真夏の悪夢6
その後私と花音さんはホテルの部屋に戻って寛いだ。スマホを見ると、先輩刑事の御厨圭介からアプリにメッセージが入っている。内容は『S県のホテルで事件があったってニュースが流れてるけど、もしかしてお前達が泊ってるホテル?』
私が『そうです。捜査に協力中』と打って送ると、すぐに電話が掛かってきた。私が電話に出ると、御厨さんは開口一番質問してきた。
「捜査の進捗状況はどうだ?」
「S県警の管轄なので詳しくは言えませんが、まだ犯人の目星もついてないです」
「そうか。花音さんは秀一郎さんになったか?」
「いえ、まだです」
「そうか……休暇中に大変だな。捜査頑張れよ」
「ありがとうございます」
通話が終わった後、花音さんの方を見ると、彼女はスマホになにやら文字を打ち込んでいる。誰かとメッセージのやり取りをしているのだろうか。
花音さんに何をしているのか聞こうとした時、また私のスマホが鳴った。出ると、岡崎君が淡々とした声で話し始めた。
「お前達に捜査の状況を報告しておく。まず、コンビニの防犯カメラに砂川ミコの姿が映っていた。アリバイとは言えないが、お菓子を買っていたのは確かなようだな。それと、桜田小春と中根みのりがチャットで打ち合わせをしたのも本当のようだ。……本当に犯人の目星が付かないな。楽屋付近で不審人物を見たという者もいないし」
「そう……」
「お前達の方で、何か閃いた事とかないのか?」
私は、少し迷った末、マロンちゃんの事や砂川さんと大野さんの交際について話した。
「へえ……そんな事があったのか。こき使われていたのなら、大野さんにも動機があると言えそうだが、慎重に調べよう」
「よろしく」
そして、私と岡崎君の通話は終了した。
その日の夕方、私と花音さんは夕食を済ませると、ホテルの展望ラウンジに足を踏み入れた。すると、また知っている顔を見かけた。昨夜の劇の原作者、小鳥遊亜矢さんだ。落ち着いた感じの紺色のワンピースにベージュのストッキング、黒い靴という服装をしている。
「今晩は、小鳥遊さん」
私が声を掛けると、小鳥遊さんは慌てた様子で挨拶した。
「こ、今晩は。事情聴取の時にいらした刑事さん達ですよね……」
「はい。あの……ご一緒してもよろしいですか?」
「は、はい。もちろん」
私と花音さんは、小鳥遊さんの向かいにある椅子に腰掛けた。
「殺人事件に巻き込まれて大変でしょう。しかも、劇団の方と交流があったという理由で
、明日帰る予定だったのにまだこのホテル周辺に留まるよう警察に言われたんですよね?」
私が問い掛けると、小鳥遊さんはオドオドした様子で口を開いた。
「は、はい。でも、ホテルの方には明日も泊って良いと言われたので、宿探しはしなくて良さそうです……」
「そうですか。そう言えば、小鳥遊さんは今出版社に勤めながら小説を書いていらっしゃるんですよね。両立していらして凄いですね」
「い、いえいえ。確かに両立していますが、私の小説なんて、まだまだ未熟ですから。読者を惹き付ける表現だって出来ませんし……」
「そんな事無いです!」
そう言って、花音さんが勢いよく立ち上がった。
「私は、小鳥遊先生の小説に救われました。辛い事があっても、先生の小説を読んでいると現実を忘れられました。先生の小説は、素晴らしいです!」
私は、力説する花音さんを見つめた。花音さんは、数年前まで母親の恋人に虐待されていた。自力でその状況を打破する事の出来ない彼女にとって、小鳥遊さんの小説は救いだったのだろう。
「……そう言って頂けると、嬉しいです。ありがとうございます……私も、子供の時に小説に救われました。私の小説に救われた読者がいる事が分かって嬉しいです……もしかしたら私達、似た者同士なのかもしれませんね」
そう言って、小鳥遊さんは笑った。
その頃、四谷耕助のホテルの部屋には、中根みのり、桜田小春、大野比呂、砂川ミコの四人がいた。
「団長の部屋を探す許可が出て良かったわね、ミコ」
小春が言うと、ミコが笑顔で頷いた。
「はい。マロンがこの部屋にいる可能性は低いと思いますけど、警察が探す許可をくれて良かったです」
「……それにしても、砂川さんがマロンちゃんをホテルに連れて来ていたなんてねえ……」
中根みのりも、マロンを探すのを手伝いながら呟いた。
「すみません……」
ミコは、申し訳なさそうに言った。
「あ」
急に小春が声を上げた。
「どうしました?桜田さん」
比呂が声を掛けると、小春は慌てて言った。
「いや、テーブルに今回の劇の台本が置いてあったんだけど、相変わらず団長の台本は書き込みが多過ぎて読み辛いなあって……」
「ああ、団長、ちょっとしたメモみたいなのも台本に書いてましたからね」
比呂が笑うと、小春も笑ってまたマロンを探し始めた。しかし、顔をそむけた小春の顔には、ただの笑顔ではない不敵な笑みが浮かんでいた。
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