真夏の悪夢8

 その後、私と花音さんは部屋に戻った。

「花音さん、これからどうしますか?また観光しますか?」

「そうですね……ここで事件の整理をしたい気も……」

 花音さんが言いかけた時、花音さんのスマホが鳴った。

「はい、木下です……はい……え……!?」

 花音さんは、それだけ言うと電話を切った。


「どうしました?花音さん」

 私が言うと、花音さんは私の方に向き直って言った。

「堀江先生が……このホテルに来てるみたいです」


 私と花音さんが急いでホテルのロビーに行くと、椅子に座っていた眼鏡を掛けた男性が立ち上がった。

「木下さん、小川さん、捜査のお手伝いお疲れ様です」

 そう言うと、彼は優しい笑顔で花音さんと私を見た。この人――堀江雅人は、精神科に通院している花音さんの主治医だ。そして、花音さんの血の繋がった父親でもある。


「お疲れ様です、堀江先生。お仕事は大丈夫なんですか?」

 私が聞くと、堀江先生は頭を掻きながら答えた。

「はい、元々今日から夏休みの予定だったんです。昨日木下さんから、ホテルで事件があったってメッセージを貰って、心配になって来てしまいました。小川さんがついていれば心配ないとは思ったんですが……」

「そうでしたか……」

 私はそう言いながら、花音さんの方を見た。無表情ではあるが、どことなく嬉しそうだ。


「堀江先生は今日こちらにお泊りですか?このホテルの部屋空いてました?」

「はい、空いているようで良かったです」

 私は、花音さんの方を見ると問い掛けた。

「花音さん、どうします?堀江先生を含めて三人で事件の話をしますか?」

「はい……堀江先生が良ければ」

 花音さんの言葉を聞いた堀江先生は、微笑んで頷いた。


 それから私達三人は、私と花音さんの部屋で事件の話をした。

「二人も犠牲者が……大変な事件のようですね」

 話を聞き終えた堀江先生が眉根を寄せて言う。

「はい。鋭意捜査中です」

 私が言うと、堀江先生は花音さんに向けて言った。

「木下さんは今までにも事件の捜査に関わって来たから心配ないと思うけど、定期的な受診を忘れないでね。……僕はもう君の主治医じゃないから」

「はい、分かってます」

 花音さんは、無表情で頷く。


「え、堀江先生はもう花音さんの主治医じゃないんですか?」

 私が聞くと、堀江先生は気まずそうに言った。

「はい……つい最近までは隠してましたけど、僕と木下さんの関係を考えると、僕が主治医を続けているのは良くないので……」

「はあ……」

 花音さんの前でそういう発言をするという事は、やはり堀江先生は花音さんの父親である事を花音さん本人に打ち明けたのか。呼び方は変わっていないようだけど。


 そんな事を思っていると、私のスマホが鳴った。電話に出ると、岡崎君の声が聞こえる。

「小川、今いいか?いくつか報告したい事がある」


 岡崎君の話によると、最初の被害者である四谷耕助さんの口座に不自然な振り込みがあったらしい。そこで調べてみた所、定期的に桜田小春さんから四谷さんに振り込みがあっ

た事が分かった。

 さらに調べてみると、桜田さんは昔、反社会的勢力の方々と付き合いがあり、桜田さん自身も違法薬物を使っていた事が明らかになった。そこで、桜田さんが昔の事を理由に四谷さんに脅迫されていたのではないかという疑いが出て来たのだ。

 もし桜田さんが口封じの為に四谷さんを殺害したのだとしたら、この事件は連続殺人ではなくなる。


「でも、『シューティングスター』は小さな劇団だよね?桜田さんに、四谷さんに払える程のお金があったの?」

「彼女は、ああ見えて結構な金のある家に生まれたお嬢様みたいでな。今まで確認できた分の金額を払える能力はあったみたいだ」

「そう……」


 他に岡崎君から報告されたのは、金属製の置物に付着していた血液は桜田さんと同じB型だという事。エレベーターホールに設置されている防犯カメラに不審人物は映っていなかった事。それと、桜田さんのバッグの中に一昨日の劇の台本が二冊入っていた事。

 その内の一冊は四谷さんが使っていた台本で、昨日桜田さんが捜査員に許可を取り、自分の部屋に持ち込んだらしい。持ち込んだ理由は、桜田さん曰く『四谷さんの書き込みを見ると演技の勉強になるから』らしいが、その理由が本当かどうかは分からない。


 岡崎君との通話が終わると、私は花音さんに岡崎君から聞いた内容を話した。話を聞き終えた花音さんは、考え込むような表情をした。

「……何か気付いた事はありますか?花音さん」

「……まだ私には推理できないので、交代してみます」

 そう言うと、花音さんの目が虚ろになり、次の瞬間には彼女の目つきが鋭くなった。そして、両手の指を絡ませると、妖しい笑顔で彼女――いや、彼は言った。

「やあ、ここに来てからは初めての会話になるね、小川君」

「はい、今回もよろしくお願いします……秀一郎さん」


 瀬尾秀一郎――それは、解離性同一性障害を持つ花音さんの別人格。私達警察の人間は、しばしば彼の推理に助けられている。ちなみに、秀一郎さんは六十代の大学教授という事になっている。

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