第6話 どこを触ってるでありんすか?

 コツコツコツ……(コンクリートを歩く主人公の靴の音)

 ガチャ(玄関を開ける音)


「おかえりなさい。藤次郎さま」


「うふふ。藤次郎様と呼ばれるのに、だいぶ慣れてきんしたか?」


「主さんにどんなお名前があろうと、あちきにとっては、世界でただ一人の藤次郎さまでありんす」


「さぁさぁ、履物を脱いで、くつろいでおくんなんし。お疲れになったでありんしょう。今日も暑うございんしたなぁ」


「あちきは、掃除に洗濯、夕飯の準備を済ませた所でありんす」


「疲れてはいないのかと? 気遣ってくださるのでありんすか? お優しいでありんすねぇ」


「うふふ。ありがとうござりんす。ご心配はいりんせん。間夫まぶのために使う時間は、楽しく、尊く、あっという間でござりんす。幸せな時間でありんした」


「お仕事の方は、どうでありんしたか? 上手くいきんしたか?」


「それはそれは!! ご立派でありんしたなぁ。おめでとうございます!! さすが藤次郎さまでありんす」


「あちきは知っておりんしたよ。藤次郎様ならきっといい結果をお出しになると。さぁさぁ、今日はお酒をご用意しておりんす。座っておくんなんし」


 コポコポコポ……(お酒と注ぐ音)


 コポコポコポ……(注ぎ返す音)


「乾杯? この時代では、祝いの時、乾杯というのでありんすか。では、乾杯!」


「藤次郎さま。あちきと盃を交わすとはどういう事か知っておりんすか?」


「遊女と盃を交わすという事は、特別な契りと同義でござりんす。つまり、あちきと主さんは、もう特別関係でありんす。

 他のおなごに余所見してはダメでありんすよ

 約束を破ったら、ハリセンボンでございんす」


「うっふふふ、冗談でありんす。ここは吉原ではございんせん。主さんの大切な契りの盃は、もっと特別な時に取っておくのでありんす」


「さぁ、今日は鯛のお刺身に野菜の天ぷら、茶わん蒸しに、いなり寿司を作りんした」


「全部、あちきが作ったんでありんすよ。今夜はお祝いになると思っておりんした」


「いい飲みっぷり。さぁさぁ、お注ぎしんしょう」


 コポコポ……


「明日はお休み? ならば、今夜はゆっくり夜更けまで遊びんしょう」


「目を閉じておくんなんし(意味深な感じで)」


 背後に回り、手ぬぐいで目隠しをする。


「絶対に目を開けてはなりんせん。いいでありんすか?(耳元で)」


「人差し指を出しておくんなんし」


 手を取り、ゆっくり移動させる。

 ぽよんと、どこかに人差し指が触れる。


「今、主さんが触った場所は、どこでありんしょ?」


「うふふ。わからないでありんすか? ヒントは、あちきの体のどこかでありんす」


「柔らかかったでありんすか?」


「ほっぺた? 正解でありんす! じゃあ次」


 ぽよよんと更に柔らかい場所に触れる。


「二の腕? 違いんす」


「ふともも? 違いんす」


「お腹……? 違いんす」


「降参でありんすか? では、目を開けてもいいでありんすよ」


「うふふふふふ。正解は……、ここ」

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