第11話 ガラスノナカ5

TV等は付属の物なので運ばなくて良いが、洗濯機だけ自分で購入したものだと説明すると


「社長〜

それなら会社の小型トラックを使えばどうですか〜?」


ボクも休んで手伝いに行きますよと、深山さんがにこやかに手を上げる

絢がそれはいくらなんでも申し訳ないですと断ろうとしたら


「こいつはただサボりたいだけだから気にしなくて良い」


と郷さんは眉間に手を当てて呆れたように首を振る


「え〜っ

違いますよ、ボクは絢ちゃんのことが純粋に心配なんですよ〜!」


ねぇ?と同調を求められるが、なんと返して良いのか…こちらに振られても困る


「そういう事なら、お願いしても良いですか?」


苦笑しながら頼むと、そうこなくちゃね〜!と快くOKが返って来た

動機はどうであれ、本当にいい先輩だ


「そういえば、今日は桂木さん欠勤ですか?」


実は朝から姿を見ていないのだ

半グレみたいな社員達はたまに無断欠勤する事があるから、いつもなら「またかよ…」ぐらいで軽く流すのだが、昨日は手を痛めていたので聞いてみたら


「あ〜カレね

早朝に倒れたみたいで入院しちゃったよ〜」


「え、入院!?」


思いもよらない答えが返ってきた


いやいやいや

手首を捻挫しただけで入院とは、どれだけ貧弱なんだよ!?

…あ、もしかしたら重い道具を運んだ時にぶつけて実は他の場所が骨折していたとか?


「桂木も社員寮にいたんだが、同居者が倒れているのを発見してな」


同居人は桂木の事だから、最初は酔い潰れてそのまま床で寝ているのだと思ったそうだ

だけど声をかけても揺らしても起きない上、口から泡を吹いていたので慌てて救急車を呼び、病院へと運ばれた

半日以上経った今でも意識が戻っていないのだと


「精密検査を受けているところだが、外傷などは見当たらないそうだ」


「カレ、不摂生だしプライベートでも色々と問題あったみたいでね〜

成人病の可能性があるみたい」


「あぁ…なるほど」


そういう事か

アルコールはたまにしか摂取しないが、自分も気をつけようと絢は思った




「わざわざ着いてきていただいて、申し訳ないです」


「全然、大丈夫だよ〜」


深山さんは軍手を嵌めた両手をヒラヒラとさせる


「それに出てきたまま帰ってないんでしょ?

ボク、絢ちゃんが言ってた虫が凄く気になるから見てみたいんだよね〜」


「深山さんって物好きですね…」


そうなのである

手伝ってくれるのは仕事を休むという口実でもあるが、意外というかなんというか


深山さんは不思議な現象や生き物に、とても興味があるんだと


休日は廃墟や心霊スポットへ赴いたりしているらしい

絢には到底理解できない趣味だ

そんな深山さんに例のマンションに住んでいると言った時の顔と言ったら、もう…


今も扉を開けている絢の後ろで目を輝かせ、そわそわと落ち着きがない


カチャリ、と鍵を回して扉を開く


「お邪魔します〜」


狭い玄関に2人並ぶように入る


「もしかして、アレ?」


目玉の事もあり、入るのを躊躇している絢の脇を通り抜けて深山さんはリビングの扉へ近づく


「確かにガラスは割れてるけど、虫はいないね〜」


屈みながらキョロキョロと辺りを見回しているが、どうやら虫の姿はないようだ

開かれたままの寝室も窓から日差しが入り明るいので室内がよく見えるが目玉もいなかった


ほっと息を吐く


「逃げたのかもですね」


「え〜

それは残念」


本当に残念なのだろう

深山さんはガックリと肩を落としていた


「それじゃ、俺は衣服を段ボールとバッグに詰め込みますね」


「ならボクは散乱してるガラスを片付けておくよ」


「お願いします」


詰めると言っても衣類はそこまで多くはない

荷物を外に出すと、廊下で片付けていたはずの深山さんの姿がなかった


「あれ?」


ガラスは綺麗に片付けられていたので「リビングの方か?」と覗く


「あっ

勝手にリビングに入ってごめんね〜」


「いえ、ゴミ袋を渡すのを忘れていたの…で」


リビングに入り、テーブルの上を見て驚く


「廊下の掃除が終わったから、食器とか全部新聞紙に包んだよ〜」


「ありがとうございます…って

包むの早過ぎませんか!?」


床の段ボールには、丁寧に1皿ずつ新聞紙に包まれた食器類が既に箱に詰められていた


しかもそれだけではない


リビングに置いていた雑貨なども綺麗に緩衝シートに巻かれ、何が入っているか分かるように名前をシートとダンボールのどちらにも既に書いてある


絢が衣類を詰めていた短い時間に、だ


清掃業の仕事は掃除だけでなく、引越し前に家の片付けや仕分け作業を手伝う事もある

それには丁寧さは勿論、早さも必要とされる


その点、深山さんの仕事は完璧という他ない


「これがプロの仕事か…」


思わず感嘆の声をあげると、深山さんは照れたように笑った





「よっこいせ…っと!」


ガコンと洗濯機を設置し、一息つく


小型トラックに荷物を乗せ終わるまで特に何もなく、幼虫も例の目玉も出てこなかった

もしかしたら夢幻だったのではないかとも思ったが、割れているガラスを見て夢ではないと思い知らされる


「これで終わりかな〜?」


「はい!

