第12話 ルーガ・セイレス
空賊たちの集団から、一人の男が一歩前へ出てきた。
『いいぞ! やっちまえ!』
『早いとこ潰しちまいな、ハンジ!』
『ヤレ! 殺せ!』
ハンジと呼ばれた男は、空賊たちの中でも一目置かれている存在のようだ。罵声が歓声へと変わり、敵意が好奇へ、殺気に満ちていた表情はいやらしい笑みへと変わった。
空賊たちもまた確信しているのだ。
ルーガの顔が、苦しみに歪む瞬間を。
それが楽しみで仕方がないと、彼らは笑っている。
「――――っ」
一葉はその悪意に、思わず唾を飲み込んでしまった。
心が委縮する。
画面越しにもかかわらずそう感じてしまうほど、その笑いは一葉にとって異質なものだった。
人が、人の不幸を笑うというのは、こんなにも寒気が走ることなのか。
ココは違う場所なのだと、コチラに来てしまうまで今まで自分は暖かい所にいたのだと、一葉は実感する。
もし自分があの悪意の対象であったらきっと逃げ出してしまうに違いない。
「大丈夫よ。彼は強いから」
そんな心を読み取ったかのようなミサの言葉に驚いた一葉は、思わず彼女の横顔を見た。瞼の重そうな目で画面を見ているその顔は、最初から変わらずやっぱりどこか面倒くさそうで、彼女の感情が少しも動いていないことを感じさせる。
(そっか……。そうなんだろうな)
変わらぬミサの様子に少しだけ心が落ち着いた一葉が画面に顔を戻した時、ハンジが駆け出した。
速い。
巨体に似合わぬ俊敏な動きというのは、こういうのを言うのだろう。鈍重そうな体にも関わらず、男は一瞬のうちに半分の距離を詰めた。
ハンジが勢いに任せて殴るべく右の拳を後ろに、左肩を前に突き出して突進する。
勢いのついた拳はきっと破壊力がある。
しかし、いくら速いといってもあと半分、ルーガまでは十数メートル。そんなに離れた場所から、見せつけるかのように構えてしまっては当たるものも当たらないのではないか。
一葉がそう疑問に思った時、そんな彼を嘲笑ったかのようにハンジの顔が歪み、右腕が光り出した。
(え……)
光に包まれた右腕が、その位置からルーガを殴るかのように突き出される。
直後、その腕が膨れ上がり、肘から先がそのまま大きくなったかのような、巨大な右腕の形を成した。
『でた!
『さすがハンジ!』
『潰しちまえ!』
光が収まり、その姿が顕になる。
そこにあったのは巨大な鉄の塊。
まるで巨大ロボットの手のような鉄の拳の出現に、空賊たちから歓声が上がった。
拳は背の高いルーガの身長よりなおも大きく、もやは「殴る」などという段階を超えている。
あんなものをぶつけられたら空賊たちの言うとおり潰れてしまうだろう。
「魔法……?」
「
一葉の呆然とした呟きに、ミサが応えた。
魔力によって変形する金属。その成長によって巨大な右腕が突然現れたのだと、ミサが言う。
「予めどんな形になるかを決めておけば、ああいう風に武器になるってわけね。ま、アレ程大きくさせる奴は滅多にいないけど。それにほら、ああいうふうに魔法を組み込むことも可能なのよ」
右腕はただ現れただけではなく、手首から炎を吹き出していた。
左右計四つの穴から後ろに向けて。
「うわぁ……」
その光景に思わず声が漏れる。
その炎によって巨大なはずの拳は推進力を得て、よりスピードをつけて持ち主ごと飛んでいた。
要はロケットパンチだ。あれなら腕を振れなくなっても関係ない。
対峙したルーガは壁のように迫りくり拳を前に、すっと右手を前に出した。
まっすぐではなく、僅かに左に傾けて。
あの時と同じように、受け止める気なのだろうか。
その指先が、拳の先端に触れる。
同時に、バキリと音を立てて拳の表面がひび割れた。
(噓でしょ……)
