第3話 ハジマリ3

扉を開けるとそこは異世界だった



…というのは冗談で



露天風呂への扉を開けたら、そこは眩いほど真っ白な雪に覆われた白銀の世界だった


「すげぇ…」


古木と藁で作られた立派な屋根が入り口から露天風呂へと続き、石の冷たさで足がやられないよう布が敷かれるという細かい配慮がされている


思わずその綺麗な雪景色に見とれていると、かけ湯をして濡れた体が寒さでぶるりと震える


このまま見ていたら間違いなく風邪を引きそうだ


歯をカチカチ鳴らしながら両手で身体を包み込み、滑る心配がないので大股の駆け足で急いで露天風呂に近づき足をつける



ぽちゃ…



「あつっ」


寒さで感覚がマヒしていた指先が、急に熱を与えられて痛みと痺れが走る

寒いので早く入りたいのは山々だが、新しく湯に触れる場所に痛みが走るため少しずつ湯に浸かることになった


そうして熱さに身体を慣らして胸元まで浸かり切った後は…まさに至福の時間と言えた


「はふぅ」と思わず変な声をつい漏らしたが周りには誰もいないんだ、構わないだろう


暫く湯に浸かり、肩にかけたり満点の星空を眺めたりと堪能していたが、ふとこの先どうしようかと考えてしまう

思っていた以上に、この土地の冬は寒さが厳しかったからだ


「俺、こっちでやっていけるかな…」


今更ながら不安だ


寒さはここが山の中腹だからということもあるだろうし、寒さに適応できなさそうならばもう少し都市部へ行ったほうが良いだろう


「そうだ、そうしよう」


我ながら妙案が浮かんだものだと独りごち、気分が良くなった俺は鼻歌を歌いつつ温泉を楽しんだ




温泉に浸かり始めて15分くらい経っただろうか


もうもうと湯気が立ち上り、視界一面、雪と湯気で真白だった


「……ん?」


曲げていた足をふと伸ばすと、足先に違和感を感じた

なんだかこう…ぬるっとした太いゴムチューブ?のような弾力あるものが太股の内側に触れているような気がする


いや、絶対に触れている


「え、なに…?」


温泉は何かしらの成分で白く濁っているので不透明なのだが、そのせいで湯の中で何に触れているのかが分からない


目に見えないものに触るには勇気がいる

だけど触らないことにはソレの正体がわからない

…俺は意を決して手を伸ばそうとした



その瞬間


俺はとんでもないモノを目撃してしまった



俺がもたれかかっていた露天風呂の岩の壁の隙間から【ソレ】は伸びていた

【ソレ】は触れるだけでなく、次第に脚にまとわりつき始める

ゴムチューブか何かだと思っていた【ソレ】は、白くて太さがラップの芯くらい

そして表面には隙間なく鱗がびっしり生えた



「へ、蛇!?」



俺は心の中で絶叫した


本当は口に出して叫びたかったが、騒いだ刺激で大事な所が噛まれる恐れがあったのでそれは出来なかった


背筋があまりの恐怖にゾワりと総毛立つ


岩陰から這い出てきた蛇はぽちゃんと水音を立て、白く濁った湯の中へと姿を消す

姿は見えないが太股と…男として大事な物の近くに未だ居座っているのは、蛇が動くと波打つ湯が教えてくれた

これでは逃げる事は出来ない



どっ、どうしよう…!



その時の俺はテンパっていて、普通の蛇は42度もある風呂に自ら入ることなどそうないし、冬だから普通は冬眠しているなどの情報が頭からすっぽ抜けてしまっていた


動けず固まる俺に蛇は何を考えたのか、下半身から鳩尾辺りに向けて徐々にだがはい上がってきた

水面下に映る蛇の頭のシルエットに、恐怖が脳内に蓄積していく



もし…毒蛇だったら?


それで心臓あたりを噛まれてしまったら?



そんな最悪の未来を想像してしまう


心臓と脳への負担で俺は意識が飛びそうだった



一度太股から背中に周り、再び鳩尾、そして胸元へと這い上り、ようやく頭部が水面へとその姿を表した




…これ、アルビノとかいうヤツか?


凄く綺麗なその蛇の眼


血みたいに真っ赤…って、あれ?


