第24話 繰り返される物語
「――っは、は!」
緋色の元へ向かうため、一葉は走っていた。
元いた噴水広場の近くには緋色いなかった。
戦場が移動している。
焼け焦げ、削られている地面。
何かによってゴッソリと抉られてしまったかのような建物。
戦闘の跡と響く爆発音を指針に、一葉は緋色を追っていた。
「はぁ、はぁ――!」
心臓が痛い。
わき腹が痛い。
頭が割れそう。
足なんて既に棒のようで。
それでも、一葉は走り続けた。
今止まってしまったら、もう前に進めなくなりそうだったから。
それだけは許せないと、足を動かし続けた。
「ン――、はぁ、はぁ」
そうして、ようやく追いついた。
まだ距離はあるが、緋色の姿を視界に捉える。
魔弾を撃ち、絶えず位置を変え、時折地上から放たれる闇魔法を大きく避けながら、彼女は宙を舞っていた。
(まだ遠い、もっと近づかないと……)
体に鞭を打ち、精いっぱいのところまで速度を上げる。
既に戦場は都市の端まで来ていた。
遠くに旧ユーセロイの終わりが見える。
その手前、大通りが交差する開けた場所で、戦闘は行われていた。
緋色のいる場所までは距離にしておよそ百メートル。
まずは状況を確認するべく、なるべく息を抑え、建物の影に身を隠しながら一葉は見た。
大量の〝
犬、鳥、蛇、猫、果てはザリガニのようなカタチまで。
絶えず湧き出る〝
魔弾によって小型の〝
一葉の目にも、一匹一匹は緋色の敵ではない事は明らかだった。
問題はその数が減らない事と、緋色の攻撃のすきを縫って放たれる闇魔法。
触れるもの全てを飲み込む暗黒の魔法にあった。
「え――――?」
自身の認識に違和感を覚え、一葉は魔法を放った人物を見た。
自分は今、目の前の光景を何と捉えたのか。
あんなものは見たことが無い。
無いのに、どうして
そう、どうして自分は、あの黒い光をただ見ただけで闇魔法だと思い、その性質までも把握したのか。
否、出来てしまったのか。
「え、な……、んで?」
思わず、一歩後ずさる。
一葉が良く知る人物がそこにいた。
会ったことはない。
けれど、誰よりも知っている。
何故、彼がそこにいるのか。
あり得ない。
違う世界だからとか、そういう問題ですらなく。
存在するはずがない。
「嘘でしょ……」
魔の者であることを示す青みがかった皮膚と、長くとがった耳に彫の深い顔立ち。
そしてどこか高貴さを感じさせる長い銀髪。
「魔王……、ルシフ?」
ソレは、一葉の小説「勇者と魔王の戦闘記」に出てくる魔王ルシフの姿をしていた。
顔の造形も王者である事を示す紫の外套も、一葉が想像し、描写してきたルシフそのもの。
外見だけではない。
専用の闇魔法もそのままだ。
まるで、彼が彼であると象徴しているかのように。
(何で何で何でっ――!?)
どうして一葉の
そんな事はあり得ないのに、しかし間違いなく目の前のアレは魔王ルシフだった。
一葉は緋色の相手がルシフだと認識したと同時に、彼女が何であんなにも戦いにくそうにしているのかも理解する。
決して負けてはいないのだろう。だが劣勢のはずだ。
あの闇魔法に触れてはならない。
触れたものは全て飲み込まれるように設定したから。
人も建物も全て。
だから、あの魔法を警戒して緋色は近づけない。
魔弾も無駄だ。
緋色の魔弾は確かにルシフに当たっている。
だが、一切効果はない。
傷一つ、塵一つ付けることは叶わない。
ルシフの纏う外套は〝闇のマント〟という固有の装備であり、特別な聖属性を持つ攻撃しか通さない。
そう、設定したから。
つまり、勝てない。
(どうしよう、どうしよう!)
ルシフには勝てない。勝つ方法がない。
急いで緋色に伝えないといけない。
その焦りが、過ちを引き起こした。
壁に添えていた手に力が入ってしまい、レンガがボロリと崩れ、欠片が地面に転がる。
「あ――――」
その音が〝
無数の貌がこちらを向く。
まずい、と思うより速く、獣たちが次々に押し寄せてきた。
「三和切君!?」
緋色の声。
その方向に助けを求めるように顔を向けてしまい、すぐに失態に気が付いた。
一葉は見た。
必死にこちらに来ようとする緋色のその後ろ、黒く輝く闇が迫ってる。
(あ、終わった)
これが自分の最期と悟ったのか、全てがスローモーションになる。
緋色を止めたいのに、想いに体が追い付いてこない。
彼女は間に合ってしまうだろう。
助けを求めた一葉を守るべく、飛び出した緋色は〝
だから絶望的に間に合わない。
〝
その事に緋色が気が付いていなかった。
体が動く。
〝
緋色の肩に手をかけ、後ろに引く。
そしてすれ違いに前に出て、両手を広げた。
せめて彼女を守れるように。
その願いは叶わないと分かっているのに、それでも。
暗闇が目の前まで迫る。
自分は消えるんだと観念し――――、
ふいに、思い出した。
『これから君は危ない目に遭うかもしれない。その時は――』
この都市で出会った、旅人のような少年の声が再生される。
その言葉がトリガーだったかのように、右手が動いた。
封印を破った時のように勝手に、だが今度はよりスムーズに。
まるで予め決められていたかのような動作で。
自身の胸の前、掌を内側に向ける。
胸の中心が熱い。
すると何もない空間に光が生まれ、収束した。
形どったのは万年筆。
何故その形なのか、コレは何なのか。
疑問を捨て去り、一切の迷い無く、握り砕く。
金属が割れるような甲高い音が響き、音は光となって一葉の体に吸い込まれた。
口を開く。
自分だけに聞こえるように。
『こう言うんだ』
その呪文を口にした。
「紡いで――――、繰り返される物語」
呼応した全身が青白く光る。
『それで君は、勇者になれる』
直後、暗闇が一葉を包み込んだ。
「三和切君!!」
後ろから届く緋色の声。
その声が聞こえる事に、一葉は自身の無事を認識した。
闇が晴れる。
そこにはあるのは三和切一葉ではなかった。
「……三和切、くん?」
問われるような声に、自分の体を確認する。
いつもより二十センチ程高い身長。
身に纏いしは白銀の鎧。
その肩から流れる同じく白の外套。
左腰には闇を切り裂く聖剣。
真っ黒の短髪に、精悍な面差しの青年。
勇者ルベルトの姿がそこにはあった。
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