消えない絆2
現場検証の後、私達は岸本厚子の家に向かった。広いリビングのソファに厚子さんと向かい合って座ると、御厨さんは早速質問を始めた。
「昨日の夜から今朝にかけてなら、ずっと家にいました」
アリバイを聞かれた厚子さんは、そう答えた。ショートカットの黒髪の四十代の女性。失礼だが、引きこもりの息子を抱えているせいか、年齢より少し老けて見える。
「証人は息子しかいませんけどね。……でも、あの先生を殺したりしませんよ。今まで診てもらった先生方の中では、一番親身になって話を聞いてくれましたから……」
厚子さんが、寂しそうに話した。瀬尾教授に文句ばかり言っていたのも、甘える気持ちがあったのかもしれない。
「……やはり息子さんに会う事は出来ませんか」
御厨さんが厚子さんに聞いた。息子の良平さんは中学生。今は二階の自室に引きこもっている。
「……ええ、申し訳ございませんが」
厚子さんが、困ったような表情で答えた。
私達四人は、再び大学に戻った。今度は、瀬尾教授の下で研究をしていた准教授の深町
准教授は、五十代くらいの年齢の男性だ。質の良い論文をいくつか発表していて、もうすぐ教授になるかもしれないと言われているらしい。
「……瀬尾教授が殺されたなんて、信じられませんね……昨日の朝も、瀬尾教授の教授室でこっそりタバコを吸わせてもらっていたんだが……この学部でタバコを吸うのは、私と瀬尾教授くらいでしたから」
准教授は、目を伏せながら言った。御厨さんは、お悔やみの言葉を述べた後、早速質問を始めた。
「その時間帯は、ずっと家にいましたね」
准教授は、アリバイを聞かれてそう答えた。夜中だし、家族しかアリバイの証人がいなくても仕方ないだろう。
「教授が殺される動機に心当たりはありませんか?」
御厨さんが聞いた。
「まずは、瀬尾先生の患者の保護者ですかね。岸本さんと言いましたか。先生の治療方針に不満を持っていたみたいですからね。……後は」
そう言うと、准教授は堀江先生の方を見た。
「堀江君、君も先生に対して何か思うところがあったんじゃないのか。……私も詳しい事情知らないが、君が先生と深刻な顔で話しているところを見た事がある」
私は、ちらりと堀江先生を見た。堀江先生は、誰と目を合わせる事もなく、ただその場に固まっていた。
四人は、捜査一課の会議室に戻っていた。
「……堀江先生、瀬尾先生との間でトラブルがあったのなら、事情をお聞かせ願えませんか」
御厨さんが切り出した。堀江先生は、花音さんを横目で見て言った。
「……ここでは、勘弁して頂けませんか。聞かれたくない内容なんです。……特に、木下さんには」
「話しても構わない。私が表に出ている間の事は、花音は覚えていないからね」
いつの間にか秀一郎さんモードになった花音さんが言った。
しばらくの沈黙の後、堀江先生は口を開いた。
「僕は……木下さんの……花音の……父親なんです」
衝撃の告白だった。
堀江先生の話によると、堀江先生が大学一年生の時、サークルのコンパで、花音さんの母親である瑞穂さんと出会ったらしい。瑞穂さんは堀江先生の大学のOBとして、コンパに参加していた。
堀江先生と瑞穂さんは意気投合し、付き合うようになった。数か月で別れたが、堀江先生は、まさか瑞穂さんが妊娠しているとは思わなかった。
「一年前、瀬尾先生の代わりに花音を診るようになって、花音が瑞穂さんの子供だと知りました。そして、花音の年齢から考えて、もしかしたら父親は僕かもしれないと思うようになりました」
堀江先生は二十代に見えるが現在三十一歳。確かに計算は合う。
「それで、ある時、密かにDNA鑑定を業者に依頼しました。……結果は、僕が父親である可能性が九十パーセントを超えていました。瀬尾先生は、どんなきっかけかわかりませんが、僕がDNA鑑定を依頼した事を知って、詳しい事情を聞いてきたんです」
教授は堀江先生に、父親だと明かさないのかと尋ねた。そして、堀江先生は明かさないという選択をした。その辺りのやり取りを、深町准教授に見られたのだろう。
「何故花音に明かさないのかね?」
秀一郎さんが聞いた。
「花音が辛い目に遭っている時に何も出来なかったのに、父親だなんて名乗れませんよ。……いや、こういう言い方は卑怯だな。僕は、花音に責められるのが恐いんです。虐待の事を知らなかったとはいえ、花音を助ける事が出来なかったから」
「……花音が君を責める事は無いと思うが、君の意思を尊重して、花音に君が父親だとは伝えないでおくよ」
秀一郎さんが真顔で言った。
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