第14話 ガラスノナカ8

怒りを和らげる為、大きく深呼吸をする


「先に、一つだけ疑問に応えろ」


『何ですか?』


「コレはなんだ

なんで鏡なのに、あんた達が映ってる?」


自分を映しだすという役割を果たしてはいないが、それは錆もなく、ガラス部分はまだ現役で使えそうな程に光り輝いていた

熱源は古書ではなくこの鏡だったようで、触れていると仄かに温かかった


すると菊は『そんな事ですか』と頷き、一言


『スマホですゎ』


「…は?」


『海外製の、丸い形が大変に可愛らしい最新のスマホですゎ』


「いやいや、それは絶対ウソだろ!

しかもさっき鏡だと言ってたじゃねーか!」


『あら

鈍感なのに、人の話を覚えることは一応できるのですね

素晴らしいですわ』


女将と菊は微笑みながらパチパチと軽めの拍手を送ってくる



何なんだ、コイツら!?


人を煽るのがそこらのコンビニで屯してる不良より上手すぎるだろ!?



『あ、スマホというのは嘘ですゎ』


「おい!」


しかも、やっぱり嘘なのかよ!


『そのようなスマホが今の人間に作り出せるはずありませんでしょうに

どうしようもないおバカさんですわね』


どうしよう

この鏡、叩き割っても良いだろうか?


『姉様、これ以上本当のことをお伝えすると謝華さんが立ち直れなくなります

それに鏡に溜めていた力も無意味に減ってしまいますわ』


『あら、そうだったゎ

人を相手にすると、つぃ…』


女将は鏡の縁を指差し説明する


『この鏡は数100年前に作られたモノですわ』


「それが本当なら、博物館に寄付した方が良いんじゃないか」


『何を仰いますの

鏡は狭い場所に押し込められ、人目に晒される事を嫌いますゎ

そんな事をすれば呪われますわょ?』


呪われるって…またそっち系の話かよ


絢はうんざりしながら痛むこめかみを抑え、当の鏡の模様を見ていたのだが


「…ん?

なんだ、この動物」


側面には、丸い耳に、こちらも丸みのある尻尾を持つ動物が彫られていた

走る姿で彫られている動物はその1匹だけで、他は種類が何か分からない草のようなものだけだ


『狸たぬきですわ』


「ああ…狸か

言われてみれば、そう見えるな」


そっと狸の部分を指でなぞる


「…ん?」


ありえない事だが…触れようとした時、狸が身じろいだ気がした


『謝華さん

私達との約束、お忘れではありませんよね?』


「え、あ…あぁ」


縁から指を離した


絢は女将に話しかけられたので気づかなかった

指を離した瞬間、爪楊枝ほどの細く小さな獣の手が追いかけるように伸ばされ、直ぐに引っ込んだことを


『ナナシを捕まえてほしい、とお伝えしたはずなのですが?』


威圧感を感じるその物言いに、薄らと寒気を感じた


「そうは言うが、そのナナシとかいうヤツ?

どんな特徴があるのかも、探し方も捕まえ方も聞いてないんだけど」


『『………』』


暫しの沈黙の後、鏡の中の2人が互いの顔を見合う

そして…しまったと言わんばかりの表情を浮かべてから菊は着物の袖を口元に押し当てた


『あら…いやですゎ

私ったら、捕える方法をお伝えし忘れておりましたゎ』


椅子に座っていて良かった

そうでなければ前のめりにズッコケていただろう


人を威圧しておいて伝え忘れるとは…本気で探すつもりがあるのだろうか?


「あんたら…」


『こほん…失礼いたしました

では今からお伝えいたしますわ』


説明は昼休みギリギリまで続いた


「…要約すると、この鏡を使えば大体のことは出来るんだな」


こちらも表紙に付属していた、雲紋を模った台座に鏡を置く


『はい

最初だけですがナナシを見つけたら転印紙を上に、古書を下に敷いて道を開けるだけです』


「最初だけ?

