7章 - 揺れる心、響く歌声 ~キサラの葛藤と決意~
放課後の音楽室。窓から差し込む夕陽が、ピアノの鍵盤を優しく照らしている。そこに一人佇むキサラの姿があった。
「はぁ……」
キサラのため息が、静かな空間に響く。今日のキサラは男の子の姿。しかし、その表情には普段の明るさが見られない。
ピアノの前に座り、おずおずと鍵盤に指を這わせる。優しい音色が響き渡る。
♪迷う心、揺れる想い
このままでいいの? 私は私で……♪
キサラの歌声が、切なく美しく音楽室に満ちていく。その歌声には、これまでにない悲しみが滲んでいた。
「キサラ……」
突然聞こえた声に、キサラは驚いて振り返る。そこにはタクミとミナミが立っていた。「タクミくん……ミナミちゃん」
キサラは慌てて明るい表情を作ろうとする。
「あ、あのね。ちょっと新しい曲を作ってたんだ。どうかな?」
しかし、その笑顔が作り物だということは、幼なじみの二人には一目で分かってしまう。
「キサラ、本当のことを話してくれないか?」
タクミが真剣な表情で尋ねる。
「そうよ、キサラ。最近様子がおかしいわ。何かあったの?」
ミナミも心配そうにキサラを見つめる。
キサラは一瞬躊躇したが、やがてゆっくりと口を開いた。
「実は……ボク、ソロライブのこと、悩んでるんだ」
「え? どうして?」
タクミが驚いた様子で聞き返す。
「だって……」
キサラは言葉を詰まらせる。その瞬間、キサラの体が光に包まれ、女の子の姿に変わった。
「わっ!」
思わずミナミが声を上げる。
「ごめん……」
キサラは申し訳なさそうに頭を下げる。
「気にするな。それで、何に悩んでるんだ?」
タクミが優しく促す。
キサラは深呼吸をして、ゆっくりと話し始めた。
「ボク……みんなの期待に応えられるかな……こんな変わった自分じゃ、ステージに立つ資格なんてないのかも……」
キサラの目に、涙が浮かぶ。
「最近ね、色んな人の声が聞こえるんだ。『あいつ、気持ち悪い』とか『男のくせに女みたいだ』とか……」
タクミとミナミは顔を見合わせる。二人は既にそういう噂を耳にしていたが、キサラには黙っていた。それがキサラを傷つけていたと知り、二人は胸が痛んだ。
「キサラ……」
ミナミがそっとキサラの手を握る。
「大丈夫よ。あなたは素晴らしいわ」
「そうだぞ、キサラ」
タクミも力強く言う。
「君は最高の歌声の持ち主だ。性別なんて関係ない。君らしく歌えばいいんだ」
「タクミ……」
「そうよ、キサラ」
ミナミも続ける。
「あなたの歌を楽しみにしている人がたくさんいるの。私もその一人よ」
キサラの目から、大粒の涙がこぼれ落ちる。
「でも……ボク、本当にこのままでいいの? 男でも女でもない、中途半端な存在……」
「違うよ、キサラ」
タクミが真剣な表情で言う。
「君は君なんだ。男でも女でもない、唯一無二の存在。それがキサラなんだよ」
「そうよ」
ミナミも頷く。
「あなたの魅力は、その『キサラらしさ』にあるの。男の子の時も、女の子の時も、どちらもキサラよ」
キサラは驚いたように二人を見つめる。
「本当に……そう思ってくれてるの?」
「当たり前だ」「もちろんよ」
タクミとミナミが同時に答える。
キサラの顔に、少しずつ笑顔が戻っていく。
「ありがとう……二人とも……」
キサラは二人を抱きしめる。その瞬間、再び光に包まれ、男の子の姿に戻った。
「あ……」
「ほら、これがキサラなんだ」
タクミが優しく微笑む。
「そうね。これがキサラよ」
ミナミも嬉しそうに頷く。
キサラは二人を見つめ、深く息を吐いた。
「よし……決めたよ」
「ん?」
「ボク、ソロライブ、やる。自分らしく、キサラらしく歌うよ」
キサラの目に、決意の光が宿る。
「そうこなくっちゃ!」
タクミが嬉しそうに言う。
「私たち、全力で応援するわ」
ミナミも笑顔で頷く。
「うん! ありがとう」
キサラは立ち上がり、ピアノの前に座る。
「二人に聴いてほしい曲があるんだ」
そう言って、キサラは弾き始めた。
今度は優しく、力強いメロディーが響き渡る。
♪ボクはボクのまま 君は君のまま
それでいい それがいい
誰でもない 唯一無二の存在
それが僕たちなんだ……♪
キサラの歌声が、音楽室に満ちていく。
その歌声には、先ほどまでの迷いは微塵も感じられない。
タクミとミナミは、感動に包まれながらキサラの歌を聴いていた。
歌い終わったキサラの顔には、晴れやかな笑顔が浮かんでいた。
「これが……ボクの答えだよ」
「素晴らしいよ、キサラ」「感動したわ……」
タクミとミナミの目には、小さな涙が光っていた。
三人は見つめ合い、笑顔で頷き合う。
この瞬間、キサラの中の迷いは消え去った。
そして、新たな決意と共に、文化祭のソロライブへの準備が本格的に始まるのだった。
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