4章 - ドキドキ★ 揺れる心のディナータイム

 夕暮れ時、キサラの家に甘い香りが漂っていた。キッチンでは、エプロン姿のキサラが鼻歌を歌いながら夕食の支度をしている。その横では、ミナミがサラダを作り、タクミはテーブルセッティングを手伝っていた。


「ふんふ~ん♪」

 キサラの歌声が、優しいメロディーとなって部屋中に響く。

「キサラ、それなんて曲? すごく素敵なメロディだ」

 タクミが思わず聞いてしまう。

「えへへ、これボクのオリジナルなんだよ」

 キサラは照れくさそうに答えた。

「そうなの!? キサラすごい!」

 ミナミが驚きの声を上げる。

「まあ、ちょっとした趣味みたいなものだよ。ボクの気持ちを曲にしてみただけ」

 キサラは謙遜しながらも、嬉しそうな表情を隠せない。

「ねえねえ、もっと聴かせてよ」

 ミナミがキサラにじゃれつくように近づく。

「えー、恥ずかしいなあ…….でも、二人が聴きたいって言うなら……」

 キサラは少し赤面しながらも、再び歌い始めた。


♪春風に乗せて 届けたい想い

  二人の笑顔が ボクの宝物

  男の子でも 女の子でもない

  ありのままの僕を 受け止めてくれる……♪


 キサラの透き通るような歌声に、タクミとミナミは聴き入ってしまった。歌い終わると、二人は大きな拍手を送る。

「すごいよ、キサラ! やっぱりプロみたいだ」

 タクミが興奮気味に言う。

「本当に……心に響くわね~」

 ミナミの目には、心底感心していた。

「え、えへへ……そんなに褒めないでよ。照れちゃうじゃない~」

 キサラは頬を赤らめながら、鍋をかき混ぜる。

 おい、ちょっとスピードが速すぎないか? カレー鍋が洗濯機みたいになってるんだが。

「よーし、そろそろ出来上がりかな。みんな、席に着いて?」

 キサラの声で、三人はテーブルに集まった。

「わあ、おいしそう!」

 ミナミが目を輝かせる。

「「「いただきま~す!」」」

 三人で声を合わせ、食事が始まった。

「うん、やっぱりキサラの料理は最高だね」

 タクミが口いっぱいに頬張りながら言う。

「もう、口に物を入れたまま喋っちゃダメよ」

 ミナミが呆れたように注意する。

「ごめん、ごめん。でも本当においしいんだからしょうがじゃないじゃん」

「えへへ、ありがと。ボク、二人に喜んでもらえるのが一番嬉しいんだ」

 キサラは幸せそうな表情で二人を見つめる。

「そうだ、キサラ。おじさんとおばさんはは元気? 海外で仕事、忙しいんでしょ?」

 ミナミが気遣うように聞く。

「うん、先週メールきたよ。相変わらず忙しいみたいだけど、元気にしてるって」

「そっか。でも、キサラ一人で寂しくない?」

 タクミが心配そうに尋ねる。

「ううん、大丈夫だよ。だって、タクミとミナミがいるもん。それに、パパとママとはとはビデオ通話とかもするし」

 キサラは明るく答える。その表情には、少しの寂しさも感じられなかった。

「そっか。でも、何かあったらいつでも言ってよ。俺たちが助けるからさ」

 タクミが真剣な表情で言う。

「うん、私たちがキサラの家族だからね」

 ミナミも優しく微笑む。

「ありがとう、二人とも。ボク、本当に幸せ者だな」

 キサラの目に、小さな涙が光ったように見えた。

 楽しい食事の時間はあっという間に過ぎ、後片付けの時間となった。

「じゃあ、私がお皿洗うわ」

 ミナミが率先して台所に向かう。

「ボクも手伝うよ」

 キサラもミナミの後を追う。

 二人で仲良く食器を洗い、タクミは拭き取りを担当した。和やかな雰囲気の中、後片付けは順調に進む。

「ふう、これで終わりかな」

 ミナミが最後の皿を拭き終えると、キサラは突然、「わっ!」と声を上げた。

「どうしたの、キサラ?」

 ミナミが驚いて振り返る。

「あれ? な、なんか……体がポワポワする……」

 キサラの体が淡い光に包まれ始める。

「え? まさか……」

 タクミが目を見開く。

 光が消えると、そこには男の子の姿のキサラが立っていた。

「あれ? ボク、男の子になっちゃった……?」

 キサラは自分の体を確認しながら首をかしげる。

「そっか、きっと、ミナミちゃんが優しく手伝ってくれたからだよ。ボク、ミナミちゃんの優しさにきゅんとしちゃったみたい」

