第5話 抱いておくんなんし

(沙也風がお風呂に入っている音)


 ちゃぷ、ちゃぷ……(ゆっくりお湯が落ちる音)


 ざざざーーーっ(お湯を被る音)


 シャカシャカ(髪を泡立てる音)


「(エコーのかかった、ドア越しの声)

 藤次郎様。シャンプーとは気持ちのいい物でありんすなぁ。きめの細かい泡に包まれていると、極楽にも上るような気持ちになるでありんす」


 シャコシャコ……。


「この甘い香りは、お花畑にいるようでありんすなぁ。流してしまうのがもったいないでありんす。ずっとこのまま、包まれていたいでありんす」


 シャカシャカ、ずずずずーーー(泡に包まれた髪をとかす音)


 ジャーーー、ジャーーー(お湯で髪を流す)


「藤次郎さま? ボディソープとはなんでありんすか?」


「ほほお。体を洗う物でありんすか。あちきの時代ではぬかや粗塩を使っておりんした。なんと、神々しい艶やかな液体でありんしょう。体の髄までとろけそうな香りと手触りでありんすなぁ」


「肌に擦り付ければ、天上界のお姫様になった気分でありんす」


 ざーーーー(体を流す音)


 ガチャ(風呂場の戸が開く音)


(体を拭く音)


「いいお湯でありんした。こんなにゆっくりと湯あみを楽しむなど、生まれて初めての事で、極楽のようでありんした」


「主さんにお借りした、このてぃしゃつとやらは、軽くて気持ちがいいでありんすなぁ」


 素肌にTシャツのみの姿で主人公の前に現れる。


「そんなに見ないでおくんなんし。はずかしゅうござりんす」


「長い髪が、珍しいでありんすか?」


(タオルでパタパタ髪をはさんで叩く音)


「主さんに、素の姿を見られるのは、恥ずかしいでありんす。向こう向きなんし」


(横を通り過ぎ、ベランダのサッシを開ける音)


 ベランダに出る沙也風。


「ふわぁー、夜になると一面が星空のようでありんす」


「この時代は、大地にも星が降りてくるのでありんすか?」


「電気? 人々が暮らす、生活の灯り? それに、車が照らすライトでありんすか」


「黄色に、赤に、青……透明の色水が滲んで溶けて、光の川のようでありんすねぇ。


 星降る

 地に降り立つの海に

 夢願う

 色とりどりの

 天の川」


「ん? おまじないでありんす。空の星は神様が照らす光。地の星は人々の努力で持たらされた光。どちらも尊く、美しい。なんでも願いが叶う気がするでありんす「(目を閉じる)」


「え? 何をお願いしたのかって? ずっとこのまま……。


 なんでもないでありんす。内緒」


「髪を撫でる夜風が気持ちいいでありんすなぁ」


「主さんも、あちきと同じ匂いでありんす」


 しばし、沈黙。


「ん? そろそろ、眠そうな目でありんすね。さぁさぁ、寝どころへ行きんしょう」


 ベッドへ移動する。


 布団に横になる主人公に布団をかける。


「安心して、目を閉じておくんなんし。沙也風がお傍におりんす」


「あ、そうそう。しばし、あちきの膝に頭を乗せておくんなんし」


 膝枕。

 髪を耳にかける音。

 ごそごそと耳を触る。


「スーパーで、こんな物を買ったのでありんす。粘着耳綿棒? 耳を掃除する道具でありんす」


 ペタペタ、ごそごそ(耳を掃除する音)


「ペタペタ、ペタペタ……」


「耳を掃除する音は、癒されるでありんしょう? 頭を空っぽにして、今宵の夢に思いを馳せて、目をゆっくり閉じて」


「願わくば、夢の中で、沙也風を抱いておくんなんし」


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