十六年目の真実2

「今更ですけど、僕達二人も事情聴取に同行してもいいんですか?」

 警察車両の中で、堀江先生が私に聞いた。今この車両には、私と花音さんと堀江先生の三人がいる。花音さんは、相変わらず無表情だ。

「ええ。捜査協力者は、一応警官と同じ捜査権限を与えられますから」

「まだ事件が起きて一日しか経ってないのに、よく捜査協力者の要請が通りましたね」


 この事件が報道されると、当然十六年前の事件も合わせて報道されるだろう。もしこの事件が解決しなかったら、今回の事件も解決できなかったのかと警察が叩かれる可能性がある。

 だから、早めに捜査協力者を要請したらどうですかと強めに上司に進言したのは私だ。

 本音は、御厨さんの為に早く事件を解決したいというだけなのだが。


 私達は、ビジネスホテルのロビーで由香里さんの夫と面会した。夫の航平さんは由香里さんより一歳年上で、加工食品を扱う会社で働くサラリーマンだ。黒髪を短く整えた、真面目そうな男性だった。

 殺人事件があったばかりで、警察の人間も慌ただしく出入りする家に泊まるのは居心地が悪いと言う事で、今はビジネスホテルに泊まっている。

 私は、自分と捜査協力者達の紹介を終えると、早速航平さんへの質問を始めた。

 まずはアリバイ。といっても、航平さんのアリバイははっきりしている。由香里さんが殺されたのは昨日の昼頃。その時間、航平さんは会社にいた。

 次に、殺害の動機の心当たりについて。


「……やっぱり、十六年前の事が関係してるんですかね。他に由香里が恨まれるような事は無いはずだし」

「御厨紬さんの事件について、ご存じでしたか」

「はい。由香里の親友で、由香里のせいで危ない事に関わったかもしれないと聞いています……いや、嘘を吐いたな。聞いているんじゃなくて、実際に紬ちゃんが由香里を連れ戻しに夜の店に来たのを、見た事があります」

 由香里さんは、未成年のうちからバーに入り浸り、航平さんともそこで出会ったらしい。そして、ある日、由香里さんの事を心配した紬さんがバーに乗り込んできたのを航平さんが目撃したという事だ。

「……俺も由香里も、褒められた人生を送ってないけど、俺にとって由香里は大切な人だったんです。由香里は退院していましたが、病気で命が長くなかった……でも、殺されなければ、もっと由香里と思い出を作れたはずなんです。犯人を、見つけて下さい。お願いします」

航平さんは、そう言って頭を下げた。


 結局、今回の事件についても十六年前の事件についても何もわからないまま、私達は次の目的地へと向かった。

 次の目的地は、昔紬さんが乗り込んだというバー。由香里さんは、不良とつるむのをやめてからもずっとそのバーの常連らしい。今は午前十一時頃だが、マスターには、きちんとアポイントメントを取ってある。


「由香里さん、特に最近変わった事は無かったみたいですけどね……」

マスターの長瀬竜太が、私の質問に答えた。黒髪を後ろで縛った大柄な男性だ。ちなみに、由香里さんが殺された頃、マスターは自宅で寝ていたらしい。アリバイははっきりしない。

「ちなみに、十六年前の事って覚えてます?由香里さんの親友がここに来て、由香里さんを連れ戻そうとしていたみたいなんですけど」

「ああ、紬さんとかいう子ですよね。覚えてますよ。……少し会っただけだけど、良い子でしたね。由香里さんの事、本気で心配しているみたいでした。……私みたいな人間とは、大違いですね」

 昔、このバーは麻薬の売買に使われていた事があった。マスター自身は麻薬の売買をしていなかったが、取り引きを目撃しても黙認していた。警察に逮捕された事もあったが、実刑にはならなかった。


 次に私達は、十六年前、由香里さんや紬さんの担任をしていた高校教師に話を聞く事にした。マスターから、由香里さんがその教師を慕っていたと聞いたからだ。

 教師の名前は池田隆行。昼休みに、先生が勤める学校の近くの公園で話を聞く。

「鈴原……いや、結婚したから高槻由香里か。彼女とは、ここ数年、年賀状以外の交流はありませんよ」

 先生は、私の質問にそう答えた。

 今回の事件が起きたと思われる時間帯、先生は学校にいたはずだ。百パーセントではないけど、アリバイはあると言っていいかもしれない。


「ちなみに、十六年前の事件についてなんですけど、由香里さんや紬さんから何か相談を受けたりとかは無かったですか?」

「御厨からは、鈴原が夜の店にいるみたいで心配だと相談を受けていました。私からも鈴原に注意したんですけど、状況は改善しなかったですね。……力不足で申し訳ない」

「そうですか……」

「それにしても、御厨が麻薬を使っていたなんて、まだ信じられないな。あんなに良い子だったのに。でも、左腕に注射の痕があったという事だし、何か事情があったんだろうな……」

 先生は、そう呟いた。

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