 キサラはえへへと照れくさそうに笑う。

「もう、キサラったら……」

 ミナミは顔を赤らめながら、微笑む。

「はぁ……相変わらず予想がつかないな」

「まあ、それはキサラもおんなじだからしょうがないよ」

 タクミは呆れたように言うが、その表情には愛情が滲んでいた。

 ミナミはそれに優しく同意する。

「あれ? なんか急に暑くなってきた」

 キサラが言うと、突然シャツを脱ぎ始めた。

「お、おい! キサラ!」

 タクミが慌てて制止しようとする。

「なんで? 別に今は男の子同士だし恥ずかしくないでしょ?」

 キサラは無邪気に笑いながら、上半身裸になってしまう。引き締まった腹筋、柔らかな肌の質感が露わになる。むきむき、ではなく、しなやかな芸術的な筋肉だ。

「キサラ……」

 ミナミの視線が、キサラの体に吸い寄せられる。

「どうしたの、ミナミ? ボクのおなか、何かついてる?」

 キサラが不思議そうに首をかしげる。その仕草が、妙に色っぽい。

「い、いや、そうじゃなくて……」

 ミナミは慌てて目をそらす。

「おい、キサラ。お前さっきまで女の子だったんだぞ。いきなり脱いだりしたら、みんな困るだろ」

 タクミが真っ赤な顔で言う。

 もちろん一番困っているのはタクミ自身だった。

「え~? でも暑いんだもん。それに、昼間の試着室のときは平気だったじゃん」

 キサラの言葉に、タクミはさらに顔を赤くする。

「そ、それとこれとは話が違うだろ!」

「ふふふ、タクミったら可愛い♪」

 キサラが茶目っ気たっぷりに言う。

「もう~……好きにしろ!」

 タクミは顔を覆ってしまう。

「あ、そうだ。ねえねえ、キサラ」

 ミナミが突然、キサラに問いかける。

「なに?」

「ねえ、キサラのおっぱいって、いつの間にそんなに大きくなったの?」

「う~ん、小学校卒業してぐらいからかなあ……? ボク家だと結構男の子のままでいるからあんまり気づかなかったんだ」

 キサラは思い出し思い出し、そうう答える。

「そ、そう……なんだ……」

 ミナミは顔を赤くしながら答える。

 タクミはそんなに短期間でそんな立派なおっぱいが育つのか訊こうかと一瞬思ったが、そうするとミナミに確実に殺されそうなので黙っておいた。

 一方のミナミは平静を装っているが、実はイケメンのキサラを見てドキドキしているのだった。

 キサラの体は、まさに中性的な美の極致だった。女の子のような柔らかな曲線と、男の子らしい引き締まった筋肉が絶妙なバランスで共存している。肌は透き通るように白く、どこか儚げな雰囲気を醸し出している。

 顔立ちは整っていて、長い睫毛に縁取られた大きな瞳は、見る者を魅了せずにはいられない。鼻筋は通っていて、唇は形良く、艶やかだ。

 美しい髪は少し長めで、首筋にかかるその姿は妖艶ですらある。

「ねえ、二人とも。ボクの体、おかしくない?」

 キサラが不安そうに尋ねる。

「ば、バカ! なんでそんなこと聞くんだよ!」

 タクミが慌てて答える。

「大丈夫。キサラは……とても綺麗よ」

 ミナミが小さな声で呟く。

「そう? ありがとう。でも、ボク、男の子なのに女の子みたいで……女の子みたいなのに男の子みたいで……自分でもよくわからないんだけど……」

 キサラが少し寂しそうに言う。

「違うよ、キサラ」

 タクミが真剣な表情で言う。

「キサラはキサラなんだ。男の子でも女の子でもない、唯一無二の存在なんだよ」

「そうよ、キサラ。あなたの魅力は、そのありのままの姿にあるの」

 ミナミも優しく微笑みかける。

「タクミちゃん……ミナミくん……」

 キサラの目に、今度こそ本当に涙が浮かぶ。

「ありがとう。ボク、二人がいてくれて本当に幸せだよ」

 キサラは両腕を広げ、タクミとミナミを抱きしめる。

「おい、キサラ! まだ上半身裸じゃないか!」

 タクミが慌てふためく。

「えへへ、でも気持ちいいでしょ?」

 キサラは無邪気に笑う。

「もう……本当にしょうがないな、お前は」

 タクミは呆れながらも、キサラを優しく抱き返す。

 ミナミも照れくさそうに、でも嬉しそうにキサラに抱きついた。

 三人の体温が重なり合い、心臓の鼓動が響き合う。

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