水瀬日葵
回想1
一般的には「社会」の言い換えでもあって、しかし本質は決定的に違う。それが、十代の私にとっての「世界」だった。社会っていうはもっとこう、なんていうの、建前とか打算とか相互利益とかそういうパーツが間に入って廻っているものでしょ。違くて、私とあなたとの間にそういうのは一切なかったし、もっとスピリチュアル? というか、実体のないなにがしかを軸に成立していたわけで。私たちが少女だった故に、少女だったからこそ、誰も介入できない、邪魔されない、二人きりでしか共有できない無形の空間が存在しえたのだろう。
つまるところ、あの頃の私たちの世界は、外界から隔絶されていたとも言える。し、私たちだけを構成要素としていたと言っても過言じゃなかった。
少なくとも、中学一年の時に同じクラスの隣の席になってから、私たちは一対のプラトニックな番で、性別のないアダムとイブだった。美化しすぎ? 私の願望が多分に含まれている? そうかもしれない。けれど、十代の交友関係ってそういうもんじゃない? 十年ちょっとしか生きていないのに永遠とやらを盲信している生き物がティーンエイジャーってやつでしょう。
「魔王を目指す理由? そんなの決まってるでしょ。庄司くんに一矢報いるためだよ」
だから正直、一世一代の大告白、当たって砕けろの精神で見事に砕けたあなたに、心のどこかで安堵したのも、事実あった。高校二年生、初秋のことだった。結果として、あなたは自棄気味になり、まるで興味のない生徒会に所属したり、趣味でもない音楽アルバムを買い占めたりしていて、ちょっと心配したけれど、それもまたあなたらしくていいね、と思っていた。
あなたが、当時流行していたアプリを勧めてきたのも、その時期だったろう。
「ねぇ、
それは、いわゆる位置情報共有アプリだった。Share Routesをインストールしている者同士でアカウント共有すると、相手の位置がマップ上にリアルタイムで表示されるというものだ。いつからか、友達同士で位置情報を共有し合うのが女子高生の文化となっていた。
言われるがまま、私はアプリをインストールして、あなたのアカウントを登録した。友人とはいえ、あなた相手とはいえ、四六時中どこにいるかを把握されるのは、あまり気乗りしなかった、というのが本音だ。
けれど、私とあなたがいる位置がピンで示されたアプリ画面を見たとき、やけに高揚したのを覚えている。
私とあなたの世界線は同一だと思い込んでいた。外界から隔絶されていたとも言えるし、私たちだけを構成要素としていたとも言える。美化しすぎ? 私の願望が多分に含まれている? そうかもしれない。がしかし、少なくともShare Routes上には、世界地図と私たち二人の現在地だけが表示されていたわけで。
私の思い込みが、現実として立ち上がり、可視化されたように思えて仕方なかった。
けれどそれは、あなたが
「わたしねー、恋人ができたんだ」
魔王志向宣言から数か月後のこと。
冬休み明けの教室で、あなたはあっけらかんと言い放った。
「え……、誰と」
「んー。まあ、秘密かな。でも安心していいよ。とっても素敵な人だから」
正直言って、私は心配だった。近頃のあなたの暴走っぷりを間近で観測していたし、その隙を突かれたんじゃないか、低温微弱の情に絆されたんじゃないか、と訝った。
他人の恋愛に口を挟むのは野暮というもの。そのぐらいは弁えていたものの、私とあなたは親友だし、ならば多少の憂慮は許容されてもいいだろう。私は情報を引き出すためにいくつもの質問を投げかけた。しかし、あなたは一切まともな回答はせず、はぐらかすばかり。
「もう、しつこいなあ」カミングアウトから、数日後。しつこく訊き続けた甲斐あって、あなたはようやっと折れた。「内緒だからね。向こうに迷惑かけたくないから」
言って、あなたが見せたのは、音楽サブスクアプリの再生画面だった。
アーティスト名、クイール。曲名は、忘れてしまった。どうでもいい。
私にとって、どうでもよくなかったのは、
「このバンドの、ボーカルの人。
あなたの恋人が女性であり、大人であり、突然湧いて出た未知の人物だったことだ。
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