第8話 空戦

「アルキメデス、防壁を展開」


 ルーガがそう言った瞬間、アルキメデスは爆炎に包まれた。


「う、うわっ!」


 ガラス一面に炎が踊り、強烈な閃光に目が眩む。

 だが船の中、一葉の身に届くのはその光と体の芯まで響く大きな音だけ。

 脳裏によぎった破壊は訪れず、船は速度を上げて航行を続けていた。

 目標は右斜め前方を行く灰色の船。

 空中から現れた船だ。


「五十上昇。さらに速度を上げて接近しろ」


 続けざまに二つ、遠くから爆発のような音が聞こえたと同時、ルーガがアルキメデスに命令を出す。

 船首が上がり、今まで地面スレスレを飛んでいた船が地表から離れ出した。

 さらに三つ、四つと、遠くで音が鳴る。

 馴染みのない一葉でも音の正体などすぐに分かる。

 これは砲撃だ。

 先に撃ったのはこちらなのだから当然のこと。

 この船は今、砲弾による報復を受けていた。


 再びの爆音。

 砲撃のうち上昇によっていくつかは躱し、しかし数発は船尾に食らいついたのだ。

 それでもアルキメデスは何事もないかのように空を飛び続ける。ルーガが最初に言った「防壁」の力なのだろう。砲弾は船ではなくその直前、船を包んでいる光の膜に当たって爆発しているため、ビリビリと振動はするものの被害は出ていないようだ。


「んー、結構大きい船だねー」


 突然の出来事に冷や汗が止まらない一葉に対し、緋色は緊張感の欠片も無い。爆発など気にもせずに、窓の近くで空賊の船を眺めている。


「あ、危ないぞ」


 砲撃を受けている時に窓の近くにいるなんて自殺行為もいいところだ。

 そう思って声をかけた一葉に対し緋色は、


「大丈夫だって。アルキメデスは優秀なんだから。三和切君もこっちおいでよ。敵の船がよく見えるよ」


 手をひらひらとさせながら問題ないと応え、あまつさえ一葉を近くに呼ぼうとする。


「……いや、僕はいいかな」

「そう? 楽しいんだけどな」


 もちろん一葉は度胸のあるクラスメイトに付き合える訳もなく、無意識に半歩後ろに引いていた。

 冗談ではない。緋色はどうか分からないが、自分はあんな砲撃を食らって無事でいられる自信はない。この船が落ちてしまうだけで簡単に死んでしまうだろう。


 だから、早くどうにかして欲しい。そんな思いを込めてルーガを見ると、彼はそんな一葉の心情を理解したのか、チラリと彼に目線を向けた後、仕方なさそうに口を開いた。


「まあ、しばらくは問題ない。それよりお前、ミサを――」

「何の騒ぎ?」


 ルーガが彼女の名前を口にしたところで、低く不快感がにじみ出ている声と共に、本人が艦橋に姿を現した。

 その顔は目が半眼しか開かれておらず、髪も纏まっていなければ、服装もネグリジェに薄手の上着を肩にかけだけの格好。


(……朝、弱いのかな)


 いかにも寝起きで不機嫌そうだ。昨日のにこやかな挨拶から、優しそうな人を想像していた一葉は密かに認識を改めることにする。


「やっと来たか」


 ルーガが呆れるように言うのも仕方がないだろう。警報から砲撃と速やかに駆けつけるべき事態にもかかわらず、ようやく起き出しててきて何の騒ぎかと尋ねるのだ。

 先程からずっとハラハラしっぱなしの一葉とは神経の太さが違うらしい。

 いや、それともただ単に寝起きがものすごい悪いだけなのか。


「緊急信号だよ。あの灰色のやつが標的だ。ミサ、お前はあのうっとおしい砲撃を防いでくれ」

「今起きたばかりなのに……」

「文句を言うな。アルキメデスの防壁だけじゃ後数分しかもたないぞ」


 はいはい、などと言い、大きなあくびをしながら艦橋から出て行くミサ。


(だ、大丈夫なのかな……)


