続・二人目のカノン

ミクラ レイコ

十六年目の真実1

 ある日の夕方、私小川沙知は先輩刑事の御厨圭介と共に殺人事件の現場に駆け付けていた。現場は、あるマンションの一室。

 玄関の表札には、『高槻』の名前が彫られている。

高槻たかつき……?」

 御厨さんが、怪訝な顔をした。しかし、彼はすぐに私と一緒に玄関の中に入った。


 リビングに入ると、一人の女性が床に倒れていた。三十代くらいの女性で、焦げ茶色のショートヘアだった。来ている白いトレーナーには血が広がっている。胸を刺されたのだろう。凶器は見当たらない。

 そして彼女の側には、犬や猫を始めとして、いくつもの縫いぐるみが落ちていた。側にある棚から落ちたらしい。

 彼女の顔を覗き込んだ御厨さんは目を見開き、言葉を発した。

「……小川」

「はい」

「悪い。俺、捜査から外されるわ」


 翌朝、捜査一課が使う会議室に、花音さんと堀江先生が入ってきた。

「今回は、刑事さんは小川さん一人ですか?」

私が渡す捜査資料を手にしながら、堀江先生が聞いてきた。

「はい、未熟者ですが、今回もよろしくお願いします」

私はそう答えると、詳細を話し始めた。


 亡くなったのは、高槻由香里さん三十三歳。専業主婦。死亡推定時刻は、昨日の午前九時から午後二時。凶器はナイフのような鋭利な刃物と思われるが、現場からは発見されていない。


そして、御厨さんが捜査を外された理由だが……由香里さんは、御厨さんのお姉さんの友人だった。

 それだけではなく、事件の数日前、御厨さんは由香里さんと喫茶店で会っていた。由香里さんから呼び出されたらしい。


 御厨さんのお姉さんの紬(つむぎ)さんは、十六年前に十七歳の若さで亡くなっている。朝、小さなビルが立ち並ぶ街の車道に倒れているのを通行人に発見された。歩道橋から落ちたようだが、落ちた位置等から考えて、殺人事件と思われた。そして、紬さんの左腕には、注射をした痕があった。麻薬を打った痕だった。

 品行方正だった紬さんが麻薬を使っていた事に周りの人間は驚いたが、紬さんが良くない噂のある店に出入りしていたという証言もあり、紬さんが麻薬絡みのトラブルで殺されたのだろうと言う結論に達した。犯人はまだ見つかっていない。

 そして御厨さんは、紬さんが自ら麻薬を使ったとは、今でも信じていない。


「そうですか……御厨さんのお姉さん、亡くなられてたんですか……」

 話を聞き終えた堀江先生が、目を伏せて呟いた。

「はい。由香里さんと私的な交流があったとの事で、御厨は捜査から外されました。なので、今回捜査を担当するのは私と花音さんと堀江先生だけです」

 超少子高齢化で人手が不足している今、捜査協力者が同行していれば担当する刑事は一人でも良しとされている。

「では、早速事情聴取に行きましょうか」

 私は、捜査資料をバッグに仕舞いながら言った。


 その頃、御厨圭介は捜査一課の部屋で別の事件の捜査資料に目を通していた。圭介は、溜め息を吐いてから捜査資料をパタンと閉じる。集中できない。

 コーヒーを一口飲むと、圭介は数日前の事を思い出していた。


「……久しぶり、圭介君」

由香里が殺される事件の数日前、喫茶店で由香里は口を開いた。

「……お久しぶりです、由香里さん」

近況を話したりした後、沈黙が流れた。

「今日はどういった用件で?」

「……紬の事件の事で、話したい事があって……」

圭介は眉を動かした。

「……というと?」

「……紬を殺した犯人は知らないけど、紬が殺されたのは、私のせいかもしれないの」

「はい?」

「私、昔両親とうまくいってなくて、荒れてて……不良とつるんでたの。それで、そういう人達の中に、麻薬を扱ってる人がいて……。私は麻薬を使ってなかったけど、紬は、私が道を外さないように、私が不良とつるむのをやめさせようとしてた。私が入り浸っていた夜の店に、私を連れ戻しに来た事もあった。紬が殺されたのは、私のせいでそういう人達と関わってしまったからなんじゃないかって……」

「……何故今になってそれを話す気に?」

「……私、病気で、先が長くないの。……私のエゴだけど、死ぬ前に圭介君に話しておきたいと思って……」

「……そうですか。わざわざありがとうございます」

 それだけ言って、圭介は伝票を持って立ち上がった。

由香里をその場に残し喫茶店を立ち去る間際、圭介は誰にも聞こえないように呟いた。

「何で今更……」

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