(特別編)動画メッセージの謎6

 翌日の夕方、警視庁の会議室にはまた私達四人が集まっていた。外で雨の降る音が聞こえている。

「誠二氏が自供したようだね」

 秀一郎さんが指を絡ませながら言った。

「はい、お陰様で解決しそうです。秀一郎さん、今回もありがとうございました」

 私は、微笑んで礼を言った。


 話によると、誠二氏は結婚当初から妻である智香子さんに暴言を吐かれたり暴力を振るわれていたらしい。智香子さんの父親は大学病院の院長で、誠二氏の勤める製薬会社とも取引がある為、誠二氏は智香子さんに逆らえなかったらしい。

 結婚から何年経っても、子供が出来ても千賀子さんの暴言暴力は変わらなかった。そして、積もり積もったものが事件当日に爆発したというわけだ。犯行はリビングで突発的に行われたが、リビングの物音に気付いて二階から降りて来た子供達も犠牲になった。


「……でも、どうして水原は罪を被ったんでしょうか」

 私は、お茶を飲みながら呟いた。

「ああ、その経緯も誠二氏が供述していたらしい」

 そう言って、御厨さんが話してくれた。


 水原は、高校生の頃に大病を患い、真由美さんの勤める病院に入院していた事があったらしい。そこで水原は当時三十代だった真由美さんに惚れてしまった。しかし、真由美さんは妻帯者である誠二氏に惚れていて、水原はその事を知り、自分の想いを伝える事はなかった。真由美さんの同僚の看護師達が、真由美さんと誠二氏が不倫関係にあるのではないかと噂をしているのをこっそり聞いてしまったのだ。それからしばらくして水原の病は完治し、退院した水原は真由美さんと接する事も無くなった。


 そして数年後、事件が起こったあの日、水原が住宅街を歩いていると、見覚えのある男性を見かけた。MRの立石誠二だ。入院していた頃、病院の中庭で真由美さんと楽しそうに話しているのを遠くから見た事がある。

 川の側をキョロキョロしながら歩いていた誠二氏は、橋の上から何かを投げ捨てた。そして、足早に歩いてきた方に戻っていった。水原の存在には気付いていないらしい。


 誠二氏が去った後、水原は近くの土手から川に下り、水の中を浚った。誠二氏が何を捨てたのか気になったからだ。しばらく探していると、白いタオルが目に付いた。タオルを拾って広げると、水原は目を見開いた。血の付いた包丁が現れたのだ。

 何があったのか気になった水原は、急いで誠二氏の後を追った。もう誠二氏の姿は見えなかったが、比較的広い道路を通ったのではないかと当たりを付けて走っていくと、遠くに誠二氏の背中が見えた。


 しばらく誠二氏の跡をつけると、彼はとある一軒家に入っていった。良くない事だとは思ったが、水原は誠二氏が入った家の庭に侵入し、一階の窓に掛かっているカーテンの隙間からリビングを覗き込んだ。

 リビングには、複数の人間が倒れており、誠二氏が自分の物らしい服をゴミ袋に捨てる様子が見て取れた。その服には、血が付いているようだ。


 水原は考えた。この様子を見ると、恐らく誠二氏が自分の家族を殺害したのだろう。もし誠二氏が殺人犯として逮捕されたら、真由美さんはどう思うだろう。とんでもないショックを受けるに違いない。どうせ仕事をすぐクビになるような自分では真由美さんを幸せにできない。だったら、誠二氏の犯行を隠し、真由美さんが不倫相手から正妻の立場になれるようにした方が良いのではないか。


「誰だ!」

 庭に人の気配を感じた誠二氏が、窓を開ける。誠二氏と目が合った水原は、笑みを浮かべて言った。

「……リビングの様子、見えてしまいました。あなたを警察に突き出す気はありません。……僕と取引しませんか?」

 そして、水原は誠二氏の犯行を黙っている代わりに、金銭を要求した。


「そういう経緯だったんですね……でも、水原はどうして今になって真犯人を伝えようとしたんでしょう。暗号という形ではありましたけど……」

 私は、浮かんだ疑問をそのまま口にした。すると、秀一郎さんが目を伏せながら言った。

「……人は、誰しも自分の事を認めて欲しいと思うものだ。余命を宣告されて、彼は自分が殺人犯ではない、極悪人ではないと認めて欲しかったのかもしれない」

 部屋の中に沈黙が流れた。私は、危篤状態で未だ意識が戻らない水原の姿を思い浮かべる。あの動画は、認めてくれという彼の悲痛な思いを込めたメッセージだったのかもしれない。

 窓から外を見ると、雨は止み、灰色の雲の間から一条の光が差し込んでいた。

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