真夏の悪夢10

「これが四谷さんの台本だ」

 そう言うと、岡崎君は台本を私に手渡した。もちろん私は手袋をしている。ちなみに、今この会議室には、私と花音さんと岡崎君の三人しかいない。


 私は、台本をパラパラと捲った。話に聞いていた通り、台本には書き込みが多い。飲み物を零したのか、インクが滲んで読みにくい書き込みもある。「鳴を上」は「悲鳴を上げる」、「かなしい」は「かなしい顔をする」の一部だろうか。


「……秀一郎さんもどうぞ」

 そう言って、私は台本を秀一郎さんに渡した。秀一郎さんも手袋をしている。前もって花音さんの解離性同一性障害について説明していた為、私の呼び方について岡崎君は何も言わない。


 秀一郎さんは、無表情のまま丁寧に大本を捲っていく。そして、しばらくすると、秀一郎さんは静かに台本を机に置いた。

「……どうでしたか?秀一郎さん」

 私が聞くと、秀一郎さんは目を閉じて小さく溜息を吐いた。

「……怪しいと思う人物はいる。しかしなあ……」

 秀一郎さんが頭を掻く。彼にしては歯切れが悪い。


「とにかく証拠だな。証拠が欲しい」

 秀一郎さんが言うと、岡崎君が言った。

「参考になるか分かりませんが、捜査資料を見ますか?」

 岡崎君は、今までの捜査で得られた情報がまとめられた捜査資料を秀一郎さんに渡した。

「岡崎君、捜査資料があるならもっと早く言って」

「悪い」

 私の文句に、岡崎君が苦笑しながら謝った。


 しばらく捜査資料を見ていた秀一郎さんは、ポツリと呟いた。

「この凶器の置物、結構鋭利だな。怪我しそうだ」

 私が捜査資料を覗き込むと、そこには馬の形した置物の写真があった。これが凶器だろう。

「そうですね。金属製だから、馬の尻尾の部分を腕とかに引っかけたら怪我しそうですね」

 私が言うと、秀一郎さんは無言で頷き、また独り言を言った。

「追い詰める材料にはならないか……?」


 秀一郎さんが考え込んでしまった。私は、机に置かれたコーヒーを一口飲もうと手を伸ばす。しかし、手元が狂い紙コップは倒れ、コーヒーが机の上に零れた。机から滴り落ちたコーヒーは、私の白いズボンにシミを作る。


「ああ、やだ、これ絶対落ちないやつ!!」

「何やってるんだよ」

 岡崎君が苦笑する。

「あー、どうしよう。帰ってからクリーニングに出すしかないか……シミが落ちなかったらどうしよう。いっその事全て焦げ茶色に染めるかな」


 私が冗談を言うと、秀一郎さんは一瞬大きく目を見開いた。そして、私の方に顔を向けると、不敵な笑みを浮かべて言った。

「……お手柄だ、小川君」

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