さっきもこんな事考えたような…



純白の蛇は三角型のすっきりとした頭部をしていた

ルビーのような色合いの小粒の眼があり、その眼が俺を仰ぎ見ている


なんだか危険な予感がする


固まって動けない絢の胸元をするりと通り過ぎると、喉元を先が分かれた舌が擽る


「っ…!」


ちろちろと動く舌と頭部が視界に入り、口元にはい上がってくる

慌ててぐっと唇を固く閉じると、たどり着いた蛇の舌先が隙間を捜すように絢の唇を舐め、なぞっていく

くすぐったさに気を取られていると、双球の方に向いていた尾がその奥にある蕾の表面をするっと撫でた


「ひゃっ…ぁ!?」


そのまま表面を押すように数回撫でた後、つぷっと尾の先端が無理矢理に後肛へと侵入してくる


「ぅっ…!」


緩やかな動きで尾の先端が出入りを繰り返し、もっと奥へと侵入してこようとする

逆立った鱗が内臓を擦りぐにぐにと中で蠢く

その動きが気持ち悪く、吐き気が込み上げてきた


この時点で、俺はこれが普通の蛇ではないと気づく

ただの蛇が人にこんな猥褻じみた行為をするわけがない


吐き気を抑え、助けを求めるために屋内へ戻ろうと岩風呂の縁に手をつき後ずさる

だがしかし、逃げようと動いても尚、ローションを纏ったようにぬるぬると滑る蛇の体は絢を離すまいと太股の薄い敏感な場所を強く締め付けて動きを封じようとした

そして今にも全てを侵入させてこようとする気配を感じ、反射的に身体が身の危険を感じて硬直する

もう駄目だという諦めの気持ちから、目尻に涙が浮ぶ


すると、何が起こったのか


あれほど離れまいと締め付けていた蛇が、急に興味がなくなったかのように絢の身体からするりと離れた

岩風呂の隙間へと戻ろうとするその姿を見るや否や、縁についていた手に力を入れて風呂から勢いよく飛び出し、俺は一心不乱に脱衣所へと駆け込んだ

濡れているのも気にせず浴衣を羽織る

長時間湯に浸かっていた為か、羽織っている途中でクラリと目眩がして倒れ込みそうになった


だが、ここで休憩したらまたあの蛇が襲ってくるのでは…?


そう考えると、先ほどされた行為の嫌悪感が込み上げてくる

屈み腰の状態から立ち直して外に出て、階段の手すりをぎゅっと掴む

そして明かりも点いていない暗い階段を、絢はなり振り構わず無我夢中で駆け上ったのだった




階段を上がりきってからも…おかしな現象が絢を襲った


走れど走れど、部屋が見つからないのだ


俺は暗い廊下を唯ひたすら走り続けていた


「なんでだよっ

さっきまでは確かに灯りも部屋も沢山あったのに…!」


振り返るが上がってきた階段はなく、終わりが見えない長い長い廊下があるだけ


再度前を向いて走っても、視界に映るのは灯りがなくとも何故か見える己の脚のみ

それもあまりに動揺していたせいかスリッパさえ履いておらず、素足のままだった


「落ち着けっ、落ち着け俺…!」


徐々に走るスピードを落とし、バクバクと鳴る心臓を右手でぐっと押さえる

心臓の音がうるさい


「っ…深呼吸するんだ……」


すぅっと息を深く吸い込み、はー…っと盛大に吐く

そうすると、少しだが気分が落ち着いたような気がした



「…え?

これって…」


自分を落ち着かせ、何か目印になる物はないかと視線を巡らせる…と、そこにあったのは


「この絵画、あの女の子と一緒に見た…」


そこにあったのは階段の踊り場にあるはずの絵画だった


「…なんでこんな所に」


するとここは踊り場…?

いや、今いる場所は廊下で階段は上っていない

恐る恐る、ふわりと宙に浮かぶ絵を撫でた


すると…



「ひ…っ!」



触れた瞬間

絵画から半透明に透けた人の手が伸びて浴衣の襟首を掴まれる

そして人間離れした力で素早く前へと引かれ、絢は絵画の中へと取り込まれてしまったのだった

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る