第9話 少年は戦ってみる

(……やっと着いた)


 艦橋から長い梯子を降り、ようやく一番下に着くと、そこには確かに銃座ってこれだろなと思えるモノがあった。

 梯子の長さから恐らく船底付近のこの場所に、左右に三つずつ。椅子とその前に明らかに兵器と言えるものがモノが鎮座している。


 右の船首側の一席を選び、目の前のモノをしげしげと眺めてみた。

 きっとこんなもので撃たれたら人間など粉砕するだろう。ガトリングガンを思わせる、丸太のような太く長い無骨な黒い銃身は、その破壊力を誇示するかのように、ただそこにあるだけで一葉に威圧感を与えてきた。


 手前にある二箇所のグリップを両手で握り、上下左右に動かして操作すればいいようだ。引き金は右側の握りの部分にそれっぽいのが付いてるし、照準器もある。他に操作できそうな所はないので、ただ引き金を引けばよいように見えた。


(……って、危なくないか、ココ)


 何とかなりそうだと、グリップを握って前を向いたところで、一葉は自分が今いる場所がとても危険だということに気が付いた。

 相手の船を撃ち落とすため、当然ながら銃身はその半分が外に突出しており、視界を妨げぬよう銃座付近はガラス張りになっている。

 もし大砲でここが狙われたらとても助かりそうにもない。銃座から相手の船を見れば、今もどんどんこちらを撃って来ているのが分かる。さっきよりも近づいているから、砲弾も随分当たりやすくなっていることだろう。


(あれ……?)


 だが、敵の砲弾は船に届かないどころか、既に爆発も起こしていなかった。

 何故だろうとよくよく見ると、砲弾はアルキメデスに着弾する前にどこからか現れた炎に次々と飲み込まれて消滅していた。

 先程まで船を守っていた防壁の外側に、もう一つ炎でできた壁ができているかのようだ。


 そう言えばと思い返してみれば、梯子を降りている最中には振動はなくなっていた気がする。

 ルーガから言われた通り、ミサが砲撃を防いでいるためなのだろう。船を砲撃から守るなんていう大役を一人で完璧にこなすなんてやはり皆すごいんだなと一葉は思う。


 砲撃は心配なさそうだし、そんな人たちの役に少しでも立ちたい。そんな思いが芽生えた一葉は、自分もこの攻防に加わるべく改めてグリップを両手で強く握り締めた。


(よし、やるぞ……!)


 自分には重い銃を体全体を使って動かし、標準を合わせる。

 狙いは灰色の船の船首のさらに先。

 これから放たれる銃弾がどのようなものかは知る由もないが、前方を狙えば少なくとも船尾には当たってくれるだろう。

 そんな希望的観測を抱いた一葉はぶれないように腕に込める力を強くし、ゆっくりと引き金を引いてみた。


「うわっ――!」


 すごい振動に思わず驚きの声が上がる。

 飛び出したのは砲撃よりはるかに小さい、拳ぐらいの大きさの光の玉。

 それが結構な速さで空を行き――――


 地面に直撃した。


「……」


 何もない地面から砂埃が舞う。


『坊主、どこ狙ってるんだ。もっとちゃんとやれ』

『ははは、三和切君しっかりー』


 何らかの方法でそれを見ていたらしいルーガから叱られ、緋色には笑われた。


(……くっ)


 確かに、確かに弾は外れた。しかも空飛ぶ船を狙ったのに、弾は地面に突き刺さったのだ。

 笑われても仕方ないかもしれないと一葉も思う。

 だが、それこそ仕方がないではないか。

 突然銃座に座らされ、操作方法も曖昧なまま、とりあえず撃ってみたのだ。明後日の方向に行ったとしても、大目に見て欲しい。


 というか今のは試射だ。

 武器の性能はちゃんと把握しなければいけない。

 だからどんなものか把握するために、とりあえず撃ってみただけ。

 一葉にしてみれば外れて当然なのである。

 だから恥ずかしくない。

 次を当てればいいのだ。


(よ、し。……よし!)


 外れた原因は分かっている。

 撃つ瞬間に力みすぎて銃口を下に向けてしまったのが悪かった。

 弾が落ちたのは船の真下。

 ならば上をしっかりと狙えば、ブラさずに撃てば当然のように弾は当たるだろう。

 今度は外さない。

 外すわけもない。


 一葉は再度慎重に――保険のため先ほどよりちょっと上を狙って――引き金を引いた。

 体全体を震わす振動にも、もう驚かない。


(――いける)


 放たれた光の弾を目で追う。

 コースに問題ない。

 このままいけば船首後方付近に必ず当たる。


(当たる、当たる!)


