第20話 封じられていたモノ

 不思議な少年と出会った次の朝。

 一葉と胸ポケットの中のシオンと緋色、そしてルーガの四人は噴水広場のそばにある、都市の中でもひと際大きな建物のそばを歩いていた。

 他の多くの建物とは違う、白一色の壁に黒色のとがった屋根。角には塔のような円柱型の建物がくっついており、サイズこそ小さいが、どこか城のような雰囲気の建造物だ。


「そっちじゃない、こっちだ」


 その隣、対照的にひっそりと佇む小さな建物の前でルーガが二人を呼ぶ。

 使われているのは他と同じ赤と白のレンガだが、どこかくすんだ色の縦に長細いその建物は、そこにあると意識できなければ通り過ぎてしまいそうな程に、特徴というものが皆無だった。


「よし、入るぞ」


 ルーガがそう言い、その建物の木の扉を押す。

 みすぼらしいその扉は、小さな木片を落としながらゆっくりと開かれた。


「うわ、真っ暗!」


 緋色の声が建物の中に響く。

 建物の中はまさに真っ暗だった。

 外の明るさとは不釣り合いな闇が広がっており、いくら目を凝らしても先が見えない。

 ただ少し先にぽつんと、降りの階段がある事だけが分かった。


「ついて来い」


 魔法の一種なのだろう。右手に淡い光源を浮かべたルーガが先行した。


 彼に続きゆっくりと階段を下りていく。

 らせん状に続く階段は、やはり闇に包まれており下が見えなかった。


 コツン、コツン、と三人の足音だけが鳴り響く。

 その沈黙に耐え切れず、一葉は口を開いた。


「えーと、この先に、あるんですよね?」

「ああ。さきほど確認した」


 ルーガは少し前に一人でこの場所に来ており、空賊たちから得た情報の通りに中心部に至ったらしい。

 だが、やはり封印の力もあり目当ての物は手に入れられず、色々と試そうとしたところで日の入りタイムアップとなってしまい、朝になった瞬間には建物の外にいたそうだ。

 そして、せっかくならと緋色と一葉を伴って再挑戦することにしたのだという。


「何があったんですか?」

「……口では伝えにくいな。見た方が早い。何とか中に入れればと思うが……」


 階段が終わり、最下層に到着する。

 そこには、さらに奥へと続く通路があった。

 通路の終わりには簡素な木の扉があり、向こうから僅かな光が漏れている。


 ルーガが軽く扉を押し、きぃ、と軋む音を立てて開かれた。


「――――っ」


 眩しさに目がくらむ。


「うわ、ユーセロイじゃん!」


 緋色が驚きの声を上げた。

 その言葉の意味も理解できないまま、一葉も目を凝らす。


(……ホントだ)


 そこには緋色の言葉通り、旧ユーセロイの街並みが広がっていた。


(ユーセロイだ。だけど……)


 そこは確かに、ここ数日で見慣れた旧ユーセロイのようだった。

 入ってきたのと同じ場所。自分たちは噴水広場にある小さな建物の前に立っていた。

 だがそこには先ほどまでとは異なり人々の姿はなく。


(壊れてる……)


