第4話 沙也風がお傍におりんす

「藤次郎様。こちらに来ておくんなんし」


(ベランダのサッシを開ける音)


「今宵も、星がしんしんと瞬いておりんす」


「うっふふふふふ。驚きんしたか?」


「スーパーには、このような物も売っていたでありんす」


「簡易式のタライでありんしょう。お水を入れておきんした」


「さぁさぁ、ここにおかけなんし」

(ベランダの縁に座らせる)


「足袋をお脱ぎになって……裾を上げますね」


(靴下を脱がせ、ズボンの裾を捲り上げる)


「この時代の夏は、過酷でありんすねぇ。これまでに経験した事のない暑さでありんした」


「ここに足を入れて、星を眺めんしょう」


(ちゃぷんという水音)


「涼しいでありんしょう?」


「あちきも失礼して……」


(ちゃぷんという水音)

(二人で隣同士、タライに足を入れる)

(ばしゃばしゃと足をバタつかせて飛沫を飛ばす)


「うふふふ。あははは」


「びしょ濡れになりんしたなぁ。うふふふふ」


「小さい頃に、こんな遊びをしんしたか?」


「無心になって遊んだ頃を、思い出しんすなぁ」


「え? あちきの子供の頃でありんすか?」


「ふふ。忘れんした」


「吉原に売られる前の事も、ここに来る前の事も、全部忘れんした」


「ただ、藤次郎さまへの想いだけ、鮮明に、憶えているのでありんす。

 魂が、憶えているのでありんす」


(ちゃぷん、ちゃぷん)


「あ! 流れ星!」


「見えんしたか?」


「あ、また!」


「流星群というのでありんすか」


「きれい……」


「どの時代でも、星の輝きは変わらないのでありんすねぇ」


「あらあら、また、肩がしゅんと小そうなったでありんすねぇ。

 明日のプレゼンとやらが、よほど心配なのでありんすね」


「主さまをそれほどまでに不安にさせる、そのプレゼンとやらは、一体どんな物なのでありんすか?」


「ふむ」

(ちゃぷちゃぷ水音。手桶で主人公の足に水をかけている)


「ほぉ」


「ふむふむ」


「それは、大勝負でありんすなぁ」


「しかし、主様なら大丈夫でありんす」


「ん? 失敗が恐ろしいのでありんすね」


「ならばあちきが、おまじないを唱えてあげんしょう。


 千早振る

 神の恵みに抱かれて

 真心尽くせば

 夢叶うなり」


「神の恵みというのは、与えられる物ではありんせん。

 これまでの主さんの努力と経験、そして運命のめぐりあわせでありんす」


「神様は神だなや、神社におわすわけではござりんせん」


(主人公の胸に手を当てる)


「ここにおわすのでありんす」


「主さんのこれまでの努力は、決して嘘をつきんせん。いつも主さんの味方でありんす」


「出来る限りの力をつくしたらば、あとは天に運を任せるのみ。

 どんな結果であっても、あちきは主さんを敬服いたしんす」


「目を閉じて。


 ゆっくりと。

(膝の上に頭を乗せさせる)


 頭も心も空っぽにして。

(頭から肩を、ゆっくり撫でる)


 ただただ、成就した夢の先を見るのでありんす。


 主さんはもう無敵。


 何も怖い物はありんせん。


 沙也風が、お傍におりんす」

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