真夏の悪夢1

「楽しみですね、花音さん」

「……はい、今日の劇、観たいと思っていたんです」

私――小川沙知の言葉に、花音さんが微笑んで答えた。今日、私と花音さんの二人は、S県にあるリゾート地に来ている。私がテレビのクイズ番組の懸賞に応募し、ホテルの宿泊券が当たったのだ。

 当選したのは一泊二日のペアチケットで、私は花音さんと二人でそのチケットを利用する事にした。私は一人暮らしで、他の友人と休みが合わず、恋人もいないので、花音さんが付き合ってくれるのは嬉しかった。

 私は二十七歳で、十二歳の花音さんとは十五歳年が離れているが、私は彼女の事を仕事仲間であり友人だと思っている。


「今夜の劇は、人気のウェブ作家が書いたミステリーだそうですね」

「はい。以前から好きな作家さんで、ストーリーの構成が素晴らしいんです」

 ホテルに入りながら花音さんが応える。本当に嬉しそうだ。今夜このホテルでは、小さな劇団によるミステリーが上演される。


 私達はしばらくロビーで話していたが、一旦部屋に入り、夕方ホテル内のレストランで夕食を取る事にした。

 花音さんと二人で部屋に入ると、見事なオーシャンビューが目の前に広がっていた。

「いい景色ですね」

「はい、素敵です。小川さん、誘って頂き、ありがとうございます」

「喜んでもらえたのなら良かったです」

 花音さんの微笑む横顔を見て、私も笑う。花音さんがミステリー好きだとは聞いていたが、今回誘って良かった。


「今夜の劇は、二部構成になってるんですよね」

「はい」

 花音さんがそう言って頷いた。十九時から二十時までミステリーの事件編が上演され、その後観客は犯人を推理して前もって配られた紙に記入。それを専用のボックスに入れる。そして、二十時半から二十一時まで解決編が上演される。そして、翌朝には正解した観客の中から抽選で五名にギフトカード等の景品が当たるという仕組みらしい。

「花音さんなら、犯人を当てる事は出来そうですね」

「『あの人』の力を借りなくても犯人を当てられるように頑張ります」

 花音さんは、そう言って子供らしい笑顔を見せた。


 レストランで夕食を取った後、私達二人は劇場の観客席に移動した。私の右隣に花音さんが座る。しばらくするとアナウンスが流れ、舞台の幕が上がった。

 

 ミステリーの舞台は、近代ヨーロッパ。クリスティーの小説のような世界観だ。パンフレットによると、嵐の夜にある金持ちの未亡人が自身の屋敷で殺害され、たまたま居合わせた探偵が事件を解決するというストーリーらしい。


『皆さん、今夜は私の誕生パーティーに集まってくれてありがとう。この世の全てに感謝して、乾杯!』

 未亡人のエリザベスのセリフが響き渡ると、ワイングラス同士がぶつかる。今舞台には、エリザベス、エリザベスの息子のサム、サムの妻のミシェル、サム達の息子のウィル、エリザベスの夫の友人であるフィリップ、フィリップの内縁の妻のジェイミーの六人がいる。

 探偵がこの屋敷に迷い込むのは、第一の殺人が起こった後だ。


 私は頭の中で登場人物の整理をしながら舞台を見ていたが、皆が飲み物を口にした直後、エリザベスが床に倒れた。

『きゃああっ!!』

『母さん!!』

 舞台の上は大騒ぎになる。


 その後、嵐で警察が来られない事や、エリザベスはやはりワインの中に入っていた毒によって殺害された事が明らかになる。誰がどのワイングラスを取るか分からなかった事から、無差別殺人の可能性まで出てきた。


 しばらくすると、道に迷って屋敷を訪ねて来た探偵が登場する。劇団の事情によるものなのか、壮年の探偵役を演じるのはエリザベスを演じていたのと同じ女優さんだ。男装をしている。


 それから第二の殺人が起こり、探偵が関係者達に事情を聞いて行く。そして探偵が『犯人が分かりました』と言ったところで一旦幕が閉じた。


 幕が閉じると、私達は劇場の入り口にある専用ボックスに向かった。真犯人と思う人物を記入した紙を入れる為だ。

 私と花音さんはそれぞれ紙を入れた後、廊下に出た。

「花音さん、犯人分かりました?」

「はい。多分ですけど」

 おお、「あの人」にならなくても分かるのか。


「もう投票が終わったから、事件について話しても良いですよね。花音さんは、誰が犯人だと思います?」

「やっぱり、第一の事件で皆の分のワインを注いだミシェルだと思います」

「でも、誰がどのワイングラスを手にするか分からなかったんですよ?」

「……小川さん、ここを見て下さい。何か気付きませんか?」

 花音さんが、パンフレットのある部分を指差す。そこには、乾杯する直前のテーブルの様子らしき写真が載っていた。


「……あ」

 私は、思わず声を漏らした。ワイングラスの一つにだけ、少ない量のワインが注がれていたのだ。

「探偵の事情聴取の時に、エリザベスは酒に弱い方で少ししかお酒を飲まなかったという証言も出てきましたし、ミシェルは少ない量のワイングラスをエリザベスが取ると確信していたと思います。もし別のワイングラスをエリザベスが取ろうとしたら、何らかの方法でワイングラスを交換しようとしたかもしれませんね」

「はあー。凄いですね、花音さん。……そう言えば、イベントのポスターにも記載がありましたね。パンフレットを買う方が有利だって」


 捜査一課の刑事でありながら犯人をジェイミーと記載した私は、感心して腕組みした。そして、チラリと花音さんの横顔を見た。

 劇中での事件とはいえ、「あの人」になる事なく推理を披露する花音さんを初めて見た。やはり、人格は違えど元は同じ人間だから、あの人に出来る事は花音さんにも出来るのだ。

 そう言えば、今日は全体的に花音さんの口数が多い気がする。私に少しは心を開いてくれているのだろうか。


 色々考えている内に解決編上演の時間となった。蓋を開けてみると、やはり犯人はミシェルで、私は景品が当たると良いねと花音さんに声を掛けた。

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