ルーガの指先が金属に穴を穿ち、拳を掴んでいる。
どのくらいの握力があれば、あんなことが可能なのだろうか。
凄い力を持っていることは一葉も知っていた。最初に出会った時、自分を潰そうとした巨人の一撃を軽く止めてくれたから。
だからきっと今回も止めてしまうのだろうと、心のどこかで安心しており、ルーガの心配はしていなかった。
しかし、それは理解には程遠かったのだと一葉は気がつく。
ルーガの力は想像など軽く超えていた。
今回は、受け止めるだけではなかったのだ。
ルーガが、その右手を回転させる。
物凄い速さで右にグルリと、巨大な拳がそれを取り付けたハンジごと回り始めた。
さらに拳を掴んでいる腕を、邪魔者を払うかのように右後方へと振るう。
常識を超えた暴力により、ミチ、と金属が軋んだ音を上げ――
ルーガの右腕が限界まで右に回ったところで止まる。
先端を失った巨大な手首と、前腕がくっついたままのハンジが後ろに大きく吹き飛ばされる。
きっと彼は何が起こったかも分からなかっただろう。
錐揉み状に飛んだソレは、アルキメデスの防壁にぶち当たってようやく止まり、下に落ちた。
ドスン、とちぎれた前腕が地面に激突する音が、その重さを想像させる。
まさかあの巨大な右腕が、捩じ切られるとは想像もしていなかったのだろう。思いもよらぬ結末に呆然とする空賊たち。
そんな彼らに対し、ルーガは損傷によって火花を上げている右拳を軽い仕草で放り投げた。
『な――っ!』
『逃げろっ!』
『どけっ!!』
驚愕の声が上がる。降ってくる巨人の拳に我に返った空賊たちが、蜘蛛の子を散らすように我先にと四方へ逃げた。
元々当てる気などなかったのか、高く放り投げられた拳が手首と同じくその重量を示すかのように、地面にめり込んで止まる。
『野郎!』
ハンジという男がやられたからか、それとも自分の身が危険にさらされたからか。
空賊たちが怒りの声をあげる。
その手の中が次々とハンジと同じように光り輝き、武器へと変形した。
「銃?」
「そうね。銃に変化させるのはよくある
色や細部の形などに纏まりがなく一つとして同じものはないが、銃身や銃把に引き金、その特徴的な形からソレが銃だというのはすぐに分かった。
突撃銃や散弾銃に似たものから、もっと大きい対戦車ライフルサイズの物までが次々と空賊たちの手の中に現れる。
無論、空賊たちは威嚇のために武器を取り出したのではない。
慣れた手つきで銃口がルーガ向けられ、僅かな躊躇もなく発砲された。
(撃たれた――!)
飛び出した魔弾が、ルーガに殺到する。
されど、彼はまだ動かない。
これでもまだ足りないと言うかのように。
自分が動くに値しないと言うかのように。
魔弾がその体に届く直前、再び右腕を振るった。
今度は後ろではなく前へ。
『あ――?』
『なん……だ?』
何故か全ての魔弾が消滅する。
否、空賊たちは遅れてその身に届いた衝撃波でその理由を認識させられたであろう。
消されたのだ。
放たれた弾丸は触れたら爆発を起こすハズなのに、それすらもない。
『そんな……』
空賊の中の誰かの絶望が漏れる。
何かで防ぐなら理解もできよう。
だが、腕を振るった衝撃波で魔弾を消すなど、常識の範疇を超えていた。
『嘘……だろ』
ここに来てようやく、空賊たちは自分たちの間違いに気がついたに違いない。
アレは彼らが触れて良いものではない。
アレが何なのか分からないまでも、ただソレだけは理解できたハズだ。
そんな彼らを楽しむように歪むルーガの唇。
全ての人間が硬直から立ち直る前に、ルーガ・セイレスが戦闘を開始した。
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