 遺跡のような光景が広がっていた。

 地上の美しい街並みとは違い、多くのレンガがひび割れ、草木が侵食している。半ば樹木に飲み込まれている建物もある。

 人が住まなくなって長い時間が経過したことを示すように。


「ねえ、ルーさん、これって……」

「これが恐らく本当の旧ユーセロイなのだろう」


 緋色の疑問にルーガが答えた。


「上にあるのは人だけじゃなく、建物も全て魔法でできた虚像だったって事だ。本物を地下に隠し、表には偽りの都市を映し出して、この場所が見つからないように」


 二百年前の魔法使いが行った都市を守るための封印。

 その封印によりできた、繰り返される虚構の都市。

 全てはこの場所を守るためなのだろうか。

 だが、目の前に広がる虚ろな光景からは長年この場所が放置されていた事実が感じ取られ、一葉はどこか寂しさを覚えた。

 そう感じさせるだけ、地上の光景かつてのユーセロイが華やかだったからだろう。


「それだけここにあるものが大事なのだろう。目当ての物はまだ先だ。少し歩く」


 一葉の感傷をよそにルーガは歩き出し、少し遅れて緋色と一葉が続いた。


「ここ、ですか?」

「ああ、この中だ」


 向かったのは一葉たちが利用していた宿屋だった。

 そのまま二階にあがり、一葉の部屋の扉を開ける。


「あー、そんな感じかぁ!」


 先に部屋に入った緋色は喜びとも、興奮ともとれる言葉を口にし、


「嘘ぉ……」


 一葉は驚きの言葉をつぶやいた。

 その先にあったのは、旧ユーセロイの街並みだった。

 再度広がった同じ光景に、呆然とする。


(え、なんで外?)


 一葉の部屋に続くはずの扉は、何故か宿屋の外に繋がっていた。

 後ろを振り向けばドアの向こうにはこの宿屋の廊下が見える。


(コレも魔法なのか……)


 ドアとドアがでたらめに繋がっている。

 通常ならあり得ないコレも魔法の力なのだろう。


「次はこっちだ。正しい手順で扉を開いていけば最後にはたどり着く」


 だが何のためにと考える暇もなく、ルーガが今度は噴水広場の方に歩き出してしまい、一葉は急いで後を追った。

 淡々と進むルーガに、よく状況が飲み込めないまま一葉はついていく。

 そしてまた別の、塔のように高い建物の扉を開いた時、ルーガが言ったことの意味を理解した。


(――――また、外だ)


 扉の向こうには再度、旧ユーセロイが広がっている。


(ループしてるんだ。で、正解の扉を開き続けるとそのうち、ユーセロイじゃなくてどこかに繋がるんだ)


 次はこっちだと、今度は宿と逆方向に進みながらルーガは言った。


「カドスとかいうやつの魔法じゃなければ、たどり着くのは困難だっただろう。あいつは、空間と空間の繋がりを認識できるらしい。だから正解の扉が分かるそうだ。もっとも、吐かせた内容だけでは不十分だった。実際にどの扉が正解なのかを試すのに、結局一日かかってしまった」


 カドスというのは確か襲ってきた空賊たちのトップだった人間だ。

 彼は魔法を使っていた。姿を消し、数秒の後にルーガの後ろに現れた魔法だ。

 そして、それを見た時、ルーガは「コレがお前の魔法か」とそう言っていた。

 お前の魔法、それはつまり――――


「特殊な魔法……。それって、世界の欠片フラグメントってやつですか?」


 点と点が線で繋がったような感触があり、教わったばかりの言葉を思い出す。


「――なんだ、知ってたのか」


 僅かな驚きの表情の後、ルーガは肯定した。


「そうだな、ヤツは世界の欠片フラグメントの力を使っていた。あの黒いナイフがそうなんだろう。……今にして思えば、奪えばよかったな、世界の欠片フラグメント。そうすればこんなに手間取ることもなかっただろうに。……この扉で最後だ」


 ルーガの歩みが止まる。

 そこは白一色の壁に黒色のとがった屋根の建物だった。

 噴水広場にある、都市の中でもひと際大きな建物。

 最初にこの旧ユーセロイに入った時の隣にあった異質な建造物。


「入るぞ」


 ルーガが今までとは異なる、大きな石の扉に手を当て、力を込める。

 ズ、という重い音とパラパラと落ちてくる砂利とともに、ゆっくりと扉は開かれた。


「――――」


 扉の中が見える。

 その先にあるのは旧ユーセロイではなく――――


「人……?」


 空間の中央の台座の上。

 そこには祈りを捧げている女性の姿があった。

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