第10話 少女は無双する
『さて、行ってくるか』
アルキメデスの前方。
一人空中を疾走していた愛和緋色は、通信機から聞こえる声で攻防の状況を悟った。
きっとこれからルーガが相手の船に乗り移るのだろう。
ならばあの船の寿命はもって後数分。そうなるとあまり飛び続けて距離が開いてしまっては、アルキメデスに帰るのが面倒になってしまう。
三和切君も頑張ったみたいだし、そろそろ自分も行動に移らねばならないと、緋色はアクセルを全開にした。
緋色が乗っているのは、
こちらの世界では小型の船であるとされているが、乗り方やその特性を考えれば、船ではなくバイクの方が近いと緋色は思う。スピードを出す際は風の抵抗を減らすべくしがみつく様に体を前に倒すのだが、その姿はバイクレースそのものだ。
燃料はガソリンではなく魔力。
そもそもこちらの世界ではガソリンは扱われておらず、この手の機械は殆どが魔力を燃料としていた。故に魔石は重要な資源なのだ。〝
ルーガの話では単純に空飛ぶ魔法を使っているのではなく、浮遊に重力制御、空気の取り込みと圧縮に排出、それとエンジン部分での爆発など、多数の魔法を高度なレベルで統合させているのだそうだ。
なんでも飛行魔法そのものは使い手が少なく、できてもそこまで速度は出せないらしい。
故に飛行魔法に頼ることができなかった職人たちが、それでも空飛ぶ乗り物を夢見て試行錯誤を繰り返した結果生み出されたのが飛行船や、
ルーガの話は前提知識のない緋色には半分も理解できなかったが、
初めて空を飛んだ時の感動を今も覚えている。
大気を肌で感じ、何物にも縛られることなく自由に空をゆく。きっとこの感覚は一生忘れられないだろう。
緋色も
残念ながら今乗っている
何しろとても古いのだ。内部は各部品が大分劣化しているのか、あまり長い時間飛び続けるとガタガタと変な振動をし出すし、加えて黒ずんだ赤茶色の塗装は所々剥がれてしまっており、見た目からはどこか哀愁さえ漂っている。
だが、そんなオンボロという言葉がピッタリの骨董品だとしても、
(っていうか、前の船が遅いのかな)
前方には一隻の飛行船と、周りに
今はまだ撃ち合っている段階らしく、魔弾が飛び交い、防壁の揺らぎが見て取れた。
飛行船の方はアルキメデスと同じ中型サイズで、これといった特徴もない普通の船だ。街と街を結ぶ定期船か商船と思われる。
きっとこんなシナリオだ。
それにしても逃げる飛行船の速度が遅いのは、エンジントラブルでも起きたのか、それとも何らかの妨害を受けているのか。
(ん~、まあいっか)
湧き出た疑問は数秒で消去。どちらにせよやることは変わらないのだ。ならば考えても仕方がない。
緋色はこの距離なら撃たれる心配はないことを確かめてから、
魔石による魔力供給がないので長距離を飛ぶことはできないし、補助魔法が使われていないため姿勢の制御が難しく、乗りこなすには訓練が必要となるので乗り物としては用いられていない。
だが、そのシンプルさ故に小型化が可能となっている。
緋色が持ってきたのはボードタイプ。イメージは空飛ぶスケボーだ。
本当はブーツタイプの方が自由に飛び回れるので好きなのだが、残念ながらアルキメデスには配備されていない。
この
空を飛ぶんだからエウ○カの方が近いかもしれないが、よく考えたらコ○ン君はあのスケボーでよく空を飛んでいるのでやっぱりコ○ン君だ。
(アレ、空飛ぶスケボーって何かの映画で……。まあいいか)
少しだけやる気になった緋色はボードを両足に取り付け、魔力を徐々に送り込みながら風に乗せた。魔法が起動する甲高い音が鳴り、後部に取り付けられた飛行装置部分から赤い風が漏れ始める。
そのまま数秒、
「――GO!」
強く魔力を送り込む。
爆風と共に、緋色の体は空高く舞い上がった。
一瞬のうちに高度を上げた緋色は、続けて二度、三度と魔力を送り込み、その度に爆発的な加速を得て空を滑った。
