第19話 アイル・ザムトゥーアとの出会い

「こんにちは」


 唐突に声をかけられた声。


「――――」


 その先には少年がいた。

 彫の深い顔立ちの、一葉よりは少しだけ年上に見える少年。

 使い込まれた厚手の外套を羽織ったその姿からは旅人のような印象を受ける。

 事実そうなのだろう。一葉とは対照的な灰色の髪と日に焼けた肌には、左耳の赤いピアスが良く似合っていた。


「あれ、こんにちは」


 まさかココに人がいて、自分に話しかけてくるなんて思ってもいなかった一葉は、再び声をかけられるもまだ反応ができないでいる。

 無様に、ぽかーんと、口を開いたまま、


「……君は、生きてる人だよな?」

「――っ、は、はい! すみません」


 おーい、と目の前で手を振られ、ようやく我に返った。


「おお、やはりそうだよな。勘違いでなくて良かった」


(人!? 人だ! 映像じゃない)


 本当に人間なのかとじっと見つめてしまう一葉。

 だが少年は嫌な顔など一切せず、爽やかな笑みを返してきた。


「オレはアイル・ザムトゥーア。よろしく」


 一葉の隣に腰かけた少年から、右手が差し出される。


「あ、えと、三和――」


 慌てて名乗り返そうとしたところで、一葉はコチラでの名乗り方やりかたを教わってない事に気が付いた。

 普通は苗字が先なのか、名前が先なのか。


「あの、……イチヨウ・ミワキリ、です。イチヨウが名前です。よろしくお願いします」


 ルーガとミサ、そして目の前の彼の名前の響きから、恐らくこうだろうなと自分の名前を口にて、アイルと名乗った少年の手を握り返した。

 彼の外見に似合う、ゴツゴツとした感触が伝わってくる。


「イチヨウ……。不思議な響きだがいい名前だな。ミワキリという家名も聞いたことない」


(良かった。合ってたみたいだ)


 相手の反応から自分が正解を引いたことにホッとする。


「服装もこの辺のものではないな。遠いところから?」

「……そう、ですね」


 学生服はコチラにはない服装なのだろう。

 意図とは違うだろうが、彼の想像以上には離れた場所ではあることに間違いはない。

 一葉は説明のしようがないため曖昧に答えることにした。


「……とても、遠いところです。多分」

「なるほど。しかし、こんなところに人がいるとは思わなかった。ここにいるのは、ほら皆、虚構だろう?」


(きょこう……、ああ、虚構か)


 耳慣れない言葉に一瞬何の事かと思ったが、何とか理解が出来た。

 ようは全て作り物だと、彼はそう言っているのだろう。


「……はい、そうですね。僕もびっくりしました」

「オレは少し前からここにいるんだが、今日初めて動きをしている人を見つけたんだ。それで……」

「あー、なるほど……」


 それで話しかけられたのか、と納得する。

 この旧ユーセロイでいつもと異なる動きをするならば、それは映像ではないはずだ。だから生きている人間だと判断されたのだ。


「……ところで、イチヨウはどうしてこんな所に?」

「あーと、どうしてか……、というと……」


 当然のような質問に、話していいのか、そもそもどうやって話せばいいのか分からず、返答に窮してしまう。

 一葉はココに来た理由は「何かスゴイ魔道具を探して」だと理解しているが、それを素直に目の前の人物に話してもいいものか。あったばかりの人物になんでも話せるほど、一葉は楽天的ではなかった。


「ま、ここに来る目的は世界の欠片フラグメントだよな」


 そんな一葉の様子に何かを察したのか、アイルは得心した顔で頷いた。


(フラグメント……?)