 一葉の意志によって飛び出した魔法の弾丸は、真っ直ぐ推測通りの場所を目指して飛び――


 当たる直前で光の壁に弾かれた。


「あ、あれ……?」


 弾かれた際に生じた光もすぐに消えた。

 あまりにもあっけない。

 思いがけない結末に、一葉は戸惑う。

 狙った場所に問題はなかった。

 狙い通りの場所に当たった。と思ったら、何物かに阻まれたのだ。


 今一度、相手の船をしっかりと見る。数秒見続けていると、その周りを覆うように光の膜があることに気が付いた。今もこちらからの砲撃を防ぎ続けており、その度にきらめくのでその存在がわかりやすい。


 そこまでを理解し、一葉はなるほどと納得した。

 あれは「防壁」だ。こっちの船と同じようにあちら側も防壁を使っているらしい。

 これは撃ち合いなのだから、あちらも防御をするのは当たり前。でなければこちらからの砲撃によって、既に型はついていたはず。


 一葉の放った弾丸は、その防壁に弾かれたのだ。

 砲弾を防ぐのだから当然のこと。

 銃弾など、初めから届くわけもなかった。


「あ、あの!」


 一葉は思わずインカムに向かって大きな声を出してしまう。

 そう、この結果が分かっているのならば、一葉が銃を撃つ必要性などまるでない。まるでないのだが、自分がやった事を無意味とは思いたくない。


「僕がこれやる意味あるんですか!?」


 そんな彼の願望ねがいに対しルーガは、


『特にないよ。暇そうだったしな。強いて言えば敵の大砲がそっちを狙ってくれればこっちの防御が楽になるぐらいだ』


 意味などないと、切って捨てた。


「え……」


 インカムからは女性陣の笑いを堪える声。

 そこには驚きが少しも含まれていない。

 つまり、分かっていなかったのは一葉だけ。


(コ、ノ……ッ)


 ギチリ、とグリップを握る手に力が込められる。

 一葉の中に、今まで埋もれていた感情が湧き出してきた。


(そんなに一般人をいじめて楽しいか! ……そっちがその気ならやってやる)


 そのどす黒くも熱い感情は、一度生まれてしまったら止まらない。

 渦巻き、より激しさを増し、一葉の思考を侵食していく。

 聞こえてくる緋色の謝罪の声も、笑いが半ば含まれていれば火に油を注ぐだけ。


(――――墜としてやる)


 そう固く決意し、一葉は再度引き金を引いた。

 激しい振動が体を揺さぶる。

 その揺れを両腕の力で無理やり押さえつけ、一葉は撃ち続けた。

 弾はやはり光の壁に弾かれて消えていく。

 だがそれでも構わない。

 一葉はそんなことなど知らないとばかりに、とにかく撃ちまくった。


(うおーーーーーーーーー!)


 無意識のうちに心の中で叫び声を上げる。

 狙いは一点集中だ。

 大砲より遥かに劣る力でも、同じ所に攻撃を受け続ければ必ず綻びが生じる。

 水滴が石に穴を開けるが如く。

 一葉の漫画と小説ちしきとけいけんでは、防御とはそういうものなのだ。

 そのために必要なのは、集中力と腕の力。

 絶対に弾がバラけてはいけない。

 しかし、連射により激しく振動する銃口を抑え続けるのはかなりの力が必要だ。

 一葉の両腕も次第に力が入らなくなってくる。


(――う、ぉぉおぉおぉぉおおおおお!)


 残されたのは気力のみ。

 だが、その思いは〝新たなる獣アウォード〟から逃げた時等とは比べ物にならない程のエネルギーを一葉の中に生み出した。

 心を奮い立たせ、必死に撃ち続ける。


『おー、やるじゃないか』


 だから、もはやそんなルーガの声も届かない。


『そろそろぶつかるわよ。何かに掴まって』


 故にミサの忠告も無視され――


(ぶつかる?)


 一欠片の理性が、頭の中で警鐘を鳴らした。

 ほんの一瞬、銃から意識を逸らし、言われたことの意味を考える。

 この状況で何と何がぶつかるのか。


(ぶ、ぶつかる!)


 気が付けば目の前まで灰色が迫っており――


「ちょっ、まっ!」


 盛大に衝突した。


「――いっ」


 衝撃により体が前に揺さぶられ、勢いよく銃身に頭をぶつける。

 鈍い痛み。

 思ったより痛くないのは何とか直前で踏ん張れたからか。

 安心する間もなく、雷のような轟音と共に二度三度と、船体が大きく上下に揺れる。

 一回で離れると思いきや、何度も激突を繰り返しているのだ。

 一葉はどう身を守ればいいかも分からず、ただ必死に銃のグリップにしがみついていた。

 まるでアクション映画のカーチェイスだ。

 火花を散らし、互いに船体をぶつけ合いながら船が空を飛び続ける。

 いい加減に早く終わってくれと、止まらぬ振動に一葉が泣き出しそうになった時、


『さて、行ってくるか』


 インカム越しに、ルーガの呟きが聞こえてきた。

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