目を開けることさえ困難になるスピードの中、それさえも楽しむかのように、旋回を交えながら風に乗る。
飛行船との距離はたちどころに詰められ、数秒後には緋色の体は飛行船の真上にあった。
逆噴射でスピードを緩め、
眼下には飛び回る五機の
緋色はそのうちの一つに狙いを定め、今度は下に向けて加速した。
緋色が
とは言っても本来は魔石の補助がある
だが、緋色には莫大な魔力があった。
それは<英雄>がもたらす恩恵なのか、それとも自身が元々持っていたのか。
なんでも総魔力保持量は優秀な魔法使いの百倍は軽く超えているとの事で、ルーガやミサからは「バカみたいな量」と呼ばれていた。
その魔力を惜しみなく注ぎ込めば、
もちろんキャパシティを超えて稼働させれば壊れてしまうだろうが、爆風を一瞬だけのものとし、回数も抑えれば
標的を誤らぬよう微調整をしつつ、緋色は落ち続ける。
重力を味方につけたその急落下は、獲物を狙う鷹よりもなお鋭い。
空気が切り裂かれ、グングンと距離が縮まる。
空賊もまさか頭上から狙われてるとは思いもよらぬだろう。
緋色は空賊に気づかれぬまま肉薄し――、
「よっ」
後頭部を軽く小突いた。
相手の体がガクン、と崩れ落ちる。
すぐに乗り手の気絶を察知した
爆風を生み出し、無理矢理に落下から上昇へとベクトルを捻じ曲げる。
ふわりと体が浮き上がり、ひと呼吸の間に緋色は残り四機の位置を把握した。
(魔法が使えればなー)
捕獲用の魔法などがあれば話は早いのだろうが、緋色がまともに出来るのは魔力をそのまま繰り出す魔弾と、体の外と中に魔力を巡らせ防御力と身体機能を向上させる身体強化だけ。他の魔法は魔法式の生成やら魔法の組み合わせやらと必要となる前提知識が膨大すぎて、一年では身につくものではなかった。
緋色が扱える二つの魔法は全ての魔法の基礎にあたり、原初の魔法というくくりに含まれている。一応魔法ではあるのだが、正確には魔力の単純運用であるため、魔力を扱うコツさえ掴めれば難しい技術や知識は必要ない。
大事なのは自分の中にある魔力というエネルギーを認識することと、それを自由に扱えるというイメージ。後はひたすら反復練習で体を慣らすだけ。
先の長そうな知識の習得に時間を使うならばと、もてる時間のほぼ全てを魔力操作の修練に当てた結果、緋色は魔弾と身体強化のみであれば扱えるようになっていた。その精度はまだまだ道半ばだが、膨大な魔力を捨てるように消費する事で、戦闘だけであれば既にベテランの魔法使いも軽く凌駕している。
魔弾をバラまけば相手が
ならば残された選択肢は直接攻撃のみ。
緋色は次の標的に向けて加速した。
右に弧を描く機動で
狙うのはやはり後頭部だ。そこに強い魔力を流し込むことで、相手の脳を揺さぶり気絶に追い込むことができる。
緋色がもつ攻撃手段の中で、最も安全な攻撃方法だ。
爆風の音に何事かと振り返ってももう遅い。
緋色はすれ違いざまに後頭部を叩き、二人目を排除する。
そこでようやく残りの三機が緋色の存在に気がついた。
「わっ」
飛行船に向けていた銃口が緋色を狙う。
放たれた弾丸に対し、緋色は急加速で対応した。
弾丸はカスリもしない。
上昇に落下。
左から右へ、前から後ろへの急旋回。
通常では有り得ない爆発的な加速と、
さっきまで飛行船の向こう側にいたのに、気が付けばこちら側に。
一瞬前まで左側にいたのに、次の瞬間には頭上に。
まるでサーカス。
飛行船の周りを舞台にし、空が狭いというかのように緋色は飛び回った。
そして一つ、一つと空賊たちの意識を刈り取っていく。
(ラスト――!)
最後の一機に背後から接近する。
その瞬間、予想外の方向から砲撃音が聞こえてきた。
「え――?」
砲撃が直撃する。
愛和緋色は何に撃たれたのか分からぬまま、墜落した。
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