真夏の悪夢5
小鳥遊さんが部屋を出て行った後も、花音さんは嬉しそうにノートを眺めていた。
「花音さん、どうしてノートを持っていたんですか?」
「……劇中の事件の推理をする時に、情報をノートに書きだしながら推理しようと思ってたんです。まあ、書かなくても犯人がミシェルだと分かりましたけど」
「……そうですか」
犯人がジェイミーだと思っていた私は、そう言うしかなかった。
「おい、事件の話に戻っていいか?」
「あ、ごめん、岡崎君」
私が謝ると、岡崎君は溜息を吐いて言った。
「まあ、まだ情報が少なすぎるからな。このホテルにはエントランスやエレベーターホールといった一部にしか監視カメラが設置されていない。殺害現場となった楽屋に出入りする人物の確認が出来ないのが難儀だな。劇団関係者全員にアリバイが無いし……」
「コンビニの防犯カメラとか、チャットの履歴とか、出来る事からコツコツ調べるしかないね」
「そうだな。お前達の出番はそういった情報が集まってからになりそうだな」
私と花音さんは、一旦自由行動を取る事になった。私は、岡崎君と電話番号を交換してから部屋を後にした。
私達は外に出て少し観光した後、ホテルの近くにあるファミレスで昼食を取り、ホテルに戻った。ホテルの廊下を歩いていると、見覚えのある人物を見かけた。
女優の砂川ミコさんが、屈んだ状態でエレベーターホールにある自動販売機の裏を見ている。パーカーにジーンズというカジュアルな格好だ。
「あの……砂川さんですよね?何をしていらっしゃるんですか?あ、私、先程会議室でお会いしました小川です」
私が声を掛けると、砂川さんはビクッとした後振り向き、口を開いた。
「ああ……刑事さんと捜査協力者の子……良かった、中根さんに見つかったんじゃなくて」
ん?中根さんに見つかると困る事でもあるのだろうか。
「あの、どういう事か説明して頂いてもよろしいですか?」
私が聞くと、砂川さんは辺りをキョロキョロした後、小声で言った。
「実は……私、猫を飼ってるんですが、その猫をこのホテルに連れて来てしまったんです」
「ああ……」
このホテルはペットの連れ込み禁止だったはずだ。
「ペットホテルの予約をするのを忘れていて、直前だとどこも満室で仕方なく……でも、その猫が逃げてしまって……」
詳しく聞くと、砂川さんは飼っている猫――マロンちゃんをキャリーケースに入れて持ち込んだらしい。彼女は最初、ホテルの自室にキャリーケースを置いていた。
しかし昨夜の劇終了後打ち上げをしていると、中根みのりさんから砂川さんの部屋に行きたいと申し出があった。中根さんは厳格な人で、ペット禁止のホテルに猫を連れ込んだと知れたら大目玉を食らう事は必至。
砂川さんは打ち上げを抜け出すと、楽屋に行き、キャリーケースを劇で使う小道具などの荷物に紛れさせた。
そして午後十時四十分頃打ち上げが終わり、中根さんが砂川さんの部屋を訪れた。中根さんは砂川さんに少しだけ演技指導をしたかったらしく、午後十一時になる五分くらい前に砂川さんの部屋を後にしたとの事。
砂川さんは、一人になるとすぐにキャリーケースを取りに楽屋に行こうとしたが、打ち上げが終わった後四谷さんが楽屋の鍵を持って行ってしまった事を思い出した。今から四谷さんの部屋に行くのも憚られ、砂川さんは翌日までキャリーケースを楽屋に置いておく事にした。
翌朝事件が起こり、砂川さんはマロンちゃんを連れ込んだ事がバレると思ったが、楽屋には空のキャリーケースだけが残されていた。
砂川さんは、マロンちゃんが逃げたと思い、今探しているのだ。
「そうだったんですか……マロンちゃん、どこに行ったんでしょうね」
私は、腕組みをして言った。すると、またエレベーターホールに人が現れた。
「おい、ミコ。マロンは見つかったか?」
そう話し掛けるのは、俳優の大野比呂。ボーダーのTシャツにジーンズというラフな服装をしている。彼は私と花音さんを見ると、気まずそうな顔で挨拶した。
「あ……先程はどうも」
「こんにちは。大野さんもマロンちゃんの事知ってるんですか?」
「ええ、マロンを連れて来たことは知っています。……で、ミコ。マロンは?」
「……まだ見つかってない」
砂川さんは、目を伏せて答えた。
「そうか……俺、ロビーの周辺を探してみる。……それと、もうみんなにマロンの事話した方が良いと思う。いいよな?」
「うん……ありがとう、比呂君」
私は、二人をじっと見た後言った。
「二人共、仲が良いんですね」
すると、砂川さんと大野さんは顔を見合わせた。数秒沈黙が流れた後、大野さんが言った。
「……実は、俺達付き合ってるんです」
「ほう」
話によると、砂川さんと大野さんは半年ほど前から交際を始めたらしい。周囲には隠していたが、四谷さんは薄々感づいていた様子だったという。
四谷さんは、既婚者でありながら砂川さんに言い寄っていたが、砂川さんが靡かなかった為内心腹を立てていた。そこで、彼女の恋人と思われる大野さんに嫉妬し、大野さんに大量の雑用を押し付けたりしていたらしい。
「俺が今朝七時から楽屋の片づけをしなければいけなかったのも、団長に仕事を押し付けられていたからなんです。事情聴取の時黙っていて、すみませんでした」
大野さんが私に向かって深々と頭を下げた。後から聞いた話だと、大野さんが事情聴取の時に砂川さん愛人疑惑を口にしたのも、下手に砂川さんを庇うと自分との交際がバレると思ったかららしい。
「……まあ、交際を隠していたからと言って大野さん達を疑う事はありませんが、事情聴取では人間関係も含めきちんと話して頂きたかったですね」
「はい、本当に申し訳ございませんでした」
大野さんの隣で、砂川さんもそう言って頭を下げた。
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