第27話 姉の目は恐ろしい

 境内へ上がると、社務所の窓口で不機嫌そうに頬杖をついている夜宵の姿が見えた。普段のスーツ姿とは違い、白の着物に紫色の袴を身に纏っている。彼女は寄ってくる俺たちに気づいたのか、ジト目でこっちを見てきた。


「なんだ来てたのか」

「ジュリアと王子に誘われてな。珍しく真面目にやってるじゃねぇか」

「おかげさまでな。姉貴の目を盗んで抜け出してやろうかと思ったんだが、ずーっと見張られてて抜け出すどころの話じゃないんだよ……」

 

 夜宵は面倒くさそうに不貞腐れながら後ろを振り返れば、忙しく働いている神職たちの中に夜宵と同じく紫袴姿の朝姫さんがいた。彼女は窓口で御朱印を渡し終わると、きちんと仕事をしているか確認するために夜宵の方へ圧のかかった視線を送る。と、朝姫さんは俺たちに気づいたようで、こっちへ歩みを進め始めた。

 

「ほぉ~、そりゃいつもサボり散らかしてるお前にはぴったりの監視役だな」

「今すぐお前のその煩い口を塞いでやりてぇ……」

 

 夜宵が恨めしそうに睨んでくるも、俺と彼女の間には1枚のガラス窓があるので、やろうにもできない。それを良いことにいい気味だと嘲笑していたら、ニッコリと目の笑っていない笑みを浮かべた朝姫さんが夜宵の背後に立っていた。

 

「って、姉貴……」

 

 背後に気配を感じた夜宵は焦ったように朝姫さんの方を振り向く。すると、両手を腰に当てた朝姫さんがぐいっと夜宵の方へ顔を近づける。

 

「その口調にその態度、お客様に失礼でしょうが」

「ご、ごめんって……」

 

 圧のある笑みを浮かべる姉に夜宵はピンっと姿勢を正した。一方、朝姫さんは俺たちを見て、さっきの恐ろしい表情とは一変した優しい笑みを向けてくる。

 

「それで、SSのみんなは揃って休暇かしら?」

「まぁそんなところです」

「久しぶりだな」

「えぇ。うーさんも相変わらず元気そうで何よりね」

 

 厳密には休暇というよりは偶然有給の日が丸被りしただけなんだよな。俺たちが休んでる分、室長は1人忙しく働いてるし。次、出社したらちゃんとお礼を言っておこう。

 

「結構賑わってますよね、ここの神社」

「確かに一般的な神社に比べたら大きいよな」


 ジュリアに続いて王子も辺りを見回しながら呟く。俺もつられて振り返れば、いつの間にか参道からこっちに上がってくるお客さんが増えていた。みんな花火が待ち遠しいのだろう。子供がはしゃぐ声もちらほら聞こえる。

 

「普段はそうでもないんだけど、毎年この時期になると祭り目当てで来るお客様がたくさんいるのよね」

「何か買ってくか? 色々あるぞー」


 窓の下に設けられた空間からラミネート加工の施されたメニュー表をすっと差し出す夜宵。やることないからって俺たちに買わせる気だな……。見え見えの魂胆に苦笑していると、メニューを見ていたちゅうじんが声を上げた。

 

「へぇ~、結構あるな」

「御守1つとっても7種類ぐらいありますからね~」

 

 ちゅうじんを筆頭にその場にいるみんながメニュー表を眺めて買うものを選び出す。俺も室長への土産も兼ねて商品を選んで購入することに。

 全員分の注文を聞き終えた夜宵と朝姫が一旦窓口を離れて、奥の方へ向かった。

 

「はい、先に多田の分な」

「どうも」

「で、うーさんがこっちのやつで王子とジュリアがこれだな」


 みんなそれぞれ狐が刺繡された御守を夜宵から受け取っていたら、神職の1人が朝姫さんの肩を叩いた。振り向きざまに話を聞いた朝姫さんは一旦席を外すようで、夜宵にここを任せると窓口から離れていく。その間、暇だからと夜宵に言われて雑談に付き合っていたら、朝姫さんが戻って来た。


「姉貴もどっか行ったことだし、お前らには暇な私の話し相手にでもなってもらうとするか」

「おい、何でそうなる」

 

 眉を顰めながら不満げな表情を浮かべる。

 

「どうせ客は花火の場所取りやら何やらで少ないし、花火まで時間あるだろ? 少しは付き合え」

 

 気づけば夜宵の言う通り、社務所周辺は人が少なくなっていた。多分、花火会場のある見晴台へ移動したのだろう。


「俺たちはあくまでも客なんだがな……。あ、戻ってきた」

 

 そう呟けば、椅子に座っていた夜宵は身体を横にずらして戻って来た朝姫さんを見る。

 

「なんかあったのか?」

「えぇ。何でも神社の裏手にある森で祟魔が出たらしいわ。手の空いてる職員で対処してるけど、敵の数が多くて、手が足りないから行ってあげてくれないかしら?」

 

 朝姫さんが投げかけてくると、夜宵は目を逸らして考え始める。彼女のことだ。大方、この場を動きたくないからどう言い訳しようか考えているのだろう。けど、夜宵よりも強情だから考えるだけ無駄だろう。

 

 と、夜宵も俺と同じ結論に至ったのか、半ば諦めたように溜息をついた。

 

「……分かった。お前らも良いな?」

「良いなって、祓式持ちのジュリアと常時光線銃携帯してるちゅうじんはともかく、俺は武器なんて持ってな――」

「――そう言うだろうと思って、ほら」

 

 朝姫さんが1本の日本刀を投げてきた。反射でキャッチしつつ、俺は戸惑い気味に朝姫さんを見る。

 

「何であるんですか……」

「そりゃ刀ぐらいあるわよ。うちの神社を舐めないでちょうだい」

 

 葵祭で海希から刀を渡された時と言い、準備が良すぎないか……。あまりの用意周到さに頬を引き攣らせながらも、刀を腰に帯びる。普段は太刀を使用しているから、リーチはいつも使ってるのより短いけど、何とかなるだろう。

 

「なら、腹ごなしに動くとするか」

「ですね。このヨーヨーも使えそうですし」


 ちゅうじんが光線銃を懐から取り出せば、ジュリアが手に持っていた袋を見つめてそう言った。確かヨーヨーには御神水が入ってるんだったよな。ヨーヨーの側はゴムでできてるから、祟魔に向けて投げたら割れてそのまま浄化されるだろう。まさかこんなところで使えるとはな。

 感心しながら、ふと周りを見てみたら王子の姿がない。どこ行ったんだあいつ……。辺りをキョロキョロしていた俺に気づいたのか、ジュリアが声を上げた。

 

「あー、王子さんなら、実家の神社でやる例大祭の準備があるそうで先に帰っちゃいましたよ」

「え、マジかよ」

 

 あの野郎、こうなることを見越して逃げやがったな……。王子の察しの良さにムカつきながらも、俺たちは後を朝姫さんに任せ、本殿の裏手にある森林へと向かった。

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