それに道ってなんだ?」


『道は道ですゎ

それはさておき、謝華さん』


「なんだよ…」


道について深掘りしようとしたら、何とも軽い感じで

まるで友人と世間話をするような気軽さで話を切り替えられた


『死臭がしますわね』


「……はい?」


急に何を言い出すんだと怪訝な顔で菊の顔を見た


『それも只の死臭ではありませんね

ナナシに喰われた者の死臭がします

…まさか謝華さん、ナナシに餌を与えたのですか?』


なんだその、野良猫に餌を与えたのかみたいな言い方


「そんなわけないだろ

そもそも、俺はナナシに会ったことも、見たこともない」


そう言うと、また2人は顔を見合わせた


『鈍すぎるのも、ここまで来ると殺意を通り越して哀れみを感じますゎ、藤』


『まったくですわ、姉様』


「誰が鈍いだ!」


『謝華さん以外に、この場にいらっしゃいますの?』


『まぁまぁ、姉様』


お話が進みませんわ、と女将は菊を止める


『それもそうね

あの人間…桂木と言ったかしら?』


「…桂木?」



『そぅ

その人間よ、ナナシに喰われたのは』



喰われた


そう言われ、病院で桂木から這い出ていた幼虫のようなモノを瞬時に思い出した


「…まさか」


『そのまさか、ですゎ

心当たりがありますでしょぅ?』


「いや、そんなはずない

あんなデカい虫、この世に存在するはずがない」


『呆れましたゎ…

まだそんな事をおっしゃってますの?』


『思った以上に頭が硬いのですね』


「…うるさい

俺は妖怪の類は信じてない、それだけだ」


断固として認めない絢に、2人はなんだそんな事かとナナシについて語った


『あら

なら話は早いですゎ

だって、あの邪なモノは妖怪などではございませんもの』


『そうです

謝華さんはUMA、世に言う謎の未確認生物をご存知ですか?』


UMAという言葉には聞き覚えがあった

確か子どもの頃、TVでジャングルの奥地でUMAを探す企画をどこぞの番組でやっていたような…


「チュパカブラとかだろ

聞いたことはある」


あれも眉唾物で、実際に発見されたのは感染症に侵されたコヨーテとかだったような…


『そのチュパなんとかという生き物は存じ上げませんが

ナナシとは、名前がついていない未確認生物のようなものです』


『実在はするけれど、大変希少なので人にまだ認知されていない生物…と言えば納得できるかしら?』


「……」


何だか話を混ぜ込んで、無理やり納得させようとしている気がする

だが、今の説明でしっくりきたのも事実だ


「つまり…ナナシは生物なのか?」


『そうです』


『人間がまだ研究しきれていない、邪な力を持っている生き物ですゎ』


「邪な力…?」


なんだその厨二病のガキなら誰にでも考えつきそうなフレーズは…


『ナナシの邪な力とは、つまるところ毒みたいなものですゎ』


「は!?

あの幼虫、毒持ってんのかよ!?」


そんな話は聞いてない!

というか、あの幼虫を興味本位で触らなくて良かった…

もし触っていたらと想像し、思わず絢は身震いする


『正確には毒ではありませんが、持ってますね』


『人に悪意を向けるナナシは大体持ってますゎ

だから噛まれたりしないよう、気をつけて捕獲してくださいね?』


私達も捕獲する手足がいなくなると困りますし、と菊と藤はあっけらかんと言う


「そんな沖縄に行って猛毒のマムシを獲ってきてくださいね、みたいに簡単に言うな!」


いや、素人の俺がマムシを獲るのも簡単じゃないが…



コンコン



「絢

だいぶ前に休憩時間は終わっとるんやが、電話中か?」


小さなノックの後に、これまたトーンを落とした声で沢森さんが扉の裏から話しかけてきた

時計を見ると、休憩時間が10分ほど過ぎている


「え…あ!

すみません、すぐに行きます!」


『お仕事、頑張ってきてください』


藤は微笑みながらヒラヒラと袖を振る


『あ、そうですゎ

謝華さん』


「なんだ?」


食べ終わった弁当をバッグに入れながら、まだ何かあるのかと鏡を見る


『今日の夜、ナナシが活動しますわょ』


「…?

だから何だ?」


菊は俺の返答に、ふぅとため息を吐く


『ですから…

桂木という者を食べてから時間が経っているので、今日の夜あたりに次の餌を求めて人間を襲いますゎ

止めに行かなくてよろしいので?』


「………はぁ!!?」




雨脚が強まるにつれて、窓が曇って目の前の建物がよく見えない

車内の湿度も上がり、キャップを被った前髪が額に張り付いて鬱陶しかった

マスクもしているので息もしづらく、少し苦しい


どこからどう見ても不審者のような格好をした自分の姿をサイドミラーで確認し、肩をガクリと落とす


「俺、いったい何やってんだろ…」


『借金の返済の為に、私達の手足となって働いているのですゎ』


「ぐっ…!」


まさにその通りだ


消灯の時間が過ぎている院内は薄暗くなっているようだった

だからといって人がいないわけではなく、誰かが見回りをしているのは確実だろうから忍び込むのはまず無理だ

駐車場に止めて入り口まで進んだものの


「どうすっかな…」


『謝華さん、あちらですゎ』


菊が指差す場所は夜間外来用の受付だった


「あそこは救急患者とかの…」


『分かっておりますゎ

話しかけられましたら、鏡を見せてくださぃ』


どうやら菊が話をするようだ

それなら良いかと受付に足を向ける

だが人はおらず、これならそのまま病棟へ行けるのでは?という考えはどうやら甘かったようだ


案の定というか、病棟に行ける渡り廊下のドアに手を伸ばそうとしたら看護師か受付のスタッフだろうか

訝しげな顔をした男性に話しかけられてしまった


「すみません、話はこちらの方に…」


と手に持っていた鏡を見せた



すると…


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