5章 - 木洩れ陽の暖かな図書館にて

 春の陽気が窓から差し込む図書室。静寂を破るのは、時折ページをめくる音と、ペンを走らせる音だけ。そんな中、キサラ、ミナミ、タクミの三人は真剣な表情で勉強に励んでいた。

 中間試験が近づき、三人は毎日放課後にこうして図書室で一緒に勉強することが日課となっていた。

「はぁ……」

 小さなため息がタクミから漏れる。彼の目は、教科書ではなく、向かいに座るキサラとミナミに向けられていた。

 今日のキサラは女の子の姿。

 美しい髪をゆるく後ろで束ね、前髪が時折目元にかかる。

 それをさりげなく指で払う仕草が、妙に色っぽい。

 対するミナミは黒髪のストレートヘア。

 真剣な眼差しで問題に取り組む姿は、凛としていて美しい。

「もう、集中できないよ……」

 タクミは心の中でつぶやく。

 二人の真剣な表情を横目に、内心ソワソワしている自分が情けなかった。

「ん? タクミ、どうかした?」

 キサラが顔を上げ、タクミを見つめる。

 その大きな瞳に吸い込まれそうになり、タクミは慌てて目をそらした。

「い、いや、なんでもない。ちょっと集中力が切れただけだ」

「そう? 無理しないでね。たまには休憩も大事だよ」

 キサラは優しく微笑んだ。その笑顔に、タクミの心臓が高鳴る。

「キサラの言う通りよ。少し休憩しましょう」

 ミナミも顔を上げ、伸びをした。

「そうだね。じゃあ、お茶でも飲もうか」

 キサラが立ち上がり、バッグからペットボトルを取り出す。

「はい、タクミ。ミナミちゃんも」

 キサラは二人にペットボトルを差し出した。

「ありがとう」

「サンキュー」

 タクミとミナミはお礼を言って、飲み物を受け取る。

 のどが渇いていたせいか、タクミは一気にお茶を飲み切ってしまった。

「ぷはー、うめー、五臓六腑に沁み渡るぜー」

「なに居酒屋のサラリーマンみたいなこと言ってのよ」

 ミナミが周りを気にしながらくすくすと小さく笑う。

「あれ? タクミ、そんなに喉乾いてるんだ? じゃあ、ボクのも飲む?」

 そう言ってキサラは飲みかけのペットボトルを自然にタクミに差し出した。

 それって間接キ……、

「い、いや、大丈夫! もう充分飲んだから!」

「そう?」

 キサラはタクミをしばらく窺うように見ていたが、やがてゆっくりとペットボトルをバッグにしまった。

 お前、そういう無自覚なアレやめろよな!

 タクミは声には出さずに心の中でそう叫んだ。


 しばらくの間、三人は無言で休憩を楽しんでいた。

 そんな中、ミナミが突然声を上げた。

「あ……」

「どうしたの、ミナミちゃん?」

 キサラが心配そうに尋ねる。

「この問題、何回やってもどうしても解けないの……」

 ミナミは困ったように眉をひそめていた。

「どれどれ?」

 キサラはミナミの隣に移動し、問題を覗き込む。二人の頭が寄り添う様子を見て、タクミの胸が少し締め付けられる。

「あ、これね、ボク知ってるよ。ここはね……」

 キサラは優しく、でも分かりやすく問題の解き方を説明し始めた。その様子は、まるで先生のようだ。

「わぁ、そうか! こうすれば解けるのね。ありがとう、キサラ!」

 ミナミの顔が明るくなる。

「えへへ、どういたしまして♪」

 キサラは照れくさそうに頭をかく。その仕草が愛らしく、ミナミは思わずキサラを見つめてしまう。

「キサラ……」

 ミナミの口から小さくキサラの名前が漏れる。

「ん? どうしたの、ミナミちゃん?」

「ううん、なんでもない。ただ……本当にありがとう」

 ミナミは柔らかな笑顔を向ける。

 その瞬間、キサラの胸の奥で何かが「キュン」と鳴った。

「あ……」

 キサラの体が、かすかに光り始める。

「え? キサラ?」

 ミナミが驚いた声を上げる。

 光が消えると、そこには男の子の姿のキサラが立っていた。

「わっ、キサラ、急に男の子になったら驚くじゃない!」

 ミナミが思わず声を上げる。図書館にいる他の生徒からの視線が痛い。

「え、なんで? ボクはボクだよ?」

 キサラは首をかしげ、屈託のない笑顔を浮かべる。

 その表情に、ミナミもタクミも思わず吹き出してしまった。

「もう、キサラったら……」

 ミナミは呆れたように言いながらも、その目は優しさに満ちていた。

「お前は本当に予想がつかないやつだな」

 タクミも苦笑いを浮かべる。

「えへへ、ごめんごめん。でも、これがボクなんだ」

 キサラは照れくさそうに頭をかく。その仕草は、先ほどの女の子の時と変わらず愛らしい。

「そうだね。キサラはキサラ。それでいいんだよ」

 ミナミが優しく言う。

「ありがとう、ミナミちゃん」

 キサラは嬉しそうに笑顔を向ける。その表情に、ミナミの頬がほんのりピンクに染まる。

「お、おい、二人とも。勉強、勉強!」

 タクミが慌てて声を上げる。二人の間の空気に、どこか焦りを感じていた。「あ、そうだった! ごめんね、タクミ」

 キサラは慌てて席に戻る。

「私も集中しなきゃ」

 ミナミも我に返り、教科書に目を向ける。

 三人はまた静かに勉強を再開した。しかし、その空気は先ほどまでとは少し違っていた。


 キサラは時折、ミナミの方をちらりと見る。ミナミも、キサラに視線を送ることがある。そして、そんな二人の様子を、タクミがそっと見守っている。

 図書室の静寂の中、三人の心はそれぞれに揺れ動いていた。

 春の陽光が差し込む窓辺で、勉強に励む三人の姿。それは、どこか儚くも美しい青春の1ページだった。

「よし、次の問題も頑張ろう!」

 キサラの元気な声が響く。

「うん!」

「ああ」

 ミナミとタクミも頷き、三人は再び問題に取り組み始めた。

 この瞬間が、いつまでも続けばいいのに。

 そんな思いが、三人の心の奥底で静かに芽生えていた。

 試験勉強は続く。しかし、彼らの心の中では、もう別の試験が始まっていたのかもしれない。友情と恋、そして自分自身との向き合い方。答えのない問題に、三人はこれからどう立ち向かっていくのだろうか。

 そんな思いを胸に、キサラ、ミナミ、タクミの三人は、これからも共に歩んでいく。性別を超えた、かけがえのない存在として。

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