噓吐きと狼 エピローグ

「はぁ、はぁ――――」


 二人で荒い呼吸を繰り返す。

 顔を動かすほどの余裕はなく、視線だけを上げる。

 建物の屋上。

 そこにはもう、ドラゴンも、女性の姿もなかった。


 

 その事に、今度こそ終わってくれたのだと一葉は信じることにした。


「あ……」


 淡い青色の光を放ち、制限時間を過ぎた体が元に戻る。

 魔力の喪失と共に、体から力が抜けていく。

 ふらり、と揺れる。


 力が抜けた体は制御を失い、


「「疲れたー!」」


 二人で同時に仰向けに倒れた。


「あー、もー、しんどー!」


 元の黒髪に戻った緋色が、喚きながら手足をバタバタと動かす。


「もー! 死んじゃうかと思った! なんなの、あの女の人! ドラゴン出すとか卑怯じゃない!?」


 本当に疲れてはいるのだろう。だがこんな時でもどこか元気そうな彼女に、思わず口元が緩んでしまう。


 一方文句を言うだけの力も残されていない一葉は、震える手を気力で動かした。

 彼女のおかげで助かったのだから、完全に動けなくなる前にお礼を言わないといけない。

 そう思い、自分の胸ポケットの住人の首根っこを掴んで、ねぐらから引っ張り出す。


「ありがとう、シオン。助かったよ」

「こわいの、もうだいじょうぶ?」

「うーん、ちょっとだけ大丈夫になったかな」

「……ん」


 小さく頷く彼女にもう一度ありがとうと言葉をかけ、左胸に降ろした。

 ポケットの中にもぞもぞと戻っていくシオン。

 それを見届けたところで限界となり、もう一ミリも動けない状態となった一葉は、半ば強制的に空を眺め続ける事になる。


「ねえ、愛和さん」


 しばらくそのまま、ボーとした後、ふと疑問が生じて緋色に声をかけた。


「これから、どうなるのかな」


 保護者のようであった存在を失い、異世界に放り出されたこの状況でこれからどうやっていくのか。

 ただの中学生である自分が何の助けもなく生きて行けるのかといえば、そんなイメージは出来ない。

 この世界について知らない事が多すぎる。

 これから何が起きるのか、何をすべきか。

 さらにはより日常的な、それこそ明日をどう過ごして、これからどうやって生活をしていけばいいのか。

 一葉には分からない事だらけだ。


 そして、一年間共にいたルーガとミサに裏切られた緋色。

 恐らく彼女の喪失感は一葉の比ではないだろう。

 悲しみに打ちひしがれてもおかしくない。

 だがそれでも、前に進まなければならない。

 帰る手段を探すにしても、ルーガ達を追い、止めるにしても。


「んー」


 緋色はしばらく考え込んだのち、ぽつぽつと話し出した。


「……南の方でさぁ。もうちょっとしたらでっかいお祭りがあるんだよね。たくさん出店が出たりとか、武闘大会とかもあるらしいんだよ」


 あっちの方向ね、と右足先で旧ユーセロイの外を指しながら話は続く。


「でね、ずっと行ってみたいと思ってたんだ。……でもほら、今まではお祭り行きたいー、とは流石に言えなくて」


 それは保護されている身で我儘は言えなかった、という事なのだろうか。


(……変なの)


 行きたいところがあれば、「行きたい」とそう言うのが愛和緋色だと一葉は思っていた。

 こちらに来て、一緒に過ごし、色々な話をして大分緋色の事が分かっていたつもりになっていたが、そうでもなかったらしい。

 直情的でふざけた様な言動が多いわりに、変なところで律儀な彼女に、一葉は気づかれぬように小さく笑った。


「うん、楽しそうだね」


 帰るためでも、はたまたルーガ達を探すでもなく。


 ただ楽しそうだから。


 いつも一葉の予想外のことを言い出す緋色。


『来ちゃったんだから、精一杯楽しまなきゃ損でしょ?』


 あの夜、救われた自分を思い出す。

 だから――――、


「じゃあ、行ってみようか。楽しまなきゃ損だもんね」


 だから、「ただ楽しそう」でも十分だと思えた。


「――――」


 彼女となら、きっとどこへ行っても楽しいだろう。


「うん!」


 顔を輝かせ、満面の笑みで緋色は笑った。


「改めてこれかよろしくね、

「うん、よろしく愛和さん」

「……え~」

「え、何が?」

「何でもないよー」


 空を仰ぎ見る。

 既に夕刻が近づいてきていた。

 オレンジ色に染まり始めた空。

 そこに、うっすらと青と赤の二つの月が浮かんでいた。




◇◆◇◆◇




 暗い昏い、日の光が入らぬ塔の中。

 そこに、白いローブに身を包んだ少女がいた。

 見た目から年は十かそこら。

 その若さを示すような滑らかな肌と、大きな瞳。

 綺麗な鼻筋や小さな口元も、どこか子供特有の丸みが残っている。

 だがその表情は外見にはそぐわない、静けさと憂いがあった。


「復活、してしまったのですね」


 鈴のような声が暗闇に溶け込む。

 その声に応えたのは二人。


「はい。旧ユーセロイの封印が破られました」


 一人は少女と同じような形の紺色のローブに身を包む背の低い女性。

 まるでおとぎ話から出てきた魔女のように、鍔の広い三角帽子をかぶり、手には自身の身長よりな大きい木の杖を持っていた。


「兆候があったのでしょう。既に<厄災>たちが動き出しているという報告もあります」


 魔女がその遺憾を表すかのように小さく首を振る。


「これから忙しくなりそうだな」


 そしてもう一人は長身の女性。

 良く届く凛とした声の、魔女とは対照的な青みががかった鈍色の鎧に身を包んだ長身の女性。


 そう、状況が動き出してしまった。

 彼女の言う通り、残念なことにこれからなってしまいそうだった。

 

 空中都市ラスフトの陥落に続き、旧ユーセロイの封印。

 そして復活してしまった最悪の厄災。

 この世の終わりを告げるもの。


「――――悲劇が、繰り返されます」


 これから起こるであろう事を想い、少女の体が震えた。

 <厄災>たちの活性化。

 破壊される街や都市。

 そして大勢の死。

 仮初めの平和は終わり、また始まる。

 始まってしまう。


 二百年前のように。


 ならば次に起こるのは――――


「何とかして止めなければなりません。もう二度と、繰り返されぬように」


 今日も白い少女は願う。

 この世界の安寧を。

 自身を閉じ込める塔の中で。




――――――――嘘つきと狼 了





――――――――

あとがき

第一章、これにて完結となります。

ここまで読んでいただきありがとうございます!

いかがだったでしょうか。楽しんでいただけたら幸いです。


面白いと思ったらフォローと★でのご評価をいただけると嬉しいです。

めちゃくちゃ嬉しいです。ホントに。


二人の冒険はまだまだ続きます。

新たな地での冒険、変化していく二人の関係をお楽しみください。


<お知らせ>

同じ世界を舞台にした短編を公開しています。

視点や登場人物は異なりますが、この後の二章と同じ場所で展開される物語です。

コチラも是非!


ケモミミ冒険者のお姉さんは仕方なく少年をつれていくことにしました

https://kakuyomu.jp/works/16818093090416267975

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