(特別編)動画メッセージの謎5
翌日の昼、私と御厨さんは再び誠二氏の住む部屋を訪れた。
「今日はどういったご用でしょうか?」
ソファに座った誠二氏は、落ち着いた声で私達に聞いた。彼は今日、白いセーターに黒いズボンを穿いている。
「単刀直入に伺います。立石さん、三十年前の事件の真犯人は……あなたですね」
私が言うと、誠二氏は驚愕の表情を浮かべた。
「は……?私が犯人だとおっしゃるんですか。確かに水原は動画で自分は犯人ではないと言っていたようですが……どうして私が犯人だという事になるんでしょう?」
リビングにお茶を運んできた真由美夫人も、トレイを持ったまま固まっている。
「あの動画で水原が掲げていた暗号……あれは、あなたの名前を表しているんですよ」
御厨さんが話を引き継ぐ。
「私の名前ですか?」
「ええ、あれは――元素記号を利用した暗号だったんです」
御厨さんは、ポケットからメモ用紙を取り出して、ボールペンで「CsYZr」の文字を書き、一旦誠二氏の方に向けた。
「この『Cs』はセシウム、『Y』はイットリウム、『Zr』はジルコニウム……」
メモ用紙のアルファベットの下に、カタカナが書き加えられていく。
「それぞれの頭文字を並べると、『セイジ』となります」
誠二氏は目を見開いたまま固まったが、すぐに言葉を発した。
「仮にその『セイジ』が私を表していたとしても、本当に私が殺人を犯した証拠にはならないじゃないですか。刑事さんともあろう者が死刑囚の作った暗号を真に受けるなんて……」
「確かに、決定的な証拠はありません。しかし、いくつもの状況証拠が重なったとしたら?あなたは事件の前日に料理を手伝って右手を怪我をしたという話でしたが、本当は犯行時に怪我をしたのではないですか。素手で人を刺した場合、刺した人間が手を怪我するというのはよくある話です」
御厨さんは、昨日の事情聴取の際、事件の前日に右手を怪我するというのはタイミングが良すぎると思っていたらしい。
「それに、捜査資料を読みましたが、あなた事件当日遅刻ギリギリで出社したそうですね。普段は早めに出社するのに。もしかしたら、朝犯行時に服が返り血で汚れて着替えていたのではないですか?他にも、状況証拠が出てくるかもしれませんね」
水原が金銭と引き換えに罪を被る事にしたのなら、金銭の受け渡しがあった痕跡があるかもしれない。銀行に記録が残っていなくても、三十年前の通帳を水原が持っていたとしたら……まあ、もし大金を貰えたとしても、死刑になるかもしれないのに罪を被る可能性は低いが。
「いくつか状況証拠が出てくれば、裁判所も逮捕状を出すかもしれませんね」
御厨さんがそう言うと、部屋の中を重苦しい沈黙が包んだ。
「……私のせいなの……?」
沈黙を破ったのは、真由美夫人だった。
「私が、結婚したいって言ったから、智香子さんを殺しちゃったの……?」
真由美夫人は、今にも泣きそうな表情をしている。
「違う、お前のせいじゃない!」
誠二氏が勢い良く立ち上がった。
「あの朝は、智香子がいつも以上に不機嫌だったんだ。私が休日出勤するのが気に入らないらしくて、ネチネチ嫌味を言ってきて……我慢の限界だったんだ、それで……」
誠二氏は、ハッとなって口を噤んだ。取り繕おうとしても、もう遅い。再び部屋に沈黙が流れた。
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