第3章 宇宙人と京都の冬
大晦日&正月編
第29話 実家からの手紙
12月下旬。残業明けでへとへとになりながら帰宅し、暖房の効いたリビングへ入る。
仕事納めまで後3日。それまでずっとこんな感じだろうな……。
思わず仕事をしない王子と夜宵の顔が脳裏に浮かぶ。嫌気がさして溜息を吐いていると、先に帰っていたちゅうじんがソファから起き上がって歩いてきた。手には一通の白い封筒が握られている。
「帰ったらこれがポストの中に入ってたぞ」
「えー、何々……」
渡された封筒の裏を見てみると、多田太郎様と達筆な字で書かれていた。どうやら差出人は母さんらしい。
片手に持った鞄をリビングの椅子に下ろして中を開けてみると、折りたたまれた手紙が入っていた。蛇腹折りになったそれを広げて読もうとする。が、いくら広げても途切れそうにない。
どんだけあるんだよ……。奇抜すぎる料理のセンスと言い、文章の長さと言い、とんでもない母親だな……。
相変わらず癖のありすぎる母親だと呆れながら書いてある文章をザッと流し見ていく。気になった様子のちゅうじんが横から覗いてきた。
「な、なんて書いてあるんだ?」
書かれている文章が崩し文字のため、戸惑いがちに訊いてくる。
「要約すると、年末年始は忙しいから家の方を手伝うついでに顔見せてって書いてあるな。しかも、ちゅうじんを連れてこいとのご指名付き……」
「じゃあ多田の実家に行けるってことか!」
ちゅうじんが嬉しそうに口角を上げた。
どっからちゅうじんの噂を聞きつけてきたのかは知らんが、大方大家さんか室長あたりが親父に漏らしたんだろう。まったく、余計なことをしてくれる……。ちゅうじん抜きでも我が家は癖の塊だってのに。
早くも胃痛に苛まれそうになっていたら、はしゃいでいたちゅうじんがふと口を開く。
「確か多田の家は夜宵と同じで神社だったよな?」
「まぁな。けど、年末年始の神社は参拝者でいっぱい。のんびりしてる暇はないし、お前にも手伝ってもらうことになるだろうから覚悟しとけよ」
「体力にだけは自身があるからな。そこは任せろ!」
自信満々な様子のちゅうじんを眺めつつ、予定を確認する。
ひとまず、仕事納めが終わらないことには帰るに帰れないからそれまで頑張るしかない。その反面、ちゅうじんは臨時勤務で主に実務の方を担当しているから、書類仕事などの事務的なものはやらなくても大丈夫なのだ。
良いよなー、ちゅうじんは。俺らみたいに残業してまで仕事しなくても良いんだから。
内心羨みながらメールを開き、帰省する日を打ち込んで送信する。
……これでよし。
母さん宛てに送り終えた俺は着替えを済ませようと、床に置いていた鞄を持って部屋へ向かった。
◇◆◇◆
帰省当日の大晦日。祇園四条駅を出て、混雑気味の八坂通を歩くこと10分。実家である八坂神社に着くと、既に人で溢れかえっていた。年末年始には屋台が並ぶからその影響もあるのだろう。屋台のある通りを抜けて境内に入る。
俺とちゅうじんはお参りを済ませて、境内の端にある離れへ移動する。関係者以外立ち入り禁止と書かれたの看板を素通りし、歩くこと数分。人気のないところに屋敷が見えた。俺とちゅうじんは玄関の扉を開けて中へと入る。
「ただいまー」
「あ、お兄。久しぶりやな」
居間の方から袴姿の妹――
「ざっと1年ぶりか。元気にしてたか?」
「せやね。で、そっちに居るんがうーさん?」
「そうだぞ。よろしくな!」
ちゅうじんは亜莉朱を見るとニコッと目を細める。
「うちは
「ヘボ言うな」
「事実やろ。ま、取り敢えず上がってーな」
亜莉朱に勧められるがまま、靴を脱いで廊下を歩いた先の居間へ入る。すると、ダイニングチェアに座った親父と母さんがいた。ちょうど休憩中だったのか、テーブルにはお茶の入った湯呑みと今後の予定の書かれた紙が置いてあった。
「お、帰ったか」
「待ってたわよ」
「ただいま。言い付けどおり連れて来たよ」
隣にいるちゅうじんへ視線をやれば、一歩前に出た。
「う・ちゅうじんだ。少しの間だけどよろしく頼むぞ」
「よろしくね。私は
「
ほわほわした雰囲気を纏ってる両親と挨拶を終えたところで、俺とちゅうじんは2階へ上がって荷物を下ろすことに。俺は自分の部屋があるが、ちゅうじんにはないので、隣にある来客部屋を使ってもらうことになった。
毎年この時期になると実家に帰省しているので、1年ぶりに見る自分の部屋を見て、帰って来たのだと実感する。
一方のちゅうじんは、初めて生で見る日本特有の畳に目を輝かせていた。来客部屋にはテレビや机にタンスといったものまで完備されているので、不自由することはないだろう。
荷物を下ろし終わって、再び居間の方へ戻ってくると、母さんが椅子から腰を上げた。
「さて、太郎とうーさんも戻って来たところだし、たまには私が料理しようかしらね」
「えっ……」
母さんの発言に思わず声を漏らしてしまう。
おい待てそれは不味い……。母さんの作る料理は、もうそういうスキル持ちかって言うぐらい、何でもかんでもダークマターに変貌してしまうのだ。食べたら最後、全員があの世へ召されることになる。
「お昼まだでしょ? それに午後からはあなた達にも手伝ってもらう予定だから今のうちに食べておかないと」
「い、いや、それはそうなんだけど……」
チラッとソファに座っている親父と亜莉朱の方を見てみると、何としてでも止めろと言いたげな目をしてきた。
全く、着いた途端これかよ……。
俺は母さんにバレない程度の小さな溜息をつくのだった。
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