第2話 あちきがお口までお運びいたしんしょう。はい、あーん。
(チュンチュン、小鳥が鳴く声)
「藤次郎さま。藤次郎さま。
そろそろ目を覚ましておくんなんし」
「あらあら、そんなに慌てて飛び起きぬとも……」
「心の臓が、バクバク暴れているのでありんすね。
お背中をおさすりしんしょう」
(背中をさする)
「何に、そんなに驚きんしたか? 怖い夢でも見たのでありんすか?」
「ん? あちきの事をお忘れでありんすか?」
「昨夜は、随分と、お酒が入っていたでありんすねぇ」
「主さんは、酔っぱらって川辺の土手で倒れておりんした。
あちきがここまでお連れしたんでありんす」
「思い出しんしたか?」
「なんとなく?」
「うっふふふふ、仕方ありんせん。お酒とはそういう物でありんす」
「そんな事より、さぁさぁ、
「武士の朝餉と言えば、白米にお味噌汁。たくあんに野菜の煮物でありんす」
「そんなにきょとんとして、お忘れになりんしたか?
昨夜、主さまがこのお部屋を案内してくだすったではありんせんか」
「冷蔵庫? とやらに食糧が入っており、鍋や茶わんは、あのみずやに。
火は起こさずとも、ピッピとボタンを押すと電気が通り、煮炊きができる。
なんとこの世は便利になった物か。
羽釜がなくとも、こんなにふっくらとした、艶やかなご飯が炊けるなんて。
魔法のようでありんした」
「この時代には、いろんな料理がありんすねぇ」
「え? ふふ。主さんが、昨夜、水晶板で、動く絵を見せてくれたではありんせんか。スマートホン? といいんしたか。
指で触れただけで、どんな料理の作り方もわかるのでありんしょう?
世界中の出来事も手に取るように。
外国の言葉も、医学も、法学も、いろんな知識を簡単に習得する事ができるんでありんしょう?
あちきは、腰を抜かすほど驚きんした」
「何もかもが夢のようでありんす」
「この、宙に浮いたようなお部屋も、不思議なおもむきでありんすなぁ」
「マンションというのでありんすか」
「もっと高い所に住んでる人も?」
「それがこの時代では当たり前なんでありんすか。あちきはどうも落ち着かないでありんす」
(ガラガラガラ。窓を開けて外を眺める)
「ふほぉぉぉーー。何度見ても、足がすくむのでありんす」
「あの大きな箱の中に、たくさんの人が住んでいるのでありんすか?」
「お日さんの下で見ると、また違った景色でありんすなぁ。夜とは打って変わって、街が生きているようでありんす」
「こうして、世界を見下ろしていると、なんとも自分がちっぽけに思えるでありんす」
「けれど、朝の風は、今も昔も変わらず、気持ちがいいものでありんすなぁ」
「ちょこまかと走り回っている色とりどりの、箱のような物は何でございんすか?」
「自動車?」
「車でありんすか」
「車が、馬も使わずに、どうやって走っているのでありんしょう?」
「ほぉ、エンジンという物があの箱に入っていて、ガソリンや電気で走るのでありんすか」
「今はお武家様もお侍さまも商人も、皆同じように、馬ではなくあの自動車とやらに乗って移動するのでありんすねぇ」
「京都まで、どれぐらいで行けるのでありんすか?」
「ほぉ! この時代は飛行機とやらで、1時間ほどで着くのでありんすか?」
「空を飛んで?」
「それは龍か何かに引かせるのでありんすか?」
(飛行機が通過する音)
「ふわぁ、あ、あれ、あれが飛行機という物でありんすか」
「真っすぐに尾を引く雲が、白い龍のようでありんす」
「お江戸の時代は、日本橋から京都の三条大橋まで、12日から15日ほどかかるものでありんした。
一日におよそ7里を歩き、宿場町で一夜を明かしながら進むのでありんすよ」
「あらあら、すっかりお話に夢中になっておりんした。
せっかくの朝餉が冷えてしまいんす。
さぁさぁ、召し上がっておくんなんし」
「あちきが、お口までお運びいたしんしょう。
ふふ。はい、あーん」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます