第30話 ゲテモノ製造機
「何か問題でも?」
「え、あー、その……」
何かおかしなことでも言っただろうかというようにコテンと首を傾げる母さん。
いやいや、問題大ありだっつーの。本人は料理のセンスのなさを自覚していないから、そんな何でもないようなことを言えるんだ。食わされるこっちの身にもなっていただきたい……。
かと言って、母さん自身、善意でやっていることだから下手に口出しして揉めるのもな……。第一、家族の中で敵に回したら一番怖いのが母さんだから、それだけは絶対に避けなければならない。
「おい、さっきからどうしたんだ?」
どうこの場を取り繕おうか頭を回していたら、様子のおかしいことに気づいたちゅうじんが声をかけてきた。
「ちょっと良いかちゅうじん」
「な、何だよ」
隣にいたちゅうじんの肩を掴んでぐいっと引き寄せ、母さんから背を向ける。ここは一旦、ちゅうじんに事情を説明すべきだ。まず、何を作っても異臭が漂うし、見た目が食べて良いラインを遥かに超えている。
しかも、普通は入れないだろっていう食材とかお手製の調味料(inソース・マスタード、ケッチャプ・味噌etc……)を使ってくるので、食べたら最後。トイレへ籠城するのは確定だ。
そんな母さんにはとても料理をさせられないから、5歳の頃からの我が家の料理のほとんどは俺が作っていた。俺が家を出てからはレシピを伝授済みの亜莉朱が仕方なくやっているらしい。
などというように、俺は母さんの料理のセンスのなさを実体験を交えてちゅうじんへ語る。
「これで、母さんが如何に料理ができないか分かっただろ?」
「お、おう。けど、そこまで言われたらどんなもんか気になるし、食べてみないことには分からないだろ」
どっから湧いてくるんだよその好奇心……。俺なら絶対食べる前から辞退してるわ。
ちゅうじんの発言に顔を引き攣らせていたら、ソファに座って静かに様子を見ていた亜莉朱と親父が不安そうな顔で話に混ざって来た。
「お、お兄……どうするん?」
「流石にこの後動けなくなるという事態は避けるべきだ」
親父の意見は最もだ。もし、母さんの料理を食べてしまえば、軽く2時間はトイレへ籠城する羽目になるだろう。そうなってしまえば、母さん以外の神職は全滅。とてもじゃないが、この時期の社務所を母さん1人で回しきれるとは思えない。
「んー……ちゅうじん、お前は食べてみたいんだよな?」
「おう。どんな味か気になるしな」
小声でちゅうじんに確認を取ると、迷いなく頷いた。そこまで言うなら止めるのは無理だろう。どうなっても俺は知らないからな……。
話終わったところで、俺たちは母さんの方へ向き直る。
「よし。だったら、母さんとちゅうじんの分は母さんが作って、俺と亜莉朱、親父に他の神職と巫女さんたちの分は俺が作るってのはどうだ? ちゅうじん以外は母さんの味知ってるし。な?」
なるべく刺激しないように話すと、母さんは人差し指を顎に当てながら考え始める。
これでノーと言われたらもう打つ手はない。頼むからイエスと言ってくれ……。
祈りながら返答を待つこと数秒。
「そうね……。神職と巫女のみんなには正月事始めの初日に料理を振舞ってる分、うーさんにはまだ食べてもらったことないし、そうしましょうか」
よし。これで全滅エンドは回避できる……って、今何て言った?
なんの前触れもなく問題発言が母さんの口から吐き出されたことに驚きを隠せない。すると、目を丸くした俺を見て察したのか、亜莉朱が念話を飛ばしてきた。
『あー、実はお母さんが数日前に神社で働いてるみんなに向けて料理を振舞わはってな。食べた瞬間、境内のトイレが満員になったんよ。その時は悲惨なんてもんちゃう。最早、地獄絵図やったで……。今思い出しただけで吐き気が……』
亜莉朱の念話が途切れた瞬間、そっちへ視線をやると腹に手を添えていた。
これは相当堪えてるな……。その場に居なくて良かった。本当、今回ばかりはいつも俺を追い回してくる仕事に感謝だ。
俺たちは大きな厨房のある社務所へ移動する。母さんと俺で分かれて人数分の年越し蕎麦を作ること1時間。隣から聞こえてくる異様な音と匂いに顔を顰めながらも、完成した蕎麦を神職や巫女さんへ振舞い、自分たち家族の分も作り終えたところで席に着く。
「はー、美味っ」
「流石は俺の息子。いつもの数倍美味いな」
満足そうに器に入った蕎麦をすする亜莉朱と親父。と、亜莉朱が眉を顰めてこう言った。
「何やねん。うちの作るもんが美味しないみたいやんか」
「い、いや、亜莉朱が作った料理も十分美味しいって」
慌てたように親父が言葉を付け足す。まぁ、料理の歴は俺の方が遥かに上だしな。亜莉朱が料理し出したのなんて大神学園に入ってすぐだから、まだ2年しか経ってない。今後の成長に期待したいところだ。
で、肝心のちゅうじんはというと、緊張した面持ちで蕎麦(?)の入った器を見ていた。器の中には、母さん特製の調味料にやられて緑色に変色した蕎麦(?)と紫色の汁が入っていた。
いや、これは流石に無理だろ……。
誰もがそう思う中、ちゅうじんは徐に箸を持ったかと思えば、蕎麦(?)を掴んで口に含んだ。すると、ちゅうじんの顔が一瞬、顔が青ざめた。
おい、大丈夫かこれ……。
「うーさん、お味はどうかしら?」
母さんが笑顔で尋ねる中、俺や亜莉朱、親父は勿論、傍から様子を見ていた職員も固唾をのんで見守る。
ちゅうじんは口の中の蕎麦(?)を飲み込み、口を開いた。
「――うん。いけるぞこれ」
う、嘘だろ……。
俺と同じく唖然とした亜莉朱と親父が揃って掴んでいた蕎麦を落とす。傍から見ていた職員も手に持っていた書類を床に落として、慌てて拾っている。
そういえば、こいつもかなりの味音痴で料理音痴だったな……。
前に聞いた話によれば、長年、色んな星に行くにつれて味覚も胃袋も強化されていっているらしい。慣れって恐ろしいと思う一方、そういうことならちゅうじんの感想にも頷ける。
感想を聞いた母さんは満足そうに笑みを浮かべた。
その後もちゅうじんは順調に食べ進め、見事完食。した瞬間、ちゅうじんはガバッと席を立った。何事かと思い、見上げる一同。
「と、トイレ……!」
ちゅうじんは腹を抑えて、そう言い放つと光の速さでトイレのある方へ駆け込んでいった。
宇宙を渡り歩いたちゅうじんの胃袋も流石に母さんの料理には敵わなかったらしい。
ドンマイちゅうじん……。
ちゅうじんの走り去った方向を見ながら同情するのだった。
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