第11話 墜とされた空賊

 一葉はアルキメデスの銃座から、静かに事の成り行きを見守っていた。


 ルーガの『行ってくる』という声を聞いてから約一分後。突如内部から爆発を起こした灰色の船は、それから数回の爆発を起こし、今では残された時間は後僅かだと示すように、黒い煙を上げながら空を飛んでいた。


 もはや砲撃も止んでいる。きっとそんな余裕もないのだろう。ふらふらと飛ぶ船は、速度も高度も目に見えて落ちていた。

 爆発によって内側からひしゃげている船体。

 中から漏れ出ている炎と黒い煙。

 あの船はもうすぐ落ちるだろうと、飛行船のことをよく知らない一葉にしてそう判断できてしまうぐらい、あちらの状況は末期的だ。むしろよくまだ飛んでられるなと、思ってしまう程である。


 時折インカムから聞こえてくる罵声と野太い悲鳴は、船内も惨劇であると一葉に知らせてくれた。

 何をどうやったら一人の人間があんなにも巨大な船に大損害を引き起こせるのか。

 重火器の類は持っていなかったし、使いそうにも思えないから恐らく素手で、だ。

 全く想像ができなかったが、きっとあの人にとっては容易いことなのだろうと一葉は思う。


 今はアルキメデスも距離を取っており、一葉と同じく様子を見守るかのように空賊船の後方を飛んでいた。

 この距離では銃も届かないだろう。ならば自分が出来ることもうないと、一葉は未だに鈍く痛む額を抑えながら、落ちていく飛行船をどこか他人事のようにぼうっと眺めていた。


 それから数分は経っただろうか。インカムから雑音以外に何も聞こえなくなったところで、ついに力尽きた飛行船がその船底を地面につけた。

 振動が、空にいるはずのこちらを揺らす。

 そのまま巨大な船は横倒しになり、平原をガリガリと削りながら滑ってゆく。

 そのまま十秒以上は進んだところで、ようやく船が止まった時には物凄い土煙が巻き上がっていた。

 アルキメデスは煙を被らないよう、墜落地点の風上に回って着陸する。


(大丈夫なのかな……)


 土煙が全てを覆い隠してしまって船の様子が分からないが、あんな風に墜落して色々と大丈夫なのだろうか。船からは火も出ていたし、もしかしたらもっと大きな爆発を起こすかもしれない。


『イチヨウ、大丈夫?』


 雑音のみだったインカムから、ミサの声が聞こえてきた。

 彼女の抑揚が薄く覇気に欠けた声は、一葉に気怠そうな印象を与える。


「あ、えーと、はい、大丈夫です」


 額はズキズキするが次第に収まるだろう。衝突時は体中ぶつけたが血が出ている様子はない。


『そう、なら艦橋ブリッジに上がってきたら?』

「上に?」

『ええ。きっと決着が見られるわよ』


 確かにミサの言うとおり、いつまでもこんなところにいてもしょうがない。

 一葉は未だ土煙が晴れていない事を確認してから「はい」と答えて銃座を降りた。

 いつの間に疲労したのか、力が入らずガクガクと震える足を引きずって梯子へと向かい、これまた力の入らない両腕に鞭打って梯子に手をかける。


 ゆっくりと上への梯子を登りながら一葉は考えた。

 決着とはなんだろう。

 目的は「緊急信号への対処」だとルーガは言っていた。緋色は「無事に助けられたら報酬が出る」と。

 だとしたらこれで半分だ。足止めは完璧だが、襲われている船を助けたわけではない。

 一人助けに行った緋色は無事なのか。一葉が覚えている限り、出て行ったきり一言も声を発していなかった。


(だけど……、まあ、大丈夫だろう)


 巨大猫と戦っていた緋色を思い出した一葉は、考えるのを止めることにした。

 ができるのだから、船を助けるぐらい軽いだろう。心配するだけ無駄というものである。


 なんとか梯子を登り終えた一葉は、最後の力を振り絞ってハッチを開け、艦橋に顔を出した。

 ミサが一人、外の様子が映し出された画面を見ている。

 どうなっているのか聞こうとし、一葉は止めた。複数の画面が様々な角度から船の影を映しているが、未だに土煙に包まれており様子が分からない。だからミサは何も言わずにただ画面を見ているのだろう。


 ハッチから這い出た一葉は、彼女の横に立って同じように画面を見上げた。


 煙が徐々に晴れる。

 まず見え始めたのは、ルーガの背中。

 次にその向こう側、数十メートル先に炎が上がり半壊状態となっている飛行船が姿を現す。


「人?」


 その手前に影があった。

 一つ、二つと現れた影がその数を増やしていく。

 その数が十を超えたところで風が吹き、土煙を全て払った。

 影がその正体を現す。


「あれが空賊……?」


 そこにいたのは、十数人の男たちの集団だった。

 控えめにも清潔とは言えない、だぶつき、薄汚れた服に身を包んだその集団は、確かに空賊と言う言葉に合う身なりをしている。


「ええ、空賊。この世界では珍しくはないわ」


 ミサが一葉の呟きを肯定する。


「けれど、随分若いわね」


 そう、意外だったのはその若さだ。全員が一葉より少し上程度で、一番年長者らしい人も二十代前半にしか見えなかった。空賊と聞いてボサボサの髭面を想像していた一葉は、あれが空賊だと言われてもいまいちピンとこない。


 だがその敵意に満ちた眼は鋭く、ただ不良集団ではないのだと一葉は理解した。

 迫力が違うのだ。怪我の大小はあれど、ほとんどの人間がどこからか血を流しているにもかかわらず、全員が今にも飛びかかりそうなで雰囲気でルーガを睨んでいる。


『お前――――たのか!』

『――やがっ――!』

『―――、――――!!』

『殺――、コラッ!』


 煙が晴れたことで、船を落としたルーガの姿を認識したのだろう。空賊たちが一斉に彼を罵倒し始めた。

 十数人が一度に怒鳴っているため声が声を潰し、何を言っているかは聞き取れない。けれど、拳を振り上げ、憤怒の形相で何かを叫び続けるその様子に、込められた怒り強さは十分に伝わってくる。

 画面越しだから落ち着いて見ていられるが、その場にいたらきっとすごい圧力に違いない。唸るような怒声は、音の洪水となってルーガの全身に届いているはずだ。


 しかし、ルーガはそんな空賊たちを前にしても少しも動かず佇んでいた。背をこちらに向けているため表情は窺い知れないが、きっとこの罵声の中でも涼しい顔をしているのだろう。


『なめやがって! 殺してやる!!』


 その態度が気に食わなかったのか、一人の男が前に出る。

 スキンヘッドの、一際体の大きい男がルーガ・セイレスと対峙した。

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