消えない絆4
しばらくして逮捕されたのは、准教授の深町智だった。彼が発表した論文の一つが、大学院の学生の研究を盗用したもので、瀬尾教授はそれを指摘していたらしい。准教授は、盗用が公になる前に瀬尾教授を亡き者にしたというわけだ。
私と御厨さんが助手に話を聞いたところによると、瀬尾教授が禁煙をする前、喫煙の習慣があったのはやはり教授と深町だけだったそうだ。そして、禁煙する際、教授は灰皿を教授室の棚にしまい、来訪者がタバコを吸う時だけ出すようにしたとの事。
つまり、教授が殺害された時灰皿が側にあったのは、来訪者がタバコを吸ったから。その来訪者とは、深町。
ちなみに、犯人が教授室に来る前に深町が吸った吸い殻が灰皿に残っていたという可能性は低い。
教授室の模様替えをしたのは事件当日の昼で、その時に灰皿の中身も綺麗に片付けられていたからだ。そして、深町のスケジュールから考えて、昼から夕方までの間に深町が教授室に来る事は出来なかったと思われる。
事件の直前にタバコを吸ったのが教授自身だったという可能性も無い。タバコの吸い殻に残った唾液をDNA鑑定して、その可能性は否定されている。
「皆さん、お疲れ様でした」
私が口を開いた。事件解決の数日後の昼、私達四人はファミレスで食事をしていた。
「……事件が解決して、良かったです。瀬尾教授は、思いやりがあって努力家で……本当に、尊敬できる方でしたから」
「……私に、『悩みがあっても、相談したくなかったら無理にしなくてもいい。でも、相談に乗ってくれる人がいる事だけは忘れないように』って言ってくれました。突き放すようにも見えたけど、優しい人だった」
堀江先生と花音さんがそう話した。花音さん本来の人格にしては、口数が多いようだった。
「……堀江先生、甘いもの好きなんですか?」
堀江先生の目の前にあるパフェを見て、花音さんが聞いた。
「ああ、そうだね、好きだよ。甘いもの全般」
「……このファミレス、一か月間限定で、誕生日に来店して身分証明書を見せると、デザートが五十パーセントオフになるそうですよ。堀江先生、もうすぐ誕生日なんじゃないですか」
堀江先生が、メニューを改めて見た。
「ああ、本当だ。キャンペーンをしてる。また近いうちにここに来ようかな。教えてくれてありがとう」
「いえ……お手洗いに行ってきます」
花音さんが席を外した。
私がふと隣を見ると、何故か御厨さんがじっと堀江先生を見ていた。
「どうしました?御厨さん」
私が聞くと、御厨さんが堀江先生に聞いた。
「堀江先生、あなた……花音さんに、誕生日を教えました?」
「あ……」
堀江先生が、目を見開いて呟いた。
「……教えてないです」
「やっぱり……」
御厨さんが、盛大に溜息を吐いた。
「どういう事でしょう?」
私が聞いた。
「……花音さんは、堀江先生が父親だと気付いてるかもしれないって事だよ。もしかしたら、母親から、父親の事をぼんやりとでも聞いていたのかもしれないな。……違和感はあったんだ。花音さんは秀一郎さんモードになる時、指を絡める癖がある。でも、堀江先生が衝撃の告白をしたあの日、俺はその癖を見た記憶が無い」
「それって、花音さん本来の人格のままなのに、秀一郎さんになったふりをしていたって事ですか?」
「ああ。堀江先生の口から真実が聞きたくて、咄嗟に演技したのかもしれない」
「そんな……」
私達の会話を聞いていた堀江先生は、茫然としていた。しかし、そのうち顔を手で覆って声を漏らした。
「そうか……そうだったんだ……。はは……本当に僕は、情けない男だな……」
花音さんが、席に戻ってきた。堀江先生が、花音さんに話しかける。
「……木下さん」
「何でしょう?」
「食事が終わったら、二人きりで話したい事があるんだけど、いいかな」
「……はい」
花音さんは、穏やかな笑みを浮かべた。
食事が終わり、私と御厨さんはファミレスを後にした。堀江先生と花音さんは二人でファミレスに残り、話をする事になった。
「あの二人、これからどう接していくんですかね」
「さあな。でも、悪いようにはならないだろう」
御厨さんが、車に乗り込みながら言った。御厨さんの運転で、これから警視庁に戻る予定だ。
車が走り出した。車窓から外を眺めながら、私は二人の幸せを願った。
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