第7話 リクエストにお答えするでありんす

 ザザザーーー(海の波音)

 ざわざわ(子供や若者が騒ぐ声)


「藤次郎様。これが海、でござりんすか?(戸惑いながら)」


「こんな景色は、夢でも見たことがござりんせん」


「素肌に触れる風も、足元の砂も、不思議な感覚でありんす」


「なんだか、得体のしれない深い闇に連れて行かれそうな気分になりんす』


「これは、ビキニという物でありんしたなぁ? こんなに小さい布だけで覆われて、大衆に肌を晒すなど、あちきの時代では考えられんせん。まだ少し恥ずかしく、海の広さは恐ろしいでありんす」


「お傍にいておくんなんし」


 主人公の肩に掴まる。


「どこに行くのでありんすか?」


「海の中へ? あの中には恐ろしい魔物はおりんせんか? 海坊主や大蛇は出てきんせんか?」


「へ? いやぁ。藤次郎様。やめておくんなんし~」


 バシャバシャ(海に入って行く音)


「大丈夫? 絶対に、大丈夫でありんすね?」


「ふわわわわーーー、冷たい」


 主人公に抱き着く。


「(耳元で)絶対に離さないでおくんなんし。波に体がさらわれそうでありんす。怖い、怖いでありんすー」


「藤次郎様は怖くないでありんすか? 海坊主が出てきたら、あちきを連れて逃げておくんなんし」


 沖の方へずんずん進んでいく主人公。


「体がふわふわして、宙を歩いているようでありんす」


 背中に掴まる。


「藤次郎様の背中は広くて、温かいでありんすなぁ」


「少し慣れてきたでありんす。主さんの背中に掴まっていると守られているようで安心いたしんす」


「え? 言葉遣いでありんすか? 普通に? ええ、一応、普通に話す事はできるでありんすよ」


「普通に? お友達のように? 恋人のように……」


「あなたの背中は熱くて、わたしの心まで燃え上がらせてしまいそうです。素肌が擦れ合うたび、あなたの熱がわたしの全てを溶かしていくのです」


「藤次郎様のお部屋にあった本で勉強したでありんすよ、うふふ」


「藤次郎様。私はあなたに出会って幸せでした。あなたの心の中で、ずっとずっと生きていたいのです」


「どうか、忘れないでおくんなんし」


「あらあら、戻ってしまいんした。ふふふ」


「え? もうすぐお別れみたいな言葉でありんしたか?」


「あ! 藤次郎さま? あの、ソフトクリームとはなんでありんすか?」


「アイスクリーム? 氷菓子でありんすか」


「はい。食べとうござりんす」


 ザブーン、ザブーン(砂浜に上がる)


「こうして、手を繋いでいても、いいでありんすか?」


「ふふ。では、行きんしょう」


 ソフトクリームを買う。


 木陰に腰掛けてソフトクリームを食べる。


「ふふーん。冷たい! これは、なめらかでありんすなぁ。あっという間に口の中で溶けていきんす」


「これは、あいすくりんでありんすなぁ」


「横浜の馬車道通りに、あいすくりんを売ったお店がありんしたが、すぐに休業となりんした」


「値段が高くて、売れなかったんでありんしょう」


「あのあいすくりんが、なくなりもせず、こんなに変貌を遂げて、たくさんの民衆を笑顔にしているのかと思うと、感慨深い物がありんすなぁ」


「んーーー、美味しいでありんす」


「うふふ、藤次郎さま。お口にクリームが……」


 指先で拭う。


「3日間、本当に楽しゅうござりんした。この、ソフトクリームのように、濃厚で甘い3日間でありんした」


「日が落ちてきんしたなぁ。あの太陽が沈んだら、あちきはこの世界とお別れでありんす。藤次郎様とも……」

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