第2話 ハジマリ2
俺は年甲斐もなくびびってしまった
…なぜかって?
「ごめんなさいね、気がつかなくて
当旅館の女将、藤(ふじ)と申します」
扉を開けて出てきたのが、人間離れしたすんごいベッピンなお姉さんだったからだ
「いっ…いえっ、大丈夫です!
今日、予約を入れていた謝華です」
この不気味な旅館に合わない和風美人とは…なんとも奇妙で認めがたい組み合わせだ
少し吃ってしまった俺に女将は微笑みかける
そしてカウンターの引出しから名簿帳を取り出し、俺の名前を探す
その白くほっそりとしたまるで白魚のような指が目に留まる
あー…
美人さんはこんな所まで綺麗に出来てるんだな
今どき珍しい長い黒髪を肩のあたりで結い、派手過ぎない着物を着ている様は日本人形のようだった
不躾だとわかってはいるが、やはりそこは男なのでつい魅入っていると、その視線に気づいたようににこりと微笑まれた
その綺麗な笑顔に胸が高鳴る
一瞬ここが薄気味悪い旅館だということを忘れてしまいそうになるほどの輝く笑顔に、単純な俺はすっかり騙されてしまったのだった
部屋まで荷物を持つと女将は言ったが、それは丁寧にお断りした
仕事とはいえ、俺より細い女性に重い荷物を持たせるのは申し訳ない
「謝華様がお泊りになる部屋はこちらになります」
『通草』と記された部屋に通される
つうそう…いや、とおくさか?
きっと植物の名前なのだろうが…漢字に疎いため読み方がさっぱり分からない
不気味さを漂わせている薄暗い廊下と同じ雰囲気の部屋だったらどうしようかと警戒しつつ、恐る恐る部屋に入ってみたら普通の旅館の部屋とたいして変わらなかった
良かった…
窓も割れていないし、天井も雨漏りしていない
前室の先には主室である畳張りの和室
木の柱には風や波を表す厳かな模様が彫られ
障子を挟んで広めに取られた広縁には朱色の立派な椅子と小さなテーブルが置かれている
とても良い部屋だった
「1階がロビーで、2階が温泉、3階と4階が客室になります」
部屋を見渡し、内装に圧倒されていると旅館の説明をしている女将の言葉に引っかかり疑問が浮かぶ
なぜかというと、ここへ来るまでにエレベーターに乗ったのだが…ボタンの数を思い出したからだ
確か最上階は5階になっていたはず
気になったので興味本位で尋ねてみた
「5階にはなにがあるんですか?」
すると、尋ねられた女将の顔色が一瞬変わった気がした
瞬きをする間に元の笑顔に戻っていたので気のせいだったのかもしれないが
「5階は物置きの部屋になっております」
俺はその言葉に安堵した
内装はどうあれ、外装のあの雰囲気を思い出すと何かあるんじゃないかと勘ぐりたくなるものだろう
「あぁ、なるほど
予備のトイレットペーパーとかが置いてあるんですね」
なんでそこでトイレットペーパーの名前が出て来るんだよ!?と思わず自分に突っ込みをいれた
目に入った角の小部屋がトイレだったからだけど、シーツの代えとかなんとか他に言いようがあっただろうに
「はい、そのような物です
…なんせ古い旅館にはなにかと邪魔なものが多いので」
「は、はぁ…」
その含みを持たせたような言い方が気になったが、どうせ行くことはないのだからそれ以上は聞かないでおくことにした
邪魔なものというくらいだ
きっと古くなった食器や段ボールとかもあるのだろう
「ごゆるりとお寛ぎ下さいませ
それとこちらがこの部屋の鍵になります
無くさないようご注意ください」
チャリっと手渡されたのは、鍵と紅色の紐で繋がっている木彫りの花
木で出来たそれには部屋の名前が刻まれていた
老舗旅館と言うだけあって、こういうところも拘ってるんだな
「それでは失礼します」と鍵を俺に預けた女将は深々と一礼をし、静かに扉を閉めてロビーに戻っていった
荷物を部屋に置き、俺は冷えた身体を温めるため、さっそく旅館名物の風呂へと向かった
旅館と言えば露天風呂だろ!!
「雪が積もってるし、楽しみだな」
ここが薄気味悪い旅館だという事も忘れ、俺は未だ見ぬ露天風呂に心を踊らせ上機嫌でギシギシと今にも底が抜けそうな音を奏でる階段を下りる
ここに来るまでの廊下にもあったのだが、階段の壁の至る所に絵画がたくさん飾られていた
昭和初期頃の物や外国の油絵など様々な分野の絵が大なり小なり無数に飾られている
まぁ大半がどんよりとした薄暗い絵なのだが
そんな中、踊り場に掛けられた小さな油絵に自然と足が止まった
普段なら目にも留まらないような小さな絵画
紫色の実をつけた蔦が巻き付いた木
その手前に小さくぽつんと、後ろ向きの白い着物を着た子どもが描かれていた
少年…いや、少女だろうか?
外国でも日本の物でもないような中立的な雰囲気を醸し出しているその絵
ずっと見ていると…なんだか胸がざわつく
何気なく俺は額縁に手を触れようとした…その時
「お兄ちゃんもこの絵が好きなの?」
俺は心臓が口から出るのではなかろうかと思うほど驚き、思わず絵から飛び退いた
まさか自分以外の者が近くにいるとは想像すらしておらず、バクバクと早鐘を打つ心臓を落ち着かせながら横を見て…から下を見た
「私もね、この絵が好きなの
お兄ちゃんとお揃いだね」
「そうなんだ、お揃いだね」なんて気の利いたセリフは今の俺の口からは出てこない
あまりの非現実的な現実に、その子から目が離せなかったからだ
隣に立って俺を見る少女の瞳は…真っ赤だったんだ
こんな目の色した人間ってこの世にいるのか!?
もしかしたら充血してたり…いやいや、それはいくらなんでも無理がある
白い結膜の部分ではなく虹彩が赤いのだから、赤い部分はこの子本来の目の色ということだ
…あ、でももしかしたら最近流行りのカラコンとかかも?
それなら納得だ
現実逃避だと言われれば終わりだが、俺なりに納得できる答えを導き出してほぼ無理矢理に解決させた
…そうしなければ、俺は現実のあまりの恐ろしさに発狂してしまいそうだった
「…君もここに泊まりにきたのか?」
ただの子どもだと自分自身に言い聞かせ、心を落ち着かせる
そして俺の腰辺りまでしか身長がない少女に話し掛けた
俺の問いに、少女はふるりと首を横に振る
歳のころは10歳ぐらい
よく見れば、女将に負けず劣らずの美少女だ
客でないなら女将さんの子ども…にしては顔があまり似ていないし、旅館に遊びに来た姪っ子とかだろうか?
小学生ならちょうど冬休みの時期だろう
「私はテン
…今から用事があるからもう行くね
またね、お兄ちゃん」
そう言うと、不思議な少女は着物の裾をあげて、階段を滑るようにとたとたと駆け足で下りていった
「変わった子だな」
あの年頃の子にしては珍しく、人見知りはしないみたいだ
なのに笑顔を浮かべることもなく淡々と話す、子どもらしからぬ子どもだったな
俺は最後にもう一度だけ絵画にへと振り返り、後ろ髪を引かれながらも階段を下りて2階の露天風呂へと向かった
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