 ルーガから聞かされた「後数分しかもたないという」一葉にとっては衝撃の事実を全く意に介さず、心底面倒くさそうな彼女の様子に、不安を覚える。

 砲撃を防ぐという重大な仕事を、女の人が、一人で、それも寝起きの、である。これで心配するなというのは無理があった。


「ヒイロは前の船だ。倉庫にあるリーヴァで先に行って空賊を落として来い」

「えー、うちにあるの旧式ばかりで速度出ないじゃん。追いつくの大変そうなんだけど」


 緋色も同様に緊迫感がなく、唇を尖らせてルーガに抗議している。

 しかし行くこと自体には問題がないらしい。旧式だかなんだか知らないが、一葉としてはそこが不満なのかと思わず心の中でツッコミを入れてしまう。


「お前も文句を言うな。前の船を落とされたら報酬が無くなるぞ」


 しょうがないなあ、などと言いながらミサと同じく艦橋を出て行く緋色の姿もやはり不安しか与えてこない。

 

「さて、坊主」


 唯一、緊迫感とまではいかないが、真面目に皆に指示を出していたルーガが振り返り、今度は一葉に声をかけた。


「は、はい!」


 まさか自分が何かを言われるとは思っていなかった一葉は、驚きのあまり背筋を伸ばして元気の良い返事をし、


「お前は銃座だ」


 次の言葉で、思考が止まった。


「へ?」


 自分は何と言われたのか。

 言葉は分からないでもないが、言われたことの意図が分からない。

 言われた言葉を頭の中で繰り返しても、やっぱりこの人は何を言っているのだろうとしか思えない。


「銃座だよ。知らないか?」

「じゅ、銃座ですか?」


 この状況で「じゅうざ」とくれば一葉にもどんなところか大体想像がつく。

 もしかして、銃を撃つところとかそういう所でしょうかと尋ねる一葉に対し、なんだ知ってるじゃないかと答えるルーガ。どうやら言葉の認識に問題はなかったらしい。

 しかし自分が銃座というのはどういうことだろうか。

 そんな未だに惚けている一葉の顔を見て、ルーガは有無を言わさぬ強い口調で言った。


「だから、お前の担当は銃座だ。あの船撃ち落とせ」

「え、ほ、本気ですか? 本当に? 僕が?」


 自分が撃ち落とすなど冗談にも程があるだろう。

 そう思って聞き返すも、ルーガは真面目な顔を少しも変化させることなく、いい加減に早く行けと、操縦席後方の床を示した。

 決して睨んでるわけではないのだが、それに等しい圧力を与えてくるルーガの目に、冗談を行っているわけではないのだと一葉は観念する。


「そこから下に降りられる。着いたら右側に向かえ。いくつかあるから、一番当てやすそうなやつを使って撃てばいい」


 床には取っ手が付いており、力を入れて引っ張ると下に降りる梯子が現れた。

 下はどうなってるんだろうと覗き込んだ一葉は、止めておけば良かったと後悔する。結構な高さがあり、もし間違って落ちてしまったら怪我だけでは済みそうになかった。

 

「撃ち方は見りゃわかると思うが、何かあったら言え。暇なら答えてやる」

「ひ、暇ならって……」

「通信機、入れておけ。今は赤のボタンで全員の会話が聞こえる。青を押せばお前の声も入るようになるから押しておけ」


 付けっぱなしにしていた右耳のインカム――コチラでは〝汎用外耳取り付け型通信機〟と呼ぶらしい――を外して赤色のボタンを押してから付けなおすと、通信中であることを示すかのように雑音が聞こえてきた。言われた通り、青いボタンも押しておく。


「ほら、さっさと行け」

「は、はいっ!」


 何でこんなにかたっ苦しい名前なんだと、どうでもいことを考えていた一葉は、ルーガに急かされ慌てて梯子を降り始める。

 急ぎつつも落ぬようにと一つ一つ下っていると、インカムからエンジン音が聞こえてきた。


『それじゃあ、行ってくるねー。あとよろしく』


 緋色の声だ。ルーガに言われたとおり、「リーヴァ」というやつで外に出たのだろう。

 相手は空賊で人数も多いというのに、本当に「ちょっとコンビニに行ってくる」程度のノリなのはいかがなものかと一葉は思うのだが、誰も諫めないところをみると彼の感覚の方がズレているらしい。

 一葉自身は慣れない梯子を降りるので精一杯であり、緋色に声をかける余裕もない。


『それで、あなたは何するの?』

『決まってるだろ。標的を落とす』

『どうやって?』

『アルキメデス。適当に撃ちながら敵船にぶつけろ。甲板から乗り込んでやる』


 そんな彼にはミサとルーガのやり取りも、耳には届いているが頭の中には入ってきていなかった。

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