真夏の悪夢11
事件のあったホテルの近くにある警察署。その取調室の中に、ある人物が座っている。その人物の向かいには、岡崎君と他の捜査員が座っていた。部屋の中には、小さな窓から夕日が射している。
「あなたが四谷耕助さんと桜田小春さんを殺害したんですね……小鳥遊亜矢さん」
岡崎君が言うと、ある人物――小鳥遊さんは、戸惑った様子で否定した。
「ち、違います。私じゃありません!どうして私が犯人なんですか!?」
私は、そんな小鳥遊さんの様子を隣の取調室から見ていた。私の側には、花音さんと堀江先生もいる。
この取調室にはマジックミラーが設置されていて、こちらから向こうの様子を見る事は出来るが、向こうからこちらを見る事は出来ない。
私は、先程ホテルで秀一郎さんから推理を聞かされた時の事を思い出していた。
「ええっ、小鳥遊さんが犯人!?」
私が驚きの声を上げると、秀一郎さんは頷いて言った。
「ああ。まず、この台本を見て欲しい」
秀一郎さんは四谷さんの台本を開くと、ある部分を指さした。そこには、先程私も見た「かなしい」の文字がある。
「変だと思わないかね?」
「……」
私と岡崎君は無言で顔を見合わせた。どこが変なのか、さっぱり分からない。
「……この他にも、『鳴を上』という文字があるだろう?これは漢字で書いてあるのに、何故『かなしい』はひらがななんだ?他の書き込みも、漢字で書ける言葉はほぼ漢字で書いてあるのに」
「そう言われれば……」
秀一郎さんの指摘に、岡崎君が言葉を漏らした。
「四谷さんは、台本をメモ帳代わりにするそうだね。ならこうは考えられないかな?この『かなし』の部分は、『たかなし』の一部。『い』は、ひらがなではなく数字の十一だと」
「あ……」
私は思わず声を出した。つまり、これは小鳥遊さんと夜の十一時に会う約束をした為に書いたメモと受け取れるわけだ。小鳥遊なんてよく見る苗字では無いから、四谷さんは咄嗟に漢字が思い浮かばなかったのだろう。
「桜田さんが四谷さんの台本を借りたのも、この事に気付いたからかもしれない。桜田さんなら、四谷さんのメモの書き方とか癖も知っているだろう。それで、小鳥遊さんを脅迫しようとしたのではないかな。桜田さんは四谷さんに脅迫されていた。いくら彼女が金持ちのお嬢様でも、さすがにお金に困っていたのかもしれないしね」
確かにそうかもしれない。私が頷くと、秀一郎さんは続けて言った。
「ついでに言うなら、私は砂川さんのキャリーケースをこじ開けてマロンちゃんを逃がしたのも小鳥遊さんだと思っている」
「え、どういう事ですか?」
「恐らく彼女は四谷さん殺害直後、キャリーケースの中のマロンちゃんに気付いた。そして、このままだと自分が疑われると思い、マロンちゃんを逃がしたんだ」
私が首を傾げると、秀一郎さんは丁寧に説明してくれた。
「事情聴取の時、彼女はくしゃみをしていただろう?」
「ええ、猫アレルギーだと言ってましたけど……」
「彼女は、こう聞かれる事を恐れたんだ。『あなた、どこで猫の毛に触れたんですか?』と」
「あ……」
ようやく秀一郎さんの言いたい事が分かった。小鳥遊さんは劇団のメンバーとは別行動をしていた。打ち上げにも参加していない。そして、ホテルはペットの連れ込み禁止。小鳥遊さんが猫の毛――正確には毛に付いたフケでアレルギー反応を起こすとしたら、犯行現場の楽屋しかない。
だから、楽屋以外で猫の毛に触れた可能性を残しておきたくて、小鳥遊さんはマロンちゃんを逃がしたのだ。
「まあ、それだけで犯人と決めつける気は無いが、彼女を犯人と疑うきっかけとしては十分だろう。後は物的証拠だが……」
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