(特別編)動画メッセージの謎2

 動画が投稿された一週間後、警視庁にある会議室には刑事である私と御厨さんの他に、二人の人間がいた。

「あの動画の件なら、僕も知っています。世間で注目されていますし、僕達が呼ばれるのも不思議ではないですね」

 そう言ったのは、眼鏡を掛けた優しそうな青年。彼は堀江雅人三十一歳。精神科医だ。

「花音さんは動画を見ましたか?」

 御厨さんが、堀江先生の隣に座っている少女に話し掛けた。

「……はい、見ました」

 少女は、無表情で頷いた。この黒いロングヘアの少女の名は木下花音。まだあどけなさの残る十二歳のこの少女は、警察が頼りにする捜査協力者の一人である。


 捜査協力者という肩書は珍しいが、近年日本警察の検挙率が著しく低下している為、『犯罪捜査協力者法』という法律が施行された。捜査が暗礁に乗り上げた場合、前もって登録された一般市民が捜査協力者として捜査に協力できる制度である。


 木下花音さんは、類稀な頭脳でこれまでにも事件解決に貢献してきた。ちなみに、花音さんは定期的に精神科を受診しており、堀江先生は彼女の主治医だ。堀江先生は捜査協力者ではないが、特例で捜査に加わる事が許されている。

「では、三十年前の事件について改めて整理しましょう」

 私は、そう言って捜査資料を開いた。


 事件が発覚したのは、三十年前の三月某日。その日の朝交番に、一人の男が出頭してきた。その男は白いTシャツに藍色のジーンズを身に着けていたが、交番にいた警官二人は男の姿を見てぎょっとした。彼の白いTシャツが、半分以上赤く染まっていたからだ。男は、開口一番とんでもない事を言った。

「……お巡りさん、俺、人を殺しました」


 警官達は男の話を聞き、男を連れてある一軒家を訪れた。閑静な住宅街にあるその家は、赤い屋根に真っ白な壁が特徴で、いかにも富裕層が住んでいそうな広さだったという。

 鍵のかかっていないドアから中に入ると、目の前にある廊下は薄暗く、人の気配が感じられなかった。警官達は玄関の近くにあるリビングに入ると、そこに広がる光景を見て驚愕した。

 ベージュ色のソファの背もたれに身体を預けるようにして、一人の中年女性が倒れていた。彼女は白い薄手のセーターにくすんだ緑のスカートという服装だったが、彼女の胸には赤いものが広がっており、それが血である事は一目瞭然だった。胸の他にも、腕や顔に傷があるようだ。彼女は目を見開いており、もう息をしていないと分かる。


 そして、床には高校生くらいの少年と中学生くらいの少女が倒れていた。二人共、体のあちこちに刺された痕がある。この二人も絶命しているようだ。

 その後、パトカーが何台も到着し、辺りは騒然となった。病院に運ばれた三人は、すぐに死亡が確認された。


 警察署に連行された男は、水原辰彦と名乗った。調べた所、彼は二十三歳のフリーターと確認された。

 死亡したのは、製薬会社に勤める立石誠二の妻・智香子。当時四十一歳の専業主婦。そして、他に亡くなっていたのは彼女の息子である憲一と娘の未来。憲一は高校一年生、未来は中学二年生らしい。


 取り調べによると、水原はその日の朝、むしゃくしゃしながら住宅街を歩いていたという。前日にバイト先をクビになったからだ。そして立石家の前を通りがかった時、家から楽しそうな笑い声が聞こえた。その声に無性に腹が立った水原は、鍵のかかっていなかった家に入り込み、次々と三人を刺していった。三人は懸命に逃げたり抵抗しようとしたりしたが、水原は容赦なく三人に刃を突き立てたらしい。ちなみに、家主である誠二は休日出勤をしていた為無事だった。

 凶器は立石家の台所にあった包丁。何故か、交番に出頭する途中で川に投げ捨てたらしい。

 三人もの人間を殺害した罪は重く、水原は裁判で死刑が宣告された。凶器は見つからなかったが、自供や被害者の服に付着した指紋等の状況証拠から、有罪と判断されたのだ。


「それで、これからどうするんですか?」

 私の説明が終わると、堀江先生が聞いてきた。

「世間で注目されている事件なので、再捜査する事になりました。まずは、立石家で唯一生き残った誠二氏に話を聞きに行きたいと思います。彼は、刑務所にいる水原から謝罪の手紙を受け取っていたそうなのですが、もしかしたら手紙に事件の核心に迫るような事が書かれていたかもしれません」

 私は、机の上に広がった捜査資料をまとめながら言った。

「花音さん、堀江先生、捜査協力者として事情聴取に同行して頂けますか?」

 御厨さんが二人を交互に見ながら言った。

「はい、僕は大丈夫です。……いいかな?木下さん」

「……はい、よろしくお願いします」

 堀江先生に聞かれた花音さんは、無表情で頷いた。

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