせながら緋色が言う。
一年以上こちらにいるはずの彼女は、何故か一葉と同じかそれ以上に気分が高揚しているように見えた。
「他の街にも行ったことあるんだよね? どんな所?」
「えーとね、いくつかの街と……、もっとちっちゃな村とかもあるよ。いろんな所に連れてってもらったし。でも、こんなにすごいのは初めて。こんなんじゃなくて、本物だったらよかったのに……」
心底残念、というように顔を曇らせる緋色。
「でも、コレはコレでいいね。こんなに人が多いのに、歩きやすいし、お店なんて見学し放題だし。買えないのは残念だけど」
だが次の瞬間にはにこやかな笑顔を見せた。
一葉は「そうだね」と頷いて、コロコロと表情が変わる彼女の後ろをついて行く。
本来であれば前に進むのも苦労しそうなほどの人がいるが、二人には関係が無い。
何せ全員すり抜ける事が可能なのだ。
初めこそ忌避感はあったものの、人を通り抜けるのも慣れてしまえば抵抗はなくなり、もはや誰がいようがお構いなしに通りを横断し、触ることこそ出来ないが、気になるものがあればマジマジと見ることが出来た。
まるで自分たちこそが幻であり、彼らこそが実在するのだという錯覚さえしてしまう。
色んなものが興味深いのか、シオンも今日はずっと胸ポケットから顔を出してあたりをキョロキョロと見まわしている。
「面白い?」
「……」
一葉の問いかけに対してシオンは何も言わずにじっと見つめ返してから、また周囲の観察を始めた。
その様子に、多分楽しんでるのだろうと、一葉は判断しシオンの視線の先を追ってみる。
もちろん一葉自身も高揚している。状況は異質ではあるもののコチラに来て初めて歩き回る都市。
宿の中から観察はしていたが、ようやくこうやって近くで見ることが出来たのだ。
露店で売るには場違いそうな宝石や装飾品、多分何かの生物丸々一匹が元になっている謎の肉、効能の分からない多種多様な野草など。並んでいるのは知らないものばかりであり、興味が尽きることは無かった。
露店の看板の内容や映像たちの会話からあれやこれやと推測するのも面白い。
「一葉君こっち来て! 魔石が売ってる!」
「魔石?」
少し先を歩いていた緋色が大きな声で楽しそうに騒いでいる。
緋色が立ち止まっている露店まで行くと、欠片のような大きさから、拳ほどの大きさまでの様々な大きさの魔石が並んでいた。
「って高い! なんでこんな高いの……?」
「高いの?」
「うん、私が知っている値段の十倍ぐらい。なんでだろう、昔は魔石が貴重だったのかな……?」
不思議そうに首を傾げる緋色。
だが、隣の店の商品が視界に入ったのか、
「あ、こっちは
直ぐに興味は隣の店に移った。
そこには鈍色に輝く、様々な大きさのサイコロのような正方形の物体が並んでいた。
「
ルーガさんと戦った空賊たちがそんなものを使っていたなと思い出す。
そう、確か大きなロケットパンチになったアレだった。
「そうそう。欲しいんだよねー。二百年前はこうやって並ぶぐらい普通に手に入ったみたいだけど、でも今はなかなか手に入らなくて。買おうと思ったら結構高くてさ」
「高いってどれくらい?」
「んー、さっきのご飯を……。えーと……、三年間三食ずっと食べ続けるぐらいで買えるかな、多分。ピストルみたいにするんだったら小さくてもいいんだけど、剣とか刀とかにしたいからやっぱりそれなりの密度の物が欲しいし」
そう言って緋色は「次はこっちいこー」と歩き出し、一葉は再びその少し後ろをついて行く。
(刀、ねぇ……)
なんで刀なんだと一瞬疑問が頭をよぎったが、どうせカッコいいからとかそういう理由だろうと一葉はすぐに理解した。
刀がカッコいい のは一葉も良く分かる。刀を振るう自分を想像したことだってある。刀なんて――、ましてや剣道すらまともにやったことすら無いのに、何故か妄想の中の自分は刀を扱っていた。
そんなどうでもいい事に思考が飛びかけたところで、ふと、一葉はずっと緋色に感じていたことを聞いてみることにした。
「あー、そういえば気になってたんだけど……、愛和さんって漫画とかよく読むの?」
「めっちゃ読むよ。お兄ちゃんが好きでさ。古いのも新しいのも家にいっぱいあるんだー。アニメも結構見るし」
今までの言動から予想していた通りの答えが返ってくる。
(そっか、お兄さんの影響か)
たしか図書館にも兄が借りた本を返しに来たと言っていた。
「お兄さんと仲良いんだね」
「うん、ちょっと年が離れてるから、喧嘩とかもしないし。漫画とか大好きすぎて、私が読みたいものでも、買ってって言ったら買ってくれるんだ」
「それは、良いなぁ……」
いいでしょー、と言う緋色に本心から羨ましく思う。
中学生のお小遣いでは読みたい本をすべて買う事は出来ず、今まで何度諦めてきたことか。
「ね、三和切君は? 漫画とかアニメとか好き?」
「う、うん。えと、漫画もアニメも――」
僅かな逡巡。
「――あと、ライトノベルとかも。まさか、自分がこんな目に合うなんて思わなかったけど」
一葉は思い切って一歩踏み込んでみる事にした。
平静を装うため、ほほを掻きながら、チラリと緋色の横顔を盗み見る。
「だよねー。予習してたからコッチに来てすぐに、あ、これ異世界転移でみたやつだ、ってなった」
うんうん、と頷きながら緋色が言う。
予想してた答えにトクン、と小さく心臓が鳴った。
(やっぱり、ライトノベルとかも読むんだな)
あの愛和緋色が自分と同じものに興味を持っていることが、一葉にとっては少しだけ嬉しかった。
「僕も……」
自分もそうなったと言おうとして、アレ、と思い返す。
「いや、……僕はそうなる前に潰されかけたんだった」
先ほどまでの気分とは一転して、無様だった自分の姿が頭によみがえり、一葉はうなだれた。
なぜ自分はもっとこう、あんな場面でも
「あー、アレは災難だったよね」
仕方ない、仕方ない、と緋色に軽く肩を叩かれ、予想外のその感触に頭を上げた。
「あ――――」
するとそこはもう噴水のある広場だった。
気が付かぬうちに随分と歩いてきたらしい事に少し驚く。
一葉はなんとなく、そのまま噴水まで歩いていき、ふちに腰を下ろした。
「さーて、次はどこ行こうかなー。三和切君は少し休んでる?」
「うん、ちょっと座ってようかな」
「おっけー。私はもうちょっと見てくるね」
そう言ってすぐに人ごみの中に消えていく緋色。
少しだけ疲労を感じている一葉に対し、まったく疲れたそぶりも見えないその様子に、やはり基礎体力が違うのだろうかと思う。
(鍛えたり、できるのかな)
こんな自分でも緋色のようになれるのだろうか。
(うーん、なんか全然想像できないな……)
自分は
(もっとなんかこう、知的な?)
行きかう人々を眺めながら、あれやこれやと一葉はなりたい自分を妄想してみるのだった。
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