第4話 ハジマリ4

「いった……えっ、なにコレ

か、神棚…?」


絵画に引きづり込まれる時、咄嗟に目を瞑る

そして握っていた手の感覚が消えたので目を開けると…そこには神様を祭る為のものなのか、巨大な神棚があった


薄暗くて全体は見えないが、神棚の前に鎮座している壇がある

それはひと1人くらいは裕に乗せられる程の大きさで、元は果物や野菜だったのだろうか?

水分が抜けすぎてドライフルーツよりカラカラに乾いている、何年も前に供えられたのであろう供物が置かれていた


「なんだ、この場所…」


辺りを見回しながら興味本位でそろりと近づくと、神棚の中の須弥壇にはなぜか本来置くはずの仏像はなく、代わりにたくさん尾が生えた狐の石像が奉られていた


壇の周りには夥しい数の蝋燭が石畳に直接立てられていて不気味さを醸し出している


「俺、絵に引き擦り込まれて…それから」


どくどくと、まるで耳に心臓があるかのように脈音がうるさいほど聞こえる


「こんな非現実的な事、あるわけがない…

そうだ、きっと旅館で開催されている肝試しか何かのイベントで…」


絢は幽霊や怪奇現象というものは一切信用していない


それらは恐怖心からそう見えてしまうだけだ

人は極度の興奮状態の時、脳が情報を処理しきれなくなる

そのせいで只の木の影でも人の形をしているだけで人として認識したりしてしまう

幽霊や怪奇現象なんて、そう…一種の脳のバグだ


頭を抱えて後退りながら、そう自分に言い聞かせる


「絵に吸い込まれたように感じたのも、忍者屋敷みたいなカラクリで…」


目を見開き、震える唇を手で押さえて「こんな事はありえない…あるわけがない」と呟く


すると突然、背後で気配を感じた

それはまるで舌を出した獣のような荒い息遣いで、徐々に近づいてくるのが分かった


「…っ!?」


慌てて後ろを振り向く



そこには…闇夜を纏う人影があった



その人影はシースルーのような薄さの布を被り、顔を全面覆っている


そして頭から背中へと、薄汚れてボロボロになった着物を羽織っているようだった



「あ、あんた…!

悪いんだけど、この部屋から抜け出せる扉がどこにあるか知…って……?」



声をかけた瞬間、真紅が目の前に広がった



それは一瞬の出来事だった


パタタッ…


飛び散り落下していく無数の赤い粒状の液体は石畳に舞い落ち、浅い溝へと流れてく


人影に伸ばした、その手や腕さえもその液体に染まっていた



赤い


赤い


赤い



あの少女の瞳のように…真っ赤な…



「ぃっ…ぇ…な“っ…こ、れ……」


ふらりと身体が傾く


ガツっと鈍い音をたて、絢の身体はまるで糸の切れた人形のように供物を供えた壇に転がる


自分の身に降り掛かった災難に絢の思考はついていけなかった

身体が震え、頭が思うように働かない

次に起こりうるであろう危険を回避出来ずに、存在するかも分からない常闇の天井部位をただ見つめるしかない


震えているのは恐怖からではなく、血が大量に流れて自身が死に向かっているからだと

貧血で視界がボヤけ、暗転し始めた絢が知ることはできなかった


皮膚が…胸が鋭利な刃物で斬りつけられたかのように横に三筋

ぱっくりと割れ、赤黒い血がどくどくと流れていく

斬りつけた本人は、石畳の上だというのに足音ひとつ鳴らさず、絢の元まで滑るように歩いてきた


羽織る布から零れるように見え隠れする長髪は、人間では考えられない蒼白色


炎のように揺らめき、毛の先から燃えては消えていく



目の前にいるモノは…明らかに人間ではなかった



『これは現実ではない』



ジーンズと下着が脅威的な力で意図も容易く破り捨てられる

ビリィッ!と布が引き千切られる、耳障りな音が部屋中に響く


「ゃ…め“……」



『そう、これは悪い夢だ』



頭の中で誰かが絢に言い聞かせるように、そう囁きかける


人影が覆い被さり、絢の震える両脚を掴み大きく開かせる

血が急速に失われたせいで白くなり、細くなった血管が浮かびあがる足を強引に肩に抱え上げられる


秘部にヌメり猛るモノを押し当てられ、ぐっと先端が挿入される



「ぃゃ…だ……

ゃ…ろ、ゃめっ…ゃあ“ぁぁぁぁ…っ!!」



激痛


そんな可愛い言葉では言い表せない程の痛みが、裂傷した臓器から身体中に駆け巡る

本当の痛みを感じた時、人はその場所だけでなく身体全体で痛みを感じるのだと、絢は知ることになった


激しい注挿に絢の脚がガクガクと宙を引っ掻く


それから幾分か経ち…

絢の足首が痙攣したかのようにグッ…と伸びて小さく震え

未だ動き続ける人影とは対象的に、それ以降…絢はぴくりとも動かなくなった





ぽた……ぴちゃん


「ん……ぅ…?」


頬に冷たい雫が降りかかり、頬骨に沿ってを伝い落ちる

可愛らしい小鳥の鳴き声が森から聞こえている

その声に誘われるように目を覚ますと、朝だというのに薄暗く、湿度が高いせいで腐ったと思われるカビたフローリングが目に入った


「は…?