ありがとうございます

でも…」


「でも?」


「寮だと聞いていたんですが…

ここって、本当に俺1人で借りても良いんですか?」


絢が通された社員寮は、寮と言うより完全分離型の二世帯住宅だった

左に外付けの階段があり、3階に直通している

その3階スペースを丸々、それも1人だけで借りられるというのだ


マンションもそこそこ広かったが社員寮はその倍以上の広さ

光熱費が別途かかることを差し引いても、本当にあの家賃で良いのかと疑ってしまう


「もちろんだよ

それとここ、Wi-Fiも繋がってるんだ

無料で使えるから、あとでパスワード渡すね〜」


「至れり尽くせりですね…」


でしょ〜!と笑いながら鍵を渡してきた


「あとは1人で大丈夫?」


「大丈夫です!

元々そこまで荷物は無いので…あっ」


積み重ねたダンボールの上に無造作に置いていたバッグから何かが落ち、こちらに転がってくる


何かというか、和人形だ


「ん?

これは…」


深山さんは足元に転がってきた人形を拾い上げようとした

だが、触れようとしたその時…手と人形の間で光が目視できる程に強い静電気が発生した



バチっ!!



大きな音と火花を散らし、人形はまるで深山さんを嫌がるかのように加速をつけて絢の方へと転がってくる


「すみません!

大丈夫ですか!?」


転がってきた人形を拾い上げ、深山さんの手を確認しようとしたら「平気平気〜」と何事もなかったかのように後ろへと引っ込めてしまった


「あ〜びっくりした〜

ニットのポロカーディガンを着てたから静電気が溜まってたのかな?

びっくりさせてごめんね〜」


「あ、いえ…」


「ところで、それは?」


「これは預かっているもので、見た目は随分変わってますが和人形だと思います」


「…和人形?」


絢の持つ人形を見ながら、深山さんは首を傾げる

何か行動に移すわけでもなく、無言のままじっと人形を観察していた


「あの、どうかしましたか?」


「ん?

あ〜…ううん、なんでもないよ

それじゃ、ボクはトラックを戻したらそのまま帰るね〜!」


深山さんを玄関まで見送り、絢は小脇に抱えていた人形をテーブルの上に座らせる


人形は眉を寄せ、どこか怒っているように見えた




「お見舞い?

桂木さんのですか?」


「ちゃうちゃう

社長の息子さん」


年配のベテラン従業員、沢森(さわもり)さんはカップ麺を啜りながら言う


「社長って息子さんがいたんですね」


「おう

まぁ、ここだけの話なんやが…」


半分ほど減ったラーメンの中にコンビニで買った温泉卵を割り入れ、かき混ぜながら沢森さんは声を落とす


「昔は優しくてホンマええ子やったんやが、思春期か悪い仲間が出来たんかは知らんが高校生になってからヤンチャするようになってもうてな

夜中にバイクで山を走ってる時、曲がりきれずにガードレールにぶつかって単独事故したんやと」


「あー…なるほど」


援護のしようもないなと、絢は眉を顰めて話の続きを聞く


「それが数ヶ月前の…あ〜っと確か絢がここに入ってくるちょっと前やったか

その時からずっと意識不明やったんやが、つい先日目が覚めたんやと」


「それは良かったですね」


「まぁ、良かったといえば良かったんやがな」


コンビニ弁当を食べる絢に、食堂のテーブルに置かれたお茶を注ぎ入れ、困った顔をしながら渡してくれる


「アレだけ両親の言葉に反抗しとったのにな

事故ったから反省したんやと思うんやが、別人ちゃうかってくらい急に大人しなったんや」


「別人?」


「あぁ、本人なのは間違い無いんやがな

顔を怪我してなかったからな、そのおかげで病院に運ばれてすぐに身元も分かったし

ただ大人しくなったというか…なんか気味が悪うてな」


「気味が悪いって…?」


無精髭をさすりながら、ありえない物を見たかのように呟いた


「目がな…青くなっとってん」


「え、息子さんってクォーターとかですか?」


社長もだが、以前会ったことのある奥さんも日本人にしか見えなかったはずだが


「ちゃうで

事故する前は普通に両目とも真っ黒やったさかい」


「そうなんですか」


「しかもおかしいのは目だけやない

気づいたらベッドから抜け出しておらんなってた、かと思えば気づけば戻ってるなんて夢遊病みたいな症状もでとるそうや

…挙げ句の果てに、両親に関する記憶がないんやと」


「…え!?」




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