 聞きなれない響きに首をかしげる。

 コチラ特有の言葉はこれまでいくつか聞いてきたが、そのワードは一葉の記憶の中にはなかった。


「フラグメントって何ですか?」

「え、知ってるだろう。世界の欠片フラグメント。この世界の欠片」


 あり得ない、という表情で固まるアイル。

 どうやらフラグメントそれはコチラの常識のようだった。

 だがやはり聞き覚えのない一葉は、申し訳ない気持ちを込めて小さく首を横に振った。


「マジか……。まあ、別に隠すようなことじゃないし、誰でも知ってることだからいいか……。さっきも言ったけど、世界の欠片フラグメントというのはね、この世界の欠片だよ。世界から切り離されたその欠片たちは世界を構成する要素を持っていて、使うと特殊な魔法を発現可能なんだ」

「欠片、ですか」


 にわかには信じられない言葉に、一葉は眉をひそめた。信じられないものはおかしなものいくつか見てきたが、それでも流石に話が壮大過ぎて納得――、というよりも全くイメージが出来ない。

 その説明にはアイル自身も思う所があるのか、だよなー、などと言いながら彼は話を続けた。


「ま、欠片うんぬんは、全部頭のいい人たちがそう言ってるってだけだからどこまで真実か分からんけど。とにかく、特殊な魔法に使えるってのはホントだよ」

「……うーん、要素ってどんなのですか?」

「例えば……、そうだな、ユーセロイで過去に使われたのは守護や封印の力だと考えられている」

「あー、そういう感じですか」


 守護や封印の力でこの都市を守った、とそういう事なのだろう。

 名前の響きが特殊だっただけで、結局は事前にルーガに聞かされた内容と大差はなかった。


「そう言えば、『都市を封印した強力な何かがある』って聞かされてました。それがフラグメントってやつなんですね」


 もう隠す意味もなさそうだと思い、先ほどはつぐんでしまった答えを口にする。


「なんだ知ってるじゃないか。その通り。二百年も続く魔法なんて他に考えらえない。だから、この都市を封印した力も、今なおこうして守っている力も、世界の欠片フラグメントの力のはずだ」

「――――ぁ」


 アイルの言葉に、一葉は一つの可能性に至った。


 ソレは特殊な魔法を発現するという。


(もしかしたら……)


 元の場所に戻るためのフラグメントがあるかも知れない。


 無意識に強く握られる拳。

 黙り込んだ一葉をしり目に、アイルは大きなため息をつき、これ見よがしに肩を落としてみせた。


「……オレはね、商いをしながら世界中を旅してるんだ。世界の欠片フラグメントは高値で取引される。だから――、手に入らないかと思ってきたんだが……。なかなか厳しい」


 だが、次の瞬間にはニカっと明るい笑顔が一葉に向けられた。


「おっと、情報は渡さないぜ。まだ諦めてないんだ」


 そう言って勢いよく立ち上がり、アイルは一葉に向き直る。

 つられて一葉も噴水の淵から腰を上げた。


「さて、そろそろ行くよ。会えてよかった、イチヨウ。また、どこかで」

「はい、ありがとうございました」


 教えてもらった事のお礼にと頭を下げる。

 じゃあ、と片手を挙げたアイルは背を向け、歩き出そうとし、


「そうだ、最後に」


 もう一度、一葉と相対した。


「俺は占いのようなこともできてね、その人の顔を見ると、その人に待ち受ける運命が見えるんだ」


 先ほどまでとは異なる、真剣な顔つき。


「そして、これは君の味方オレから君へのアドバイスだ」


 そう言いながらアイルは一葉に数歩近づき、


「これから君は危ない目に遭うかもしれない。その時は――」


 一葉が何かを返す前に、耳元で囁いた。


「――――――――」


「え――――?」


 言われたことの意味が分からず、戸惑いの声が漏れる。


「じゃあ、また、いずれ」


 それには反応せず、旅人のような少年は踵を返した。


 颯爽と歩き出し、一度も振り返ることなく群衆に消えてゆく。

 何故か目線が逸らせず、一葉はしばらくの間、彼が消えていった方向を見続けた。

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