なんで床板が天井に…って、床板?」


俺はむくりと起き上がり、辺りを見渡す

荒れ果てた旅館の…ここは地下だろうか

暗く湿ったその冷たい床に、どうやら絢は仰向けで倒れていたようだった


「っ…!

そうだ、胸の傷…!」


殺人鬼の強姦魔に襲いかかられて、それから…

よくあれだけの血を流して生きていたなと自分のタフさに感心しながら服を捲って胸を見た


そこには、切り傷どころかミミズ腫れすら見当たらなかった


「そんなはずは……いたっ…!」


不意に頭に痛みが走り、手で触れると少し大きめのたんこぶが出来ていた

後頭部を摩りながら腐ったフローリングを見上げ、俺は1つの予想を…答えを導き出した


温泉に向かうために廊下を歩いていたら、腐った床を踏み抜いてそのまま地下へと落ちた

そして強かに頭を打って悪夢を見たんだ


温泉にいたあの蛇も、気味が悪い人影に犯されたことも全て夢だ


『そうだ、あれは夢で現実じゃない』


自分以外、誰もいなはずの地下でまた誰かが絢に囁きかけた


「最低な悪夢と最悪な現実か…笑えるな

ははっ…」


全く何も面白くない状況で乾いた笑いが口から溢れた

すぅっと息を吸い、ふぅ…とため息を吐く

早かった鼓動が元のテンポに戻り、頭が少しづつ冷えてきた


「やっぱりクレーム入れるべきだな

なんだよ、床が抜けるって…」


この話をしたら、旅館に来た時点で言えばよかっただろと友人に鼻で笑われそうだ

…美人な女将に鼻を伸ばしていた自分が悪いから何かを言われたとしても、ぐぅの根も出ないのだが…


壁が劣化しているようで、所々ひび割れたコンクリートから漏水していた

そのせいで床一面が水浸し

絢の着ていた浴衣もぐっしょり濡れてしまっていた


「浴衣に着替えてて良かった」


これが着てきた服だったなら、朝からコインランドリーを探さないといけない羽目になっていた

この古い旅館に乾燥機があるようには見えないしな


いや、シーツを洗うだろうしもしかしたら大型のなら…


そんなどうでもいい事を考えながら、浴衣を脱ぐ

冷たいが、裸でいるわけにもいかなので脱いだ浴衣を絞ってからまた羽織りなおした



ギュウゥゥ…



今のは俺の腹の音ではない

断じて違う



ググッ…ギュィゥゥ……



どうやらそれは何かの寝息のようだった


明かりは穴が空いたフローリングから入り込む光だけで、真っ暗とはいかなくてもほとんど何も見えない


「暗いしジメジメしてるから、蝙蝠か何かか…?」


そもそも、蝙蝠が寝息など立てるのだろうか?


「いや待て、野良犬の可能性もあるか」


それだけは絶対に勘弁してもらいたい


もしいるのが中型犬以上なら、噛まれる場所が悪ければあの世へ行きかねない

それに1頭だけではないかもしれない


俺は気づかれないように、ソロリソロリと壁を伝い歩く

どこかに階段がないかと目を凝らしながら慎重に歩いていると、伸ばした足が何か硬い物を蹴った



ガシャァァァンッ



「げっ…!」


硬い割にそれは思った以上に軽く、大きな音を出して地下に反響する

人間とは不思議なもので、こんな焦る状況下でも今の音の反響度合いで冷静にこの地下室がそこまで広くない事を理解した


そして…


今ので寝息が聞こえなくなったので相手が起きてしまった事も、理解してしまった…


思わず身体が固まる

暑くも無いのに額から汗が滲み出る

息を止め、相手の出方を伺う…が、一向に何かが身じろいだり、動き出す気配がしない

野良犬なら歩き回ると爪音がするので、どうやら犬ではなさそうだ


俺は少しホッとした

多分、猫とかネズミだったのだろう


幾分か安心した俺は、そういえば何を蹴ったのだろうかと、足に当たる物をそっと光の下まで持っていった



それは粉々に割れてしまった壺のような物だった



硬い床に当たったせいで粉々に割れてしまい、原型が分からないのでもしかしたら壺ではなく花瓶なのかもしれないが…


「なんでこんな所に壺が」


きらりと光るその破片を拾い上げようとした



その瞬間


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