第25話 少年は暴かれる

 闇魔法の盾となった体は当然のように無傷。

 それもそのはず。

 魔王ルシフの奥義に対する例外。

 身に着けている白銀の鎧は聖なる守りが付与されており、闇属性の魔法は無効化する。

 そう設定したのだから。


「え、え? 三和切君だよね?」


 再三の呼びかけに、ようやくといった形で一葉は振り返った。

 いつもと違った視線から緋色を見下ろす。

 驚愕に大きく見開かれた目が、一葉を見上げていた。


「う、うん、そうだよ」


 声もいつもより低くて渋い。

 残念なことに口調は幼いため、どこかアンバランスだと自分自身で感じる。

 その事に、一葉は中身は自分のままであることを自覚した。


「え、えー? どういう……」

「えと、あれは魔王で、えーと……、あ――」


 ふいにガクンと力が抜けるような感覚が訪れ、青白い光と共に体が元に戻った。

 視界が低くなり、元の学生服に身を包んだ三和切一葉ほんとのじぶんの姿になる。

 時間にして五秒程。

 わずかな時間だけ勇者ルベルトりそうのじぶんになれる。

 それが一葉の奇跡まほうだった。


(よかった……)


 勇者になれる。その言葉を信じて良かったと一葉は安堵する。

 確信があったわけではない。

 ただ、出来るのかもしれないと思って必死に祈った。

 魔王がいるなら、どうか勇者も。

 その願いに魔法が応えてくれた。


(背、高かったな)


 勇者になった自分はどんな風だっただろうか。

 そう想像しようとしたところで、緋色に遮られた。


「ごめん、話はあと! いったん離れるよ!」


 その言葉に現実に引き戻される。

 振り返ると、そこには再び群がってくる〝新たなる獣アウォード〟たち。

 状況は何一つ改善していない。

 妄想に浸っている場合ではなかった。


「目を閉じて!」

「え?」

「目! 閉じる!!」


 有無を言わさぬ口調に、反射的に力いっぱい目を閉じた。

 直後、強い光が瞼を通り越して目に届く。

 そして再び肩に担がれる感覚と耳横で鳴く風の音。


「もう目を開けてもいいよ」


 言われ、ゆっくりと瞼を開ける。

 一葉の視線の先、元居た場所では煌々と光の玉が輝いていた。

 その光には見覚えがある。

 この世界に来て初めての夜の日に緋色が作ってくれた月。

 それが今度は地表に顕現していた。


「ただの目くらましだから、追いかけてくるかも」


 すとんと建物の屋上に緋色が降り立ち、一葉も肩から降ろされた。


「そんなに時間はないと思うから」


 そう言いながら一葉の正面に立ち、両肩をがっしりとホールドしながら、


「説明してくれる?」


 緋色がにっこりと満面の笑みを浮かべた。


「えーと、その……」


 不思議なことに綺麗な笑顔であるはずのその顔には怒りの感情が含まれており、もの凄い圧に視線が宙を泳いでしまう。

 美人は怒ると怖い、というのはよく聞くが、本当だったのかと思い知らされる。

 この愛和緋色を前にして、黙っていることなど出来そうにない。

 しかし、説明するにはまずは自分の趣味の話をしなければならない。

 が、小説を書いていることは誰にも話したことは無く、彼女に伝えるのも正直嫌だった。


「説明、してくれるよね?」

「う……」


 緋色から伝わる「話すまで離さない」という決意。

 その強さに押され、一葉は観念した。


「実は……」


 ぼそぼそと。

 気持ち悪がられるんじゃないかと怯えながら。


「小説を、書いてまして……」」


 秘密の趣味を明かした。


「うそ! スゴイね! 三和切君は小説家なんだ!」

「いや、小説家ってわけじゃ……」


 顔を輝かせながら称賛してくる緋色。

 その予想外の反応に頬が熱くなるのを感じる。


「じゃなくて、それがどう関係するの?」

「えと、あの黒い魔法使ってきたやつなんだけど、僕の小説の登場人物なんだ」

「……登場人物?」


 ズボンのポケットからスマホを取り出し、この世界に来てからずっと切っておいた電源を入れる。


「あれは魔王ルシフって名前で……、僕が変身した人もそう。ちょっと待ってね」


 電池量は残り僅か。

 起動完了を待ってから、メモアプリを起動した。


「ここの、これ」


 一息入れてから、意を決して内容を緋色に見せる。

 場面はちょうど、緋色と出会う前に図書館で書き上げたシーン。

 魔王軍と勇者パーティとの戦闘部分だ。


「貸して」

「あ、ちょっ!」


 ガシっとスマホが握られ、そのまま奪われた。


(……き、気まずい!)


 無言で自分の小説を読む緋色の反応をひたすら待つ。

 自分の小説を初めて読まれた。しかも愛和緋色に。

 時間にしてまだ三分も経っていないが、それでも一葉にとっては拷問のような気まずさだった。


「あー、コレがあの厄介な魔法だ。『全てを飲み込む闇』か……。確かに、まんまだね」

「うん、防ぐには聖属性の防御魔法が必要なんだ」

「『聖属性』なんて使えないしなー。そもそも使える人いるのかな」

「う……、なんかごめん」

「いや、三和切君が悪いんじゃないけど。……三和切君が変身したのは、この勇者だよね」


 緋色が勇者の描写を行ってる部分を指さす。


「そう。勇者ルベルト。このシーンじゃなくて、もっと前の姿だったけど」

「この人になって、『聖属性の防御魔法』を使ったの?」

「いや、勇者の鎧は聖属性だから、魔法を使わなくても防げるんだ」

「なるほどね」


 ふむふむと緋色は頷き、じゃあ、と言って再び口を開いた。

 

「もう一回勇者になれれば、『聖属性』が手に入るんだ」

「変身できれば……、だけど。でも……」


 そう、変身できれば魔王ルシフへの対抗策となる。

 だが問題は――


「なんで変身できたのかは分かんない」


 一葉にはその仕組みが理解できていない事にあった。


「私には、世界の欠片フラグメントの力に見えたんだけど……。まさかどっかで手に入れてないよね?」

世界の欠片フラグメント……? あれが……」


 フラグメントという言葉に、魔法を使った時のことを思い出す。

 自分の掌に生まれた輝く万年筆。

 世界を構成する要素を持つ欠片が、どのようにして現れたのか。

 一葉はあの時胸に熱を感じていた。

 今にして思えば、自分の胸からあふれた光が形どっていたような気もする。


「……そういえば、ルーガさんに何かを胸に押し込まれた」


 封印を破ってしまった際に、としてルーガに押し付けられた白い結晶。

 アレがきっと封印の元となった世界の欠片フラグメントだったのだと、ようやく一葉は理解した。


「……なるほど。ルーさんがね。おっけい、大体わかった」


 納得がいったというように深く頷いた緋色にスマホを返され、そのままポケットにしまった。


「とりあえず今重要なことを整理しよう。三和切君なら、あいつを殴れるって事だよね?」

「な、殴る?」


 何故そんなに物理攻撃が好きなのか。

 予想を超える緋色の言葉に狼狽えてしまう一葉。

 だが設定どおりであれば――


「……うん、多分。聖属性の鎧だから行けると思う。そう設定したし」


 確証などはない。それでも、闇魔法を防いでくれたあの鎧なら、魔王が持つ外套の効果を貫けるだ。

 そしてもう一つ。

 本来の、あるべき手段を緋色に伝える。


「聖剣なら、切れる」


 闇を払う聖なる剣。その剣に認められる事こそが勇者の証。

 その剣が先ほどは左腰に確かにあった。

 闇属性の魔族に対して特攻の効果を持ち、第一章では勇者は聖剣で魔王ルシフを切っている。

 なら、あの魔王も切れるはず。


「それ、いいね。あと何回変身できるのかな。虚脱感とかある?」

「……あると思う」


 勇者から自分の姿に戻った時から疲労感があった。

 自分の中からゴッソリ力が奪われたような感覚。

 試しに右手を握って開いてと繰り返してみるが、十分な力が入らない。

 数分経っただけでは、まだ回復の兆しは見えなかった。


「魔力切れの兆候だ。じゃあ変身できてあと一回。出来なかったら全力で逃げるしかないね」


 緋色はうんうんと頷いてから、パンと両手を叩き、


「じゃ、やろうか」


 そして悪戯っぽい笑顔でにやりと笑った。

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