(特別編)動画メッセージの謎4
マンションを後にした私達は、とあるオフィスビルに向かった。ビルの中に入り受付で用件を伝えると、会議室のような部屋に通された。しばらく待っていると、ドアがノックされ、一人の男性が入って来た。
「お待たせしました、綿貫です」
そう言ったのは、黒髪を整えた五十代くらいの男性。灰色のスーツを着ている。実は、彼――綿貫健太郎は、水原辰彦の数少ない友人なのだ。このビルには、綿貫さんが勤める文房具メーカーがテナントとして入っている。綿貫さんが席に着いた後、私達は自己紹介した。
「はあ……捜査協力者の制度については知っていましたが、実際お会いするのは初めてです」
綿貫さんは、花音さんを見て驚いた様子だったが、すぐに本題に移った。
「それで、どう言ったお話でしょう?水原について聞きたい事があると伺っていますが」
「綿貫さんは、水原さんの友人だったと聞きました。事件後、水原さんから連絡はありませんでしたか?」
御厨さんの質問に、綿貫さんは眉根を寄せて答えた。
「確かに私は水原の友人だったかもしれませんが、大学の時バイト先でよく話したくらいで、あいつの事はよく知りません。刑務所から手紙が来た事もありません。申し訳ないですが、事件についてお話しできる事は無さそうです」
「そうですか……」
御厨さんは溜息を吐いた。
水原は幼い頃から母親と二人で暮らしていたが、彼が大学に入ってすぐ母親は病で亡くなった。恋人もいないようなので、水原が事件について何か話すとしたら友人しかいないのだが、綿貫さんにも事件について話したりしていなかったとなると、事件の真相を知るのは難しいのではないか。
その後、綿貫さんは大学時代の水原の様子について話してくれたりしたが、事件に関係ありそうな話は聞けなかった。ちなみに、綿貫さんと水原はたまたまバイト先で仲良くなっただけのようで、大学の学部は全く違っていた。綿貫さんは経済学部だったのに対し、水原は工学部で、数学、化学、物理が得意だったらしい。
「お忙しい中、ありがとうございました」
事情聴取が終わり、御厨さんは綿貫さんに礼を言った。
「いえ、付き合いが浅いとはいえ、私は水原の友人ですからね。警察が私に事情を聞くのも当然ですよ」
そう言うと、綿貫さんは宙に視線を向けた。
「……あいつは人付き合いが苦手で、休憩時間には一人でクロスワードパズルの本に熱中しているような奴でした。でも、人の痛みに共感して思いやりのある行動を取れる奴でもあったんです……どうしてあんな事件を起こしてしまったんでしょうね……」
警視庁の会議室に戻ると、私達は再び机に捜査資料を広げた。
「あまり収穫はありませんでしたね……」
私は、自分の手帳を見ながら呟いた。捜査資料も満遍なく読み返したが、事件当日、誠二氏が休日出勤する際遅刻ギリギリだったとか、水原が昔大病を患った事があるとか、事件と関係あるかどうかわからない情報ばかり目につく。
「そうだな……思いつく事はあるが、決め手に欠ける。せめて、あの動画の暗号が解ければな……」
御厨さんが誰と目を合わせる事も無く言った。何か思いついた事があるのか。私にはさっぱり分からないけれど。
「……花音さんは、あの暗号解けました?」
私は、花音さんに問い掛けた。
「いえ、分かりません……でも、あの人なら分かるかもしれない。交代してみます……」
そう言うと、花音さんは虚ろな目になり、次の瞬間には目つきが鋭くなった。そして、机に両肘を突き、左右の指を絡ませると、妖しげに笑った。
「やあ、二人共、久しぶりだね」
「お久しぶりです……秀一郎さん」
私は、彼女――いや、彼に挨拶した。
実は、花音さんは解離性同一性障害を持っている。分かりやすく言うと、多重人格者だ。彼女には、瀬尾秀一郎という六十代の大学教授の人格がある。他に持っている人格は無いようだ。花音さんが事件の謎を解く時は、いつも秀一郎さんの人格になっている。
「事件の資料の内容は頭に入っているが、御厨君と同じで暗号はまだ解けていないな」
秀一郎さんは、真顔で捜査資料を眺めながら言った。
「うーん、アルファベットをひらがなに置き換えるとか……?でも、置き換え方のヒントが何も無いし……」
堀江先生が腕を組んで言った。
「パソコンのキーボードのローマ字入力をかな入力に変える……のでもなさそうですね。意味を成す言葉になりませんし」
私も考え込む。
「英単語の頭文字……のような気もするが、やっぱり分からないな」
御厨さんもお手上げのようだ。
「僕も水原さんと同じで、クロスワードパズルとか暗号とか解くのは好きなんですけど、実際の事件では役に立たないものですね……」
堀江先生がそう言いながら、椅子の背もたれに身体を預けた。
「役に立つと言えば、最近隣県に住んでいる中学生の姪が学習用のパズル本を買って貰ったそうなんです。古文の授業で出て来る言葉を使ったスケルトンとか、英単語を使ったクロスワードパズルとかが載っていて……そうそう、理系のパズルも載ってたんですよ。こんな感じで……」
私は、自分のスマートフォンの画面を三人に見せた。偶々、そのパズルの画面を写真に撮っていたのだ。
何故か、それを見た秀一郎さんが大きく目を見開いた。そして、ゆっくりと口角を上げると言葉を発した。
「……お手柄